第135話 鉄の鎧

 降り出した雪は、強く吹雪となってきた。

「これじゃ進めないな」

 剣士のモーリスが、帰りたそうな調子で立ち止まる。

「空き家みたいだ、中で休もう」

 巨漢の重戦士アンドレが、空き家へ皆を導く。

 悪魔の噂を聞いたロシュの我儘で、一行は勝手に入国していた。

 人気ひとけのない村で一夜泊まった翌朝、雪のんだ街道を進む。


 生き残りにも出会う事なく、大きめの街へ辿り着いた。

 まともな建物すら残っていない。

 どんな力で暴れ回ったのか、街は破壊し尽くされていた。

「こりゃ無理っぽいかな。生き残りはいないだろう」

「もう国を出て、よそで暴れてるんじゃないか?」

 アンドレとモーリスは無駄足だというが、ロシュは止まらない。

「とりあえず城まで行ってみよう。誰かいるかもしれない」

「みんな! 敵っ!」

 槍を持ったイザベルが叫ぶ。


 道端に倒れていた鎧が起き上がっていた。

 金属製の全身鎧、死んだ騎士のものだろうか。

 しかし兜の隙間からは、顔も何も見えなかった。

「中身がないぞ? 鎧が動いてる!」

 剣を抜いたモーリスが、少し怯む。

 鎧自体が敵だと、彼の剣では太刀打ち出来ない。

「何かしら中にいるか、憑いてるんじゃないのか?」

 アンドレが攻撃を受け止める為、楯を構えて前に出る。

「やるしかない! どうせ僕は殴るしか出来ないしね」


「卵はあんまり日保ひもちしないからな」

 リトから食材を受け取り、男がデザートを作り出す。

 皇国へ入り、誰も居ない小さな村で、一泊する事になった。

 マルコとヴィンセントが周囲を警戒する中、夕食の準備を進める。

 呪術師ウーピーと男が料理担当だった。

 女戦士レジーナと僧兵コレッジョは、薪集めと力仕事担当だ。

 雪原で獲れた肉を入れ、簡単なシチューを作る。

 男は何か黒い塊を取り出し、湯煎して卵と小麦粉を混ぜる。

 小さな鍋でドロドロになったソレを火にかける。

 20分程で中の黒い何かは、モコモコと膨らむ。

 盛り上がり、鍋の縁から溢れんばかりになった。

「完成、チョコブラウニーです」

「何ですかソレ? 食べ物ですか?」

「どうぞ」

 男が千切ったソレを、ウーピーが恐る恐る口に入れる。

「っ!! あっまぁい。ふふ……うふふぅ……何ですかぁこれぇ?」

 澄ましていたシャーマンが、その甘さにだらしなく緩み切った顔になる。

 食後のデザートタイム、屈強な女戦士レジーナもチョコに屈した。

 どんなに体を鍛えても、あま~いチョコには敵わない。


 カカオを洗い、ローストして、皮を剥き、擂り潰します。

 後はひたすら混ぜるだけ。

 チョコの6~7割程の砂糖を加え、滑らかなペースト状にします。

 冷やして完成、チョコレートです。

 ただ混ぜるだけの簡単な作業です。

 手作りチョコを作ってみませんか?

 ローストの時間で苦みが変ります。

 楽ではありませんが、簡単につくれます。

 手で混ぜるなら12時間、半日程混ぜるだけで作れます。


「うぐぅ……くそっ」

「ロシュさがれ! 俺が止める」

 鎧に殴り倒されたロシュだが、すぐに立ち上がる。

 アンドレが体を張って、鎧の攻撃を受け止め、足止めする。

「こりゃあ退くしかねぇな」

「剣も槍も効かないんじゃね。どうにもならないよ」

 モーリスの言葉に、イザベルも賛成する。

 彼の剣も、彼女の槍も、鉄の鎧に弾かれてしまった。

 その重さの所為か、動きは速くない。

 走って逃げれば逃げきれそうだ。


「ダメだ! この国を救う為に来たんだ。逃げる訳にはいかないよ」

 ロシュは逃げずに戦うと言い張る。

「そうは言ってもな……あっ、アレは? アレは出来ないのか?」

 モーリスが何か手を思いついたようだ。

「あぁ、アレなら倒せそうかも」

 イザベルも気付いたようだが、乗り気ではなさそうだ。

「ほら、お前のアニキのやつ。アレ出来ないのか?」

 以前にロシュの兄が見せた技。

 それなら倒せるのではないかと、モーリスが閃いた。

「やった事ないけど……それしかないかも……」

 ロシュはすぐに覚悟を決め、意識を集中する。

「でも……あんな技使って、体がもつの?」

 イザベルはロシュが、体の限界を超えそうだと心配していた。


 モーリスとイザベルも動く鎧に立ち向かう。

 ロシュの準備が整うまで、3人で時間を稼ぐ為だ。

 ロシュの体を薄くオーラが包む。

 魔法は使えないが、僅かに宿る魔力を搔き集める。

 纏った闘気に魔力を被せていく。

「うっ……こ、これは……動けないぞ」

 想像以上の集中力が必要で、とても動く事は出来そうにない。

 このまま動けば身に纏った力が、肉体ごとはじけ飛びそうだ。

「くそっ……早くしないと皆が……ならっ!」

 体にうっすらと張り巡らされた光が消える。


 ロシュは鎧に向かって駆け出した。

「離れてっ! これでもくらえっ!」

 鎧を足止めしていた仲間が、ロシュの声で飛び退しさった。

 ロシュの右腕が鈍く光る。

 全身だと動けないが、右腕だけなら一瞬動ける。

 拳を包む闘気と魔力が、鎧を貫き弾け飛ぶ。

 胸当てに穴が空き、背中の殆どを失くした鎧が倒れる。

 力尽きたロシュも倒れる。

「これは……キツイな……」

「やったぜ」

「凄まじいな」

 鎧が動き出さないか、モーリスとアンドレが確認していた。

「ロシュ!」

 イザベルは倒れたロシュへ、悲鳴のような声を上げて駆け寄った。


「お父さん、畑から上がっていらっしゃいな」

 中年の女性が、畑仕事をする男性に声をかける。

「ん? どうした母さんや。まだ昼飯は早かろう」

 手を止め、女性と同じ年頃の男性が振り返る。

「ピートから手紙がきましたよ」

 彼等の息子ピートは軍人だった。

 国境の警備に就いたと聞いている。

 そんな息子から手紙が来た。

 元気にやっていると、心配いらないからと。

 しかし、その頃彼は、ピートは……。

 国境警備に就いてから二度目の戦闘で命を落としていた。

 手紙を両親が目にする頃、彼はもう帰らぬ人となっていた。


 おお! この身とこの命よ!

 幾たびも思い悩むこの疑問

 信仰のない者が長蛇の列を為し

 都会は愚者で溢れんばかり

 いったいこの世のどこに美点があるというのか


 おお! この身とこの命よ!

 答えはひとつ

 この身が正に此処に存在するという事

 君も其処に一編の詩を残す事が出来るという事


 暢気にチョコブラウニーを齧る調査団。

 強力な敵に死力を尽くし戦う、勝手気ままな狩人。

 祖国を、大事な家族を護る為、国境の警備に就く兵士。

 崩壊したこの国で、彼等は何を為し、何を残すのか。


『お父さん畑から上がっていらっしゃい。ピートから手紙が来ましたよ』

 での戦争の虚しさ、悲しさ。

『おお! 開拓者よ!』

 では開拓民の力強さ。

『薔薇の蕾を摘むのなら今』のように、女性の美しさを謳った彼。

 女性が美しい時は短いと、少々失礼なところもありますが。

 詩人 W.ホイットマンの引用でした。

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