第134話 国境

いやしきモノ。汝の在るべきところへ還れ」

 村の方から来た、村人の一人が白い杖を持って、前へ出る。

「神よ。この者に光を……けがれを払う浄化の光りを与え給え」

 白い杖が強く光り輝く。

 その光を浴びたグロブスターは、苦しいのか回る。

「ムォオオオオオ………」

 黒い影が、肉塊から抜ける様に染み出して見える。

 その影のようなものが、杖の光の中へ消えた。

「もう大丈夫。ただの腐った死体です」

 その『腐った死体』が嫌で、男達は近寄れなかったのだが。

 村人達が死骸を片付け始める。

 杖を持った男が、ヴィンセントの軍服に目を止める。


「お待ちしておりました。法国僧兵コレッジョです」

 彼が法国の代表のようだ。

「あの……その恰好は?」

 マルコが村人のような姿を気にして訊ねる。

「余り目立たぬようにと……変装です」

 高価そうな真っ白な杖で、違和感しかないが。

「……そうですか。いや、まぁ……早速向かいましょうか」

 マルコは諦めたようだ。

 軽く各国の使者を紹介して、西の国境へ向かう。


 貴族の使用人の恰好をしたマルコ。

 帝国軍人のまま、軍服姿のヴィンセント。

 評議国の戦士姿のレジーナ。

 怪しいローブ姿のウーピー。

 高価そうな、白い杖をたずさえた村人コレッジョ。

 自分の背丈以上のザックと、大剣を背負った兎の幼女。

 カーゴパンツにTシャツ、革の胸当てに毛皮を纏った男。

 あからさまに、見た目がおかしな一団が、国境へ差し掛かる。


 Tシャツは20世紀に出来ました。

 12世紀に存在する物ではありません。

 女性の服は洋の東西を問わず、面倒なものだったようです。

 貴族も庶民も、着るのも脱がすのも、面倒な服でした。

 基本、チャックもボタンもありません。

 何枚もの布を重ね着していますが、紐で縛って着ています。

 男性も現代と比べれば、面倒な服だったようです。


 国境には帝国軍が防衛線を張っていた。

 ヴィンセントが一人近付き、話をつける。

「さぁ、いよいよすめらぎの国へ入国だな」

 ヴィンセントが一行を率いて皇国こうこくとの国境を越える。

「敵襲! 低級魔族!」

 見張りの叫ぶ報告が聞こえる。

 絶妙なタイミングで魔族が攻めて来たようだ。

 一行は見事に巻き込まれてしまった。


 警備の帝国兵は弓20、騎馬20、槍10、軽装歩兵50の100名。

 槍を持った兵士が並び、弓隊が後方で矢をつがえる。

「指揮官はヴィルム大尉だ。厳しいが歴戦の爺さんだ」

 ヴィンセントが任せて下がろうという。

 一行は軍の連携を乱さぬよう、一旦越えた国境を戻った。


 すぐに敵の姿が見える。

 小さな黒い皮膜の翼を持った、小柄な人型の悪魔だ。

 手槍の様な武器を持っている者もいる。

 翼はあるが少し浮かぶ程度で、高くは飛べない。

 一般人よりは手強いが、軍人なら対等以上に戦えるだろう。

 数は80くらいはいるように見える。

 戦力的には、ほぼ五分だろうか。


 統率のとれた機敏な動きで、兵達が隊列を組んで行く。

「あ……あ、あぁ……うわぁあああっ!」

 突如、一人の兵士が叫びながら突撃していく。

 先制の弓を射かけるタイミングで、若い兵士が飛び出した。

 矢を撃てず、隊列が崩れた処へ、魔族の一団が飛び込んだ。

 兵士一人の動きで、何も出来ないまま乱戦となってしまった。

「騎馬隊突撃! 分断しろ!」

 老兵が叫び、指示を出す。

 彼が指揮官のようだが、落ち着いているように見える。

 男は剣に手をかけたまま、後方で見守っていた。


 突撃した騎馬隊が、悪魔の一団の中を駆け抜ける。

 群れの中央を横切り、前後に分断した。

 後方の一団へ弓兵の矢が降り注ぐ。

 槍を立て勢いを殺し、軽装歩兵が切り伏せていく。

 大きく廻り込んだ騎馬隊が、後方から襲い掛かる。

 側面からも軽装歩兵の一隊が攻め込んだ。

 乱れた隊列をすぐさま立て直し、的確な指示を出すヴィルム。

「大丈夫なようですね。これなら片付くでしょう」

 様子を見ていた男が、剣から手を放す。

 それを見たマルコも安堵か、大きく息を吐く。

 大勢は決し、既に掃討戦となっていた。


「思っていたより余裕はなさそうだな」

 レジーナが険しい顔で皇国を睨む。

「ここまで魔族が来ているようではね……」

 ヴィンセントも緊張した顔をしている。

 国境まで魔族が来ているようでは、皇国内はどうなっている事か。

 どこにいるかも分からない、強大な悪魔のいる国を調査する。

 その危険をそれぞれが、改めて覚悟していた。


 軽傷の者数名で、死者を出さずに撃退できた。

 そんな国境警備隊に、老兵ヴィルム大尉の怒鳴り声が響く。

「貴様! 仲間を殺す気か! 勝手な事をするな!」

 叫びながら特攻した若い兵が、泣きながら震えている。

「ピートは今回が初陣でした。緊張と恐怖に耐えきれなかったのです」

 副官の女性カリンが新兵だからと、とりなしていた。

 そんな様子を一行が離れて見ている。


「初めてで、いきなり魔族の群れは、厳しいかもしれませんねぇ」

 マルコが若い兵士に同情するように呟く。

「いや、戦士は怯えない。覚悟が足りなかったのだ」

 レジーナは厳しい意見のようだ。

「まぁ、初めてでも失敗しなかった者が、生き残るのですがね」

 失敗したら命を落とす戦場で、『初めてだから』は言い訳にもならない。

 戦場では……特に最前線の兵士には、失敗から学ぶ事は無い。

 最下級の兵士にとって、失敗とは死ぬ事なのだから……

 学ぶ為にも失敗せずに、生き残らねばならなかった。

 そう考えて、生き抜いて来た男だった。

 余り興味なさそうな男は、少し呆れたような言い方だった。

 覚悟がないまま戦場に立つのならば、次は死が待つだけだろう。


 どこかで強大な悪魔が暴れる皇国。

 そこへ潜入する二組の男女。

 片方は各国から集まり、命懸けの調査へ赴く一行。

 もう一方は悪魔を倒し人々を救おうと、無謀な行動へ出る少年少女。

 そんなAランク狩人ハンターの4人組も、同じ頃、国境を越えていた。

 彼等に生き残る意思と覚悟はあるのだろうか。

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