第133話 教義

 最近のおかしな事件は、邪教徒の仕業とされていた。

 今回の毒物混入も教団が絡んでいた。

 彼等のあがめる神は、死と混乱の神といわれている。

 人の世に混乱をもたらす邪神とされていた。

 教団の教えもそのまま、死と混乱であった。

 彼等の起こす事件の厄介な処は、その目的であった。

 混乱させ何かをしようとするのではなく、混乱そのものが目的だった。


 簡単にいうと、ほぼ嫌がらせが目的だ。

 愉快犯以上に性質たちが悪い。

 やっている事はテロだが、嫌がらせが目的なので、ほぼ失敗がない。

 動機もあってないようなもの。

 厄介な事に信者は、至る所に紛れ込んでいた。

 その教義は、神によくある節制を強いるものではなかった。

 自由に享楽に溺れ、混乱の中で死に向かう。

 おかしな教えだが、密かに人気があった。

 特に富裕層に人気だった為、さらに面倒な宗教団体となっていた。


「法国では、かなり上層部まで取り込まれているようです」

「むぅ……」

 翌朝ヴィンセントが、領主である伯爵へ報告していた。

 実行犯だけでも仕留めた、という事で今回は諦める。

 引き続き内偵を進め、信徒を探る事となった。

「今は隣国の悪魔ですな。どちらも厄介な事です」

 そんな朝、評議国の代表が伯爵の館へ到着する。

「遅くなりました。戦士のレジーナと呪術師シャーマンウーピーです」


 女戦士レジーナは厚手のシャツにズボン。

 その上に革の防具、鎧と籠手とブーツを身に着けている。

 武器は細身の槍を持っていた。

 腰にはナイフを吊るし、弓と矢筒も背負っていた。

 一応軍人のヴィンセントと比べても二回りは大きい。

 顔もヴィンセントの方が、いくらか女性的に見える。

 まさに戦士、といった見た目だった。


 ウーピーと紹介された女性は、青と赤の布を巻き込んだドレッドヘア。

 顔にも派手なペイントがされている。

 レジーナと同じ、真っ黒な肌をローブに包んでいた。

 同じようなローブを何枚も重ねて着ているようだ。

 大きな瘤が先端に付いた、木の杖を持っている。


 伯爵と共に、マルコとヴィンセントも出迎える。

「何もないがゆっくり休んでくだされ。明日出発で宜しいかな?」

 伯爵の言葉に女戦士が応える。

「できればこのまま出発したいです。一刻も早く現状を知りたいので」

「遅れてきた我等の言える事でもありませんが、動ければすぐにでも」

 ウーピーもすぐに発ちたいという。

 見た目怖そうだが、意外と若く可愛い声だった。

「こちらは問題ありません。では、早速向かいましょうか」

 マルコは男とリトを呼びに行き、伯爵邸門前に集まった。


「帝国曹長、ヴィンセントです。よろしく」

「王国のマルコです。よろしくどうぞ」

 レジーナは二人が挨拶する間、後ろで従者の様に立つ二人が気になるようだ。

「彼等も王国の方ですか? 紹介して貰いたいのですが……」

 小柄な男が軽く頭を下げる。

「この少女はリト。我等はマルコ殿の荷物持ちです」

「そ、そうですか……私はレジーナ。こちらはウーピーです」

 流石に国を代表する女性だ。

 訝しく、あからさまに怪しい男を、なんとか受け入れたようだった。

 その視線はリトの背負う野太刀から離せなくなってはいたが。

 マルコの護衛か何かだと、納得しようとしているようだった。

「気を付けてな。悪魔の情報を頼む」

 伯爵自らの見送りを受け、一行は南へ出発した。


 表向きは落ち着きを取り戻した街を抜ける。

 難民キャンプも、今は落ち着いているようだ。

 難民達には疲労と安堵が見える。

 帝都からの救援物資も届いたようで、暫くは何とかなりそうだ。

 危険な魔物の多い山脈から、なるべく離れる様に東側の沿岸を進む。

 海が安全なわけでもないが。


 海沿いに南下して、法国との国境近くで小さな漁村が見えてきた。

 皇国も近く、この辺りは大分寒い。

 そんな漁村近くの浜辺に、数人の村人が集まっていた。

「なんでしょうね。ちょっと見て来ましょう」

 マルコが様子を見に行った。

「何か流れ着いたようだけど、危険なものかな」

 ヴィンセントも気になるのか、浜辺を見ている。

 この辺りで法国の代表と落ち合う予定でもあった。

 一行は、マルコを追うように浜辺へ向かう。


 皆が浜辺に着くと、村人から話を聴いていたマルコが合流する。

「漂流物でした。どうするか話し合っているそうです」

 浜辺に転がっていたのは、得体の知れない物体だった。

 人を丸飲みに出来そうな大きさのナニカ。

 表面は繊維質にも見えるが、ドロッとしていそうで気持ち悪い。

 生物の様にも見えるが、皮もなく溶けかけた肉の塊のようだ。

 端には大きな口の様な穴が見えている。

 脇には大きなヒレのようなものもある。

 しかし、魚ではなさそうだ。

 凄まじい悪臭も放っている。

 呪いだの魔物だのと、村人は騒いでいるそうだ。


「グロブか……」

 男は興味なさそうで、少し離れて見ていた。

 リトも美味しくなさそうだからか、興味なさそうだ。

 グロブスター。

 グロテスク・ブロブ・モンスターの略。

 鯨などの腐乱死体が流れ着いたもの。

 腐敗した体は崩れ、原形を留めない事も多い。

 特に軟骨魚類など、しっかりとした骨がないと、さらに崩れる。

 一部の骨や肉が剥がれ落ち、別の生物に見えたりすることもある。

 現代日本でもそうなので、村人にはモンスターにしか見えないだろう。

 しかし此処は、アンデッドも徘徊するファンタジー世界。

 男の認識とは違い、腐乱死体も動き出す。


 グロブスターが突如動き出した。

「うわぁ!」 「喰われる!」 「にげろぉ!」

 村人が騒ぎ始めた。

 マルコが男を視る。

 男は嫌そうな顔をするだけで、動きそうになかった。

「クォォオオオオ……」

 悲しそうな、怨みのこもっていそうなき声が響く。

 動きは緩慢かんまんだが、大きな口を広げ、のたうつ様に動く。

 酷い臭いと、汚い汁を撒き散らす。


 あれは斬りたくない。

 レジーナも槍を構えたまま、後退りしている。

 汚くて臭いので、近寄りたくない。

 自分の武器で攻撃したくもない。

 厄介なモンスターに出会ってしまった。

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