第132話 援助と実行犯

 井戸への毒物混入事件は、その日の内に近隣領地へ広がっていた。

 隣接する領主達は、難民の所為だと伯爵の館へ押し掛ける。

 領民への対応と難民の受け入れで、忙しい伯爵をさらに忙殺する。

「毒を混ぜた奴らは、かなりの組織だな」

「はっ、近隣諸領地へ、かなりの人数で噂を流したようです」

「せめて実行犯だけは、絶対に逃がすでないぞ」

「この街からは誰も出しません。必ず見つけ出します」

 伯爵は私兵と帝国兵を使い、街をすぐに封鎖した。


 毒を入れた実行犯は、まだ外へ脱出できていない筈だった。

 もう一人の部下が、伯爵へ進言する。

「難民が予想以上の数です。このままでは物資が足りません」

「うむ。近隣領主達には援助を断られた。本国に報せは出したが……」

「皇帝陛下ならば、すぐにでも用意してくださるでしょうが……」

「それまでは、なんとかたせなければならん」

 使者が帝都まで行くだけでも、3~4日はかかるだろう。

 物資が届くには10日はかかる。

 食料の備蓄は5日分もなかった。


 そんな伯爵領の港へ軍船が入港した。

 船から降りた軍人が一人、馬を走らせ伯爵の館へ走る。

「帝都より、ロビン様がお見えでございます」

「なんだと! こんな時に戦争になるのか? それとも悪魔の件か?」

 船から馬を飛ばして駆けつけた兵は、将軍の補佐官ロビンだった。

 軍のNo2で、伯爵の爵位も持つ。

 そんな人物が、こんな辺境まで来るとは、余程の事に違いない。

 ポール伯爵は、急ぎ招き入れた客室へ急ぐ。

「久しいなロビン殿。けいが来る程の大事とは何かね」

「難民が来ているでしょう。物資を運んで来ましたよ」

「な、何……? 使者は先程出たばかりだぞ?」

「陛下は難民を予見なされておいでです」


 悪魔が暴れる国から、避難する人々が北上してくるだろう。

 そうなれば、国境を護るポールが保護する筈だ。

 食料の備蓄も限りがあるだろう。

 そう考えた皇帝レオンは、食料、薬、衣服等々、物資を手配した。

 少しでも早く届ける為、陸路ではなく、危険な海路を選ぶ。

 物資を乗せたガレオン船を、4隻の軍船が護り、怪物の群がる海をはしる。

 ロビンも船に乗り込み指揮をして、自ら馬を飛ばし、急使として駆けてきた。

「なんと、陛下が……助かる。これで皆、助かる」

「卿の為すべきを為せ。陛下のお言葉です」

「はっ。陛下の御心に沿う働きを……必ず」


 その夜、マルコと曹長ヴィンセントが館に戻ってきた。

 国を代表する諜報員二人が、半日かけて実行犯を探して来た。

「なんとか見つけましたよ」

「難民の中に、皇国民では無い男が居た」

「恐らく旧共和国民です。何かを井戸へ投げたのを目撃されていました」

「しかし、証拠は何もない。コイツに間違いはないと思うが」

 二人が交互に報告する相手は、ポール伯爵でも衛兵でもなかった。


「いやいやいや。そんな報告をされましてもね?」

「おぉ、ヴィンセンも、なかなか優秀。えらいえらい」

 何故か館でくつろいでいた男に報告する。

 隣のリトが、ヴィンセントを褒めていた。

「ヴィンセントだけどな」

「長い。ヴィンセンにする」

「ト、だけなんだけど……まぁ、いいや」

「出番です。出発前に、毒物事件は解決していきましょう」

 マルコに急かされ、男は難民キャンプへ向かう。


「ちっ、すっかり包囲されちまったな。街から出られねぇぞ」

 一人舌打ちをする、難民キャンプの若い男。

「まぁ、伯爵も御立腹でしたからねぇ。逃げられはしませんよ」

「っ! な、なんだ! なんだお前、どっから……ひっ!」

 いつの間にか後ろに立っていた男に驚くが、喉にナイフを突きつけられる。

 キャンプから離れた暗がりに、何も言わず連れて来られる。

「ぐぁっ! な、何するんだっ」

 いきなり膝の裏を蹴られ、膝を着いた処で腕を捻り上げられる。


「いててててっいてぇ! 折れるって、折れちまうよぉ」

「折れませんよ、外れるだけです。まぁ、折れても構いません」

 腕を掴む男は感情のない喋り方で、興味なさそうに答えた。

 小さな獣人の幼女が、目の前にしゃがむ。

「井戸に毒を入れるなんて、いけない事だよ? お仕置きです」

 動けない男を指さし、冷たい瞳で告げる。

「ま、待ってくれ。何を言ってるんだ? 証拠もないだろう?」

「必要ありません。首を落とし、犯人だったと告げれば済みます」

 捕まえるとか、取り調べだとかではない。

 ただ殺しに来ただけだ。それが伝わり、変な汗が噴き出す。

 腕を掴む男の殺意で、若い男は身が竦み、震えだす。


「お仲間の情報を、話して貰えませんか? 楽に死ねますよ?」

 もう一人の男が声を掛ける。

 殺す事は確定していると告げる。

 マルコの問いにも、歯を鳴らすだけで応えられないようだ。

「やりすぎじゃないか? それじゃ、話せないだろう」

 黙って見ていたヴィンセントが、堪り兼ねて口を出す。

「まぁ、情報が聞けるとも思っていませんが……これは?」

 とどめを刺そうとした男は、首にかかる革紐が気になった。

 リトがその紐を手繰ると、ペンダントだった。

 いつかも見た教団の象徴。

 邪教徒が持つシンボルだった。

「また、こいつらか」

 腕を極めたまま、首を踏み抜く。

 グゴッと、変な音がして、若い男は動かなくなった。


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