第三章 邪教と信仰

第131話 難民とテロリスト

 大陸中央の『王国』代表として、『東の帝国』南端へ向かう男とリト。

 大陸北方は『連邦』崩壊後、各部族間の小競り合いはあるものの、『評議国』としてまとまりかけていた。

 西部の帝王は倒れ『西の帝国』は崩壊し、国民の殆どが竜の襲撃で滅んでいた。

 大陸東部にあった『共和国』は『帝国』に吸収されていた。

 大陸を東西に両断する大河を挟んで『王国』の南、雪に包まれた『皇国』に現れたという悪魔の調査に、各国代表が向かう事となった。

 『皇国』は北側は魔物だらけの大河に阻まれ、南側は険しい山脈に塞がれていた。

 大陸東端の一部だけに、唯一徒歩で通れる南北への街道があった。

 皇国南部の山脈のさらに南、大陸最南端には『法国』がある。

 他国との干渉を最低限に、神を信仰する宗教国家だった。

 人の力では纏まる事のなかった大陸。

 その各国が『皇国』の悪魔を相手に、一つになる。

 各国の思惑はあるにしても、表向きは手を組み、互いに協力する事になった。


 伯爵の屋敷にマルコ達が着くと、すぐに中へ通される。

 話は通っているようだ。

 一行は客間に通され、伯爵自ら挨拶に来た。

「この地の領主、伯爵のポールだ。帝国からは彼が同行する」

 がっしりとした体格のスキンヘッドの中年。

 貴族というよりも、戦士のような見た目の伯爵だ。

 顔もいかつく、威圧感がある。

 そんな伯爵が後ろの男性を紹介する。

「帝国、曹長のヴィンセントだ。よろしくな」

 帝国兵にしては、色々と軽そうな男だ。

 見た目は30手前くらいに見える。

 中肉中背で栗色の短髪。

 顔も声も特に特徴のない、記憶に残りにくい男だ。

 兵士というよりも、諜報活動がメインの男のようだ。

 雰囲気も喋り方も、全てが胡散臭い。


「評議国の代表も、ここで合流する予定だ。それまで待機だな」

 ヴィンセントが評議国待ちだと、マルコ達に伝える。

「我が領は皇国と隣接している。向こうの情報が少しでも欲しい」

 伯爵が偵察に期待していると、話し始めた処で外が騒がしくなる。

 慌てた様子の使用人が、執事に何かを報告していた。

 その執事が伯爵に、何かを耳打ちする。

「すまない。少し席を外す」

 それだけ伝え、伯爵は部屋を出て行った。

「お騒がせして申し訳ございません。今、お部屋の用意をしております」

 一行とヴィンセントは、別の部屋に通されて暫く待たされる。


「何事でしょうね……」

 マルコが外を気にして呟く。

「今回の騒ぎで、伯爵の領地も危険にさらされている」

「それよりも気になる事態……余程緊急か、皇国関連でしょうか」

 マルコとヴィンセントは、外の騒ぎが気になるようだ。

「これ以上、面倒を増やされるのは勘弁して欲しいですねぇ」

 男は興味なさそうに、ソファーでくつろいでいる。

「お部屋の準備が整いました。ご案内致します」

 使用人が、それぞれの寝室へ案内する。

 リトは男と同じ部屋へ入っていった。

 その後食事に呼ばれ、食堂へ案内されても、伯爵はいなかった。

 食事を終え、部屋へ戻ろうとした処で、伯爵が顔を出す。

「いや、急に申し訳ない。やっと指示が一段落した」

 立ち上がっていたマルコが席に戻り、男も仕方なく座りなおす。

 何か面倒そうだと、男は嫌な予感がしていた。

「君達にも関係ない話でもない。一応伝えておこうか」

 伯爵は、外の騒ぎを話すと言う。


「皇国からの避難民だ。かなりの数だが、どうにか受け入れられそうだ」

「彼等から話を聴かないといけませんな」

 ヴィンセントは、身を乗り出す勢いだ。

 隣国の状況は、殆ど情報がないままなので、被害だけでも聞きたいだろう。

 マルコもそわそわしている。

「いや、待ってくれ。怪我人もいるし、皆、体一つで逃げて来たようだ」

 食事をとらせて休ませるのが先だ。などと、貴族とは思えない事を言い出す。

 とても伯爵の言葉とは思えない。

 帝国の貴族は頭がおかしいのだろうか。

「そうでした。まったく状況が分からなかったので、つい……」

 ヴィンセントも何故か納得している。

 帝国は皆こんな……なのだろうか。

「あの~……避難民を皆、ご領地で受け入れているのですか?」

 マルコが理解できなさそうな顔で訊ねる。

「ここへ逃げて来た者は、受け入れるつもりだ」


 旧共和国領は地元の代表者が、自治を任されていた。

 伯爵領のような国境付近などは、帝国貴族が来て治めていた。

 この西側は高い山脈と大河があり、東側は海だった。

 伯爵領だけが南へ突き出し、皇国と法国に隣接していた。


 周囲の領主は帝国貴族ではなく、難民の受け入れを断ってきた。

 仕方なく伯爵領だけで、避難民を受け入れる事になったようだ。

 取り敢えずは広場にテントを張り、食事を用意したそうだ。

 国境付近で展開している帝国兵が、数人先導してきたようだ。

 しかし、帝国兵も皇国の状況は、分からないままらしい。

「自国民でもない避難民を受け入れるとは、面倒ではありませんか?」

 不思議に思った男は、つい口を滑らせた。

「ん? 貴族なら当然の事だろう。王国では違うのかな?」

「王国では断るでしょうな。旧共和国もそうでしょう?」

「そうなのか。衆愚たる民を纏め、導くのは貴族の努めである」

「さようで……ご立派でございます」

 民を衆愚と言い切った。

 しかも無駄に見下したり、ふざけているようにも見えない。

 そういうものだと、本気で考えているようだ。

 まぁ、他国の貴族よりは大分マシだが。


 弱り目に祟り目。

 面倒事は畳み掛けるように、押し寄せてくる。

 執事が伯爵へ急を知らせる。

「なんだと! すぐに医師を手配しろ」

 音を立てて立ち上がった伯爵が、怒鳴るように次々と指示をとばす。

 急な事態にも迅速に対応できる、有能な貴族のようだ。

 流石に国境を任せられるだけはあるようだ。

「避難民達が倒れだした。井戸に毒が入れられたようだ」


 井戸は地下水ではなく、水は溜めていただけのものだった。

 幸い、街に被害は出ていないようだ。

 旧共和国の魔法使いである、僧侶と呼ばれる者が連れてこられた。

 水と周辺の浄化が出来るらしい。

 街の人々は、難民が毒を入れたと騒ぎだしている。

 避難民は街の人間が、自分達を殺そうとしている、と騒いでいた。


 魔王とも噂される悪魔が、隣国で暴れている状況だ。

 各国共同で、悪魔に対処しようという時に。

 テロ行為は難民が標的なのか、共和国民なのか。

 受け入れた伯爵を陥れる計略なのだろうか。

「やはり面倒が起きたか……」

 男は溜息を吐き、リトを見る。

 リトは騒ぎを気にもせず、肉をむさぼっていた。

「ん? おにく、まぁまぁ、おいしいよ?」

 表の騒ぎは、本気でどうでもよさそうだ。


 近況ノートに添付しましたが、大陸の各国地図を公開しました。

 餅餅餅様より、大陸地図を頂きました。

 近隣諸国の配置が分かりやすいので、頭の中の整理に御覧下さい。

https://kakuyomu.jp/my/news/16817139554943736093

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