第130話 急使

 男が街へ着くと、使節団は帝都へ向かい、平常に戻っていた。

 特別厳しい警戒も解かれ、男も中に入れる。

「侍かぁ……面倒くさそうだなぁ」

 鬼も日本人に入るのだろうかと、男は少しだけ心配していた。

 探しているサトーと名乗るさむらいが、先程の鬼だったりしないかと。

「マスター、変な奴がいる」


 街の中、噴水の前で、リトが変った男を見つけた。

 恐らく探している男だろう。

 見た目は日本人ではない。

 フランス人っぽい見た目ではあるが、腕にタトゥをいれている。

 街中だからか、鎧は着ていない。

 上は薄い布の服だけで半袖だった。

 左腕のタトゥは『一所懸命』とあった。

「マスター、一所いっしょって何?」

「侍の領地の事だな。それに命を懸ける。侍の生き方だ」

 右腕にも漢字のタトゥが入っている。

 やはり日本人ではないようだ。

 日本が好きな外国人にしか見えない。

 右腕には『待』と入っていた。

 残念なことに、ぎょうにんべんだった。


「サトーという侍は貴方ですか?」

 男は、おかしな男に声を掛ける。

「ん? 俺がサトーだよ。見ての通り侍だ」

 見た目に侍要素は何もないが。

 サトーに隠す気はないようだ。

 男はまっすぐに、訪ねてみる事にした。

「王国からの依頼で来ました。侍を名乗る理由を話せますか?」

「王国から? 俺は元兵士でね。迷宮の警備に就いた事があるんだ」

 サトーは、日本人から異世界の話を聴いたらしい。

 異世界を支配している貴族が、侍だと教えられていた。

 侍の話を聴き、その強さに憧れていった。

「それで、兵士をやめて侍になろうと旅に出たんだ」

 サトーの話を信じるならば、放置しても良さそうだ。

 あっさり騙されるくらいなら、大した情報は持っていないだろう。

 かしこそうにも見えないので、嘘でもなさそうだった。

「その腕のタトゥも日本人に?」

「どっちもサムライって書いてあるんだ。ヒラガナとカタカナっていうんだ」

 どちらも漢字で、どちらも侍ではなかった。


 どっと力が抜けた処へ、駆け寄る男がいた。

「良かった! まだ居てくれましたか。緊急事態です!」

 走って来たのはエミールの遣い、マルコだった。

「こちら、サトーさんです」

「あ、こりゃどうも……あぁ、いやいや。そんな場合じゃありませんよ」

 マルコは慌てて男の腕を掴み、街の外まで引っ張っていく。

 侍騒ぎがどうでもよくなる程の、何かが起きたようだ。

 サトーの所為で気が抜けていた男は、緊急事態とやらに興味が湧いた。


「……で? どこかの国が滅んだりしましたか?」

 街を出て、人気ひとけのない外壁の陰で、男が訪ねる。

 いつもは面倒がる男が、珍しく楽しそうだった。

「近いです。南の川向こう、皇国で悪魔が召喚されました」

 いつも飄々としているマルコが、珍しく険しい表情で答える。

「この間の貴族の屋敷みたいなのですか?」

「いいえ。アレはゲートというらしいです。今度は上位の悪魔だと……」

「召喚なんて出来たんですねぇ。貴族とか魔王とかでしょうか」

 何故か男は楽しそうだ。

「記録には無いそうですが、召喚は伝承にはあるそうです」


 門を開き異界との道を開く魔法が『ゲート』と呼ばれていた。

 何人もの魂を犠牲にして、やっと低級の悪魔が通れるくらいだった。

 来るものを選べず、只、門を開くだけのものだった。

 伝承にある召喚は、より高位のモノを呼び出せるという。

 強力な悪魔を呼び出して従え、思うままに操る者も居たと伝わっていた。

 捉えた魔獣を召喚する術は、一部で伝えられていた。

 最古の魔法とも言われ、ここから魔法陣が出来たとも伝えられる。

 だが、魔界からの召喚方法は、現在では失われていた。


「それで今回のは、どんなのが来たのですか?」

「楽しそうですね……高位の魔族らしいです。向かって貰えますか?」

「行くだけなら構いませんよ。そんなの相手に何か出来るとも思えませんが」

「魔族は制御されていないそうで、皇国で暴れています」

 対策もなしに呼び出したのか、想定以上の大物が来たのか。

 とりあえず見に行ってみようと、男は軽い気持ちで受けてしまう。

 既に皇国の首都は壊滅状態で、皇女の消息も不明らしい。


 世界の危機だという事で、各国の軍隊も動き出しているらしい。

 各国の諜報員が代表して、先遣隊として向かう事になった。

 王国の代表はマルコに決まり、男とリトを道連れにした。

「エミール様に、見つかればお願いしてみろと言われまして……」

「まぁ、いいでしょう。それで、他の代表とやらも一緒ですか?」

「帝国と評議国の代表と合流して、皇国で法国と合流する予定です」


 大陸を東西にほぼ分断する大河。

 その源流がある旧共和国の、山脈の東側を陸路で南下。

 法国手前で西へ進み、皇国へ入る予定らしい。

 まずはマルコの案内で、南東の伯爵領に向かう。

 旧共和国領の一部を管理する帝国貴族だ。

 融通の利かない男で、他の貴族からも嫌われているらしい。

 金山を持っている為、税が安く兵士も精強だという。

 嫌われているのは、その所為もあるかもしれない。

 そんな貴族の領地で、帝国と評議国の代表と合流する予定だった。


「リト、防寒着は持って来てたか?」

「うぃ~、入ってる。山を越えると寒くなる」

 前回の入国時は、寒中水泳からの雪山で、酷い目に遭った。

 今回は様子見だし、他国の代表もいるし。

 男は観光気分でのんびりしていた。


 その頃皇国の首都は、焼け野原となっていた。

 城も崩れ、兵士達も相手にならず、国は魔族に蹂躙されていた。


 次回予告!(一部誇張が入ります。そこまで壮大ではありません)

 魔族が暴れ、魔物が徘徊する皇国。

 そこで男は何を見るのか。

 国と言う組織の闇と、各国の都合に縛られる者達。

 純朴な少年と、己の都合だけを優先する人々。

 彼らは、男とリトは、何を拾い何を切り捨てるのか。

 次回より皇国編、始まります。

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