第129話 紛れたモノ

 男の後ろに座り、幼子を抱きしめながら、両手を合わせる女性。

 白いローブの女性は、その場を動かずに、祈りを捧げていた。

 リトがその女性を掴み、幼子諸共に引き摺って行く。

「邪魔! マスターが戦えないからどいて」

「え? あ、あの……待って! 待って下さい! 神への祈りを……ああっ!」

 リトは肉とマスター以外に興味はない。

 女が何を喚こうとも、音の出る荷物だとしか思っていない。

 力尽くで男から引き離していった。


 瘴気しょうきまとわりつき毒も回り、息も荒く目もかすむ。

 剣も構えているだけで精一杯だった。

 そんな状態でも、リトは男を疑いも心配もしない。

 どんな化物が相手でも、男が死なないと知っているから。

 リトに引き摺られる女性が叫ぶ。

「それは異界から紛れ込んだモノです。この世界の怪物モンスターではありません!」

「異界……モノ?」

「それは人が相手に出来るモノではありません。逃げて下さい!」

 意識が飛びそうになっていた男だが、女性の叫びで何かが閃く。

「モノ……もの……モノ……こいつ、おにか。なら斬れるな!」

 男の目に光が、殺気が宿る。


 鬼。地獄の獄卒。魂を喰らうもの。人が堕ちたものとも云われます。

 桃太郎で有名なアレです。

 日本の妖怪、化物の中でも最強ともいわれるアレです。

 人を喰らう、魂を喰らうともいわれます。

 一説には、鎖国中に漂着した外国人だった。なんてのもあります。

 日本の魔物は鉄アレルギーが多いのでしょうか。

 鬼も鍛えた鉄が弱点だったりします。

 有名な酒呑童子も、日本刀に首を斬られます。

 その刀は天下五剣の童子切、髭切とも呼ばれ国宝になっています。

 安綱さんの作った太刀です。

 帝に献上され、源氏に下賜され、源頼光が鬼退治に使いました。

 金太郎達四天王を連れて、酒呑童子を退治します。

 酒を飲ませて寝込みを襲って仕留めます。

 刀は現在皇室に戻り、国立博物館に死蔵されています。

 公開の予定はないそうです。

 皆の宝、国宝の筈ですが見られません。

 他にも茨木童子など、日本刀で斬られた鬼は多いようです。

 鬼は人の天敵ですが、鬼を倒せるのも人でした。

 魂を込め鍛えた鉄、日本刀ならば鬼を斬れます。

 実際に鬼を斬った刀が、国宝になっていますから。

 見方を変えると、刀で鬼が斬れると国が認めた事になります。

 ……なりますか?

 なので、斬れると思います。

 一家に一振り、いかがでしょうか。

 偽物の日本刀、または模造刀は違法です。

 本物でないと捕まるか罰金になるので、注意してください。

 本物は壺や絵画と同じ、美術品扱いになります。

 お近くの駅ビルなどで、是非お買い求めください。


 男の腰が低く落ちる。

 右脚が後ろに引かれ、右手が後ろに伸びる。

 剣を手放すと、すかさずリトの、背の柄が差し出される。

 男がそれを掴むと、リトが滑る様に退いて、抜刀される。

 野太刀の長い刀身が、鈍色にびいろに光る。

 左手を太刀の柄に添えた男が、無言の気合と共に駆け出す。

 地を這うかのような、低い姿勢で鬼の間合いに飛び込む。

 振り下ろされる鬼の斧。

 その下へ、一気に、大きく踏み込む。

 そこからさらに加速した男が、鬼の脇を駆け抜ける。

 一閃

 止まる事を考えない程の、全力の踏み込み。

 野太刀が閃光となりはしる。

 鬼の首が両断され、動きを止めた体が倒れていく。

 幻であったかのように、鬼は溶けるように消えてしまう。

 確かな手応えに、男の意識が薄れる。

 止まれずに倒れ、転がり跳ねる。

 毒の回った体で、残った力を絞り切った男は、ぐったりと倒れる。


 リトが駆け寄り、倒れた男に水薬ポーションを飲ませる。

 紫色の毒消し(ブドウ味)と体力回復薬だ。

 毒消しは解毒剤ではなく、抵抗力をあげるだけだ。

 体力もゲーム的な体力ではなく、疲れをとるだけの薬だった。

 ヒロポンよりは、いくらか安全なくらいの、ただの滋養強壮剤だ。

 都合よく怪我が治る様な、魔法の薬は存在しない世界だった。


 都合の良い魔法も存在しない……筈だったが。

 そこへ白いローブの女性が駆け寄る。

「この方に神の癒しと祝福を……」

 女性が跪き、祈りを捧げる。

 男の体が光に包まれ、回復していく。

 神の奇跡によって、一瞬で男は元に戻った。

 昔から痛かった、肩と腰と膝まで良くなった気がする。

 気がするだけだが。

「魔法……か?」

「ふふ……神の奇跡です。暫くは体の調子がよくなりますよ」

「余計な事をしたようですね。逆に手をかけさせました」

「そんな事ありません。私は戦えませんから」


 森の中で子供を見つけ、鬼が狙っていたので、共に逃げて来たという。

「ありがとうございました。今は急ぎますので、このお礼は後程……」

 供の者とはぐれて心配しているだろうから、戻らないといけないらしい。

「回復の礼です。その子は村まで届けておきましょう」

 珍しく男が幼子を預かり、村まで送っていった。

 リトは機嫌が悪そうだ。

「どうした? 帰って肉食べよう」

「マスターの目が違う。あの女だけ、他の女と見る目が違う」

「そんな事ないだろぉ? だがあの女、なんだったんだろうな」


「勝手に出歩かれては困ります! いつもお伝えしているでしょう」

「はぁい。ちょっと、お散歩したかったのよぉ」

 街に戻る途中で、探し回る供の者に出会う女性。

 息を切らせ、他の者も集まってくる。

を使って抜け出さないで下さい」

「御自分の立場を、少しは考えてください」

「バレたら我等も罰を受けるのですよ?」

「神の奇跡を私用に使うなんて……」

 供の者が、口々に女性をいさめる。

「わかりましたよぉ。そんなに怒らなくてもいいじゃない」

 少女のように、ふてくされてみせる。

「まったく、さっさとお仕事に戻りましょうロレーナ様」

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