第128話 ある日、森の中で……

 何度弾き飛ばされても、立ち向かっていく。

 傷だらけになった少年、ロシュには策も何もなかった。

 仲間も懸命に立ち向かうが、傷つき倒れていく。

 モーリスもアンドレも、立ち上がれない。

 フラフラになったロシュに、虫が突撃していく。

 流石のロシュも、ついに膝を着く。

「ロシュ! いやぁっ、逃げてぇ!」

 イザベルが悲鳴をあげるが、誰も動けない。


「貫け愛の流星! ……待たせたなぁ!」

 奇妙な掛け声と共に、男が飛び込んで来た。

 勢いよく、文字通り飛んで来た。

 光をまとった跳び蹴りが、虫の体を貫く。

「ア、アラン……」

 跳び込んできた男を見たロシュが、安堵の表情で崩れる。

「もう大丈夫だよロシュ。お兄ちゃんが来たからね!」

 ピチピチパツパツでツヤツヤのナニカ、に身を包む異様な姿。

 ロシュの兄を名乗る変態が現れた。

「ひっ……」

 イザベルは虫とは違った恐怖から、声も出せず、反射的に槍を構える。

 一撃で半身を削がれた、虫が立ち上がる。

「ほぉ……まだ動けるのか。とどめをくれてやろう」

「あの鎧みたいな虫を、貫けるのか……」

 力の抜けたロシュが呟く。

「愛の籠った一撃は、鉄の鎧も貫くのさ。くらえ愛の散華!」


 幼い頃から魔力だけは高く、魔導師として期待された。

 しかし彼は戦士の道を選ぶ。

 魔法を覚えなかった代わりに、溢れる魔力を身に纏うすべを覚える。

 強大な魔力を打撃に乗せ、物理防御を無視する一撃を放つ。

 愛の一撃と称し、愛する者の為だけに、その力をふるう。

 唯一愛した弟の為に。

 赤と黒と白のピチピチスーツで、弟のピンチに駆けつける。

 変態の名はアラン。

 厄介な事に……彼は強かった。


 光輝く拳に、虫の巨体が爆ぜる様に飛び散る。

 辺りに虫の甲殻と体液が飛び散っていく。

「待たせたね、ロシュ」

「まだ、敵わないなアラン」

「大丈夫さ。すぐに、もっと強くなるよ」

 唖然とするモーリスとアンドレ。

 槍を構えたまま震えるイザベル。

 兄を受け入れられるのは、ロシュだけであった。


 そんな変態が暴れているとも知らず、リトを連れた男は森で狩りをしていた。

 タヌキのようなのと、鳥も2羽獲れた。

「こんなもんか?」

「早く、早く帰ろ? おにくぅ」

 首を落とし、血抜きをしながら、リトが急かす。

 歩きながら、器用に鳥の羽根をむしっている。

 森の中を通る街道へ出た処で、幼子を連れた女性を見かけた。

 男と反対側の森から、街道へ飛び出して来た。

 その女性は男を見つけると、幼子の手を引き逆方向へ走り出す。

 森の中、後ろを気にしながら女性は走る。

 男を見て逃げた訳ではなく、巻き込まない為に、ナニカから逃げているようだ。


 手の込んだ意匠が凝らされた、真っ白な絹の様な光沢のある薄手のローブ。

 腰まで伸びた艶やかな黒い髪。

 裾から覗く白い足首。

 彫りの深い整った顔に、意志の強そうな太い眉。

 森の中の村人ではなさそうだ。

 貴族だろうか。

 ゆったりとしたローブでも判る、そのしなやかに引き締まった体。

 昔、出会ったスペイン人の女性に、どこか似ている気がする。

 ――いや、彼女はイタリア人だった気もする。

 ――モデルのようにスタイルは良かったが、気の強い女だった。

 ――そういえば、あの女は酒も強かった。

 ――ブランデーをラッパ飲みしていたっけ。

 いつの間にか男は、昔の女を思い出していた。

 男が見惚みとれていると、森の中から猟師のような大男が出て来た。

 リトの耳がピン! と立ち、毛が逆立つ。

 男の背中にも冷たいものが走った。


 いつか見掛けた、あの男。

 オランダだかどこだかの、ズボンを真似た袴。

 日本の軽衫かるさんを履き、毛皮を纏った熊の様な大男だ。

 遠目に見ただけで、寒気がするような化物が、子連れの女性を追っているようだ。

 化物は人を両断できそうな、大きな斧を片手で振り上げる。

 子供が転んで追いつかれた女性が、幼子を庇って抱きしめる。

 男は飛び出していた。

 表情の判別がギリギリくらいの、助けに入るには絶望的な距離。

 他人を助ける趣味など無い筈の男が、間に合わないと分かっている距離を走る。

 自分でも理解できない行動に戸惑いつつも、男は剣を抜き斧を切り払う。


「くそっ……どうなってるんだ?」

 絶対に間に合わない距離があった筈だった。

 何故か男は振り下ろされる斧の下にいた。

 何があったのか理解できないまま、振り下ろされる斧に剣を擦り合わせる。

 女子供を狙った一撃だった所為か、なんとか軌道を逸らせた。

 その打ち合い一合で、男は理解した。

 目の前の相手は、やはりヒトではない。

 まともに遣り合える存在ではないが、他にどうしようもなかった。

「貴方、何をしているのです。早く逃げて下さい!」

「何度もは防げないぞ。お前ら邪魔だ! どっか行け!」

 女性と男が叫び合う。


 技も何もなく、力任せに振り回される大斧。

 なんとか躱し、逸らせてはいるが、全てが必殺の一撃だった。

 避け損なえば、体半分くらいは消し飛びそうだ。

 体力半分くらいで勘弁して欲しいが、耐えられそうにない。

 神経も体力も、無駄に削られていく。

 息もつかせぬ連撃に、攻勢に出る隙もない。

 男も、まったく反撃できないわけでもなかった。

 躱した隙に脇腹を、腿を、首筋を切り裂こうと、剣を振るってはいた。

 魔力か何かを纏って、防御しているのとは違った手応え。

 単純に肌が鉄の様に硬かった。

 バスタードソードで斬りつけても、傷一つ付かない。

 感触では、鉄の鎧以上の硬度に感じる。

 男は斬り合いを続けながらも、相手を観察し、弱点を探る。

 まず人ではない。

 2mはあるだろう長身で、筋肉質な体をしている。

 大きな顔の額には、円錐形の真っ直ぐな角が二本生えている。

 日本なら鬼のような化物だ。

 やはり魔族なのだろうか。


「っ! ちっ……なんだ?」

 油断していた訳でもなかったが、脇腹を浅く切り裂かれた。

 振り下ろされる斧を躱した処へ、掬い上げるように左手が突き出される。

 ナイフのような爪が、男の脇腹を切り裂いた。

 視界がぼやけ、体の動きも鈍い。

 化物の体から溢れる瘴気が、毒のように人の体を蝕む。

 爪からも、傷口に毒が染み込んでいく。

 男の動きが、みるみる悪く、鈍くなっていく。

「これは……マズイか?」

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