第126話 捜索依頼

「今日は御馳走の前にお話があります」

 甘いものに騙された翌日、エミールが男の家を訪れた。

 ティラミスを楽しみにしているようだ。

「はっはっは。まぁ、聞きましょうか」

 してやった男は機嫌よく応じる。

「今日は依頼が2つあります。一つは武術指導です」

「城の武術の指導者が引退したとか、そんな話は聞きましたよ」

「それです。代わりに指導に来て貰えませんか?」

 エミールは男を、武術家だと思っていたようだ。

「武術なんて子供の頃に、すこぉし習っただけですよ」

「へ? 武術家では……あれ? てっきり……あれ?」

 そういえば男がそう名乗った、そんな事はなかったと気がついた。

「貴方には珍しい思い込みですねぇ」

「いや、失礼。剣士ではなかったと聞いていたので……」

「そうですね。あの国にはもういませんよ。武道家ならいますが」

「あぁ、精神を鍛える……でしたっけ?」


 武道家というのは、心を鍛える為に人を殴るらしい。

 お茶を飲んでも出来る事なのに。

 心を鍛えるならば茶道さどう華道かどうでも良さそうだが。

「その不思議な理屈がない流派を昔、少しだけ習いました」

 男が習った武術の創始者は、おかしな事は言わなかった。

『喧嘩に勝つ為、相手を殴り倒す為の空手だ』

 そういう分かり易い人であった。


 他の武道と比べ、荒くれ者が多いかというと、そんな事はなかった。

 むしろ他よりもまともな人格者ばかりだった。

 その技で人を殺した者はいても、男が知る限り犯罪者はいなかった。

 どの国でも殺人は犯罪だった。

 それでも戦争なら、戦場でなら罪を問われない。

 不思議な話だった。

 せめて強要した両国の指導者は、腹を切るべきではないだろうか。

 他国の軍にも教えていたので、殺人は仕方がないことだった。

 口に出さずとも、その精神は鍛えられていたようだ。

「では、武道家なのですか?」

「いいえ。何でもありませんよ」

「違うのですか? 暗殺者とかですか?」

「それもなれませんでした。何者にも成れなかった、出来損ないです」

 何者にも成れなかった、名前もない、ただの男だった。


「はぐらかされた気もしますが、いいでしょう。一旦諦めます」

「人に教える事はありませんよ。もう一つは、なんですか?」

「捜索……というか、確認……でしょうか」

 珍しく歯切れが悪く、エミールが困ったような、曖昧な顔をしている。

「面倒な相手っぽいですねぇ」

「う~ん。どうでしょう? 戦士らしいのですが、問題は名前ですかね」

「法に触れるような名前ってあるのですか?」

「彼はサトーと名乗っています。しかも自称、侍です」

「ほぉ……」


 日本人だろうか。

 少なくとも日本を知っている人物のようだ。

 迷宮内の情報は、国で厳しく管理している。

 漏れたのならば、大問題だろう。

 そうでなければ、あの迷宮にいた日本人という事になる。

「他にも残った方が居たのでしょうか」

「いえ、皆帰った筈です。まぁ、実際に確認はしていませんが」

 基本、他人を信用しない男だが、そこは疑っていなかった。

「どの程度の情報を持っているか、日本人なのかどうか。見てきて下さい」

「なるほど。少し興味が湧きました」

「今、彼は帝国領の町、旧共和国に滞在しているようです」


 少しは興味を持った男だが、日本人ではないだろう。と、思っていた。

 サトーは多いが、侍はいない。

 サトーを名乗ったのなら、侍ではない筈だ。

 日本にかぶれた外国人の匂いがする。

 あとは、どの程度迷宮内の情報を持っているのか。

 どんな格好の侍なのか、男は少し楽しみだった。

 早速荷物をまとめ、支度を始める。


 その頃、その町は帝国兵に囲まれ、緊張に包まれていた。

 他国との国交が極端に少ない宗教国家、法国からの使節団を迎えていた。

 当初予定していた司祭ではなく、急遽聖女が訪れていた。

 最も神に愛された聖女と云われる、筆頭大聖女が自ら来ていた。

 その発言は法王マヌエルでも逆らえない、とも噂される大物だった。

 その街に数日滞在し、帝都まで出向き、皇帝レオンに謁見する予定だった。

 神を信望し、他国を見下すような態度を、長年続けていた法国だ。

 帝都でも重臣を交え、未だもめていた。


「やはり邪教徒絡みでしょうか」

「まさか聖女まで邪教に、取り込まれていたりはしないでしょうが」

「陛下に御挨拶をしたいなどと……」

 重臣達は相手の意図が読めず、重苦しく悩んでいた。

「まぁ、悩んでも仕方あるまいよ。会うしかないだろう」

 呆れたように、若い皇帝が軽く口にする。

「しかし陛下……」

「陛下を狙って呪いでも、かけようとする気かもしれませんぞ」

「そうです。やはり危険なのでは? 誰か他の者を代理にしましょう」

 皇帝へ何かするつもりなのだと、重臣達は心配している。

「聖女なのだろう? ならば、それも神の意思とやらだろうよ」


 入国して街に滞在する使節団も、密かに慌てていた。

「領主との晩餐から帰って、部屋でお眠りになったはず……」

「何故いないんだ? どうなってる!」

「最近は大人しかったので、油断しておりました」

「どうするんだ。まさかこんな所で……ああっ!」

「なんとかごまかして、その間に探すしかありませんな」

 御付きの者、神官達、皆、青い顔を寄せ合っていた。

「あぁ……神よ」

「あなたの使徒は、いったいどこへ……」

「今度は何処へ抜けだしたのです……大聖女様!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る