第123話 黒龍

 男は仲間と砂漠を進軍していた。

 アラビア半島南部に広がる、面積約65万k㎡のRub'al khaliだ。

 救出任務と聞いているが、こんな少数の傭兵だけで行かせるとは。

 どうせ今回も罠か囮だろう。

 所詮は使い捨ての外人部隊だ。

 フランスの派遣会社から派遣された傭兵達8人。

 日本人は男一人だけだった。

 何もない砂漠を進む一行。


「うぉ!」

 先頭のイヌウが突然消えた。

 砂の中に埋まったようだ。いや、落ちたのか?

「大丈夫か? トドメが欲しいか?」

 まだ敵の勢力圏ではない筈だが、小さな声でロイが穴に声を掛ける。


「大丈夫だ。おい、降りて来いよ。すげぇぞ」

 穴の中でライトを点けたイヌウが呼ぶ。

「出られそうか?」

「ああ、横に出口がある。大丈夫だ」

 イヌウは、横穴が外へ続いていそうだという。

 どうせ、もうすぐ敵に囲まれる身だ。皆、躊躇なく飛び降りる。


「おお……」

「こりゃ、すげぇ」

 崩れかけた石造りの柱と壁。

 見た事もない紋様が彫られていた。

「なんかの遺跡か? こんなのがあるなんて、聞いてないぞ」

「新発見だな。一発逆転か?」

 未発見の遺跡じゃないかと、はしゃぎ始める。


「考古学ってのは金にならないらしいぞ」

「えっ、マジかよ」

 ル・オの一言で、皆静かになった。

「こっそり好事家こうずかに横流しとかしないと、やっていけないとか聞くな」

「なんだよぉ。これで大金持ちかと思ったのにな」

「ハッ……どちらにしろ、これを誰かに知らせる事ができないだろうよ」

「……だな」

「一人くらいは生き残るかもしれないぜ?」

 そこへミサイルが飛んで来た。


 遺跡ごと男達は吹き飛ばされ、砂に埋まる。

 はしゃいでいた仲間、ルドガーの顔が半分、男の目の前に転がっていた。

 割れた石壁と柱に巧い事守られ、男は砂に埋もれるだけで生きていた。

 だが人の気配と声が近付いて来る。

 敵の追撃だろう。

「やっぱり囮か……だが、生き残ってやる」

 男は砂に埋まった体を、無理矢理引き抜き起き上がる。


「ぬ……ぅ? くそっ……寝てたか」

 瓦礫に埋もれ、気を失っていたようだ。

 何かが飛んで来て、咄嗟に狭い階段へ飛び込んだ。

 そのおかげか、大きな瓦礫に潰されず助かったようだ。

 生き埋めにされた夢を見た気がする。


 実際には5分も経っていない、ほんの数分だが気を失ったようだ。

 バスタードソードは瓦礫に埋まったか、見つからなかった。

 仕方なく、まずは外へ出る事にした。

 上には出られそうにないので、階段を駆け下りていく。

 何か黒い、大きなものを見た。

 モンスターに襲われたようだ。

「やられたら、やり返さないとな」


「なんだあれ」

「でっかいねぇ」

「バカ! 逃げるよ、早く!」

 屋敷から逃げ出したカムラ達が、見上げる塔に巨大な影がいた。

 暢気に見上げる2人を、シアが怒鳴りながらはたく。


「ドラゴンだ! お前ら早く逃げろぉ!」

 ジャンが3人に叫ぶ。

 庭で魔族アイナに囲まれながらも、生き残っていたようだ。

 ジャックが弓を構え、黒いドラゴンへ矢を連射する。

「どうする? あんなのと戦えないぞ」

「だが、子供達を逃がさないと。こっちに注意を向けさせるんだ」

 カムラ達を逃がそうと、囮になるジャンとジャック。

 ジャックの射る矢は、ドラゴンに傷一つ付けられない。


 それでもドラゴンはジャックに顔を向けた。

 邪魔だと思ったのか、ハエが飛んでいるくらいの気持ちだったのか。

 大きく開いたドラゴンの口に、爪で引き裂いた様な紋様が浮かぶ。

 龍言語魔法、龍の吐息が武器に、飛び道具へと変化する。

 塔の上から吐き出された、球状の黒い液体がジャンとジャックに飛ぶ。


 まともにくらった2人は、叫ぶ間もなく溶けてしまった。

 鎧も武器も骨も残らず、黒い液体に呑まれる。

 その場に大きな穴を造り、黒い液体は不意に消える。

 白い煙と嫌な臭いを残し、2人と黒い液体は綺麗に消えた。

「お~い。早く逃げておいで。あれは黒龍だぞぉ」

 屋敷の門前で賢者が、カムラ達を大声で呼んでいた。


 男が塔から出て来た。

 塔の上を見上げている。

 不意に振り向き、賢者を見つけると大声で叫ぶ。

「じいさん! アレ、撃ち落とせ」

「まだ若いようだが、黒龍ブラックドラゴンだぞ?」

「うっせぇ。ほら、血が出たんだよ! やり返してやるんだ!」

 こめかみの少し上辺りだろうか、ちょびっと切れているようだ。

 気を失った数分に見た夢は、もう忘れていた。

 それでも、何かイライラする。

 男は機嫌が悪く、ドラゴンに当たろうとしていた。


「あの大きさで、まだ若いのですか?」

 シアが賢者に訊ねる。

「うむ。大人になれば金龍よりデカくなるからな」

 そう言われてもカムラ達は、金龍の大きさを知らないが。

「そんなの相手に師匠は何する気なんだろう?」

 男の行動が理解できないカムラは不思議そうに呟く。


「何か気に喰わなかったのだろうな。娘さん。全力でぶつけてやりなさい」

 賢者はシアに魔法を使えと指示すると、呪文を唱えだす。

 賢者の足元に、光輝く魔法陣がえがかれていく。

「ドラゴンには効かないと思うけど……」

 そう呟きながらも、塔の上のドラゴンへ魔力を集中させる。


「我は求める貫く力。ウィラコチャよ放て……」

 シアに合わせるように、賢者が呪文を唱えだす。

「ぜんりょくぅ……ぜんかぁい!」

 魔族の血を受け継ぐシアは、呪文を必要とせず魔法が使える。

 魔力を直接爆発に変換する。

 ブラックドラゴンがシアの魔力で爆炎に包まれる。


「轟け……ヴィライリャ!」

 賢者の呪文で光がはしる。

 眩しい光が黒龍を貫き、大気を引き裂いた轟音が辺りに響く。

 爆炎と稲妻が、黒龍を怒らせた。


 大きく羽ばたき降りて来る。

「でかした! 後は任せろ」

 叫んだ男が空のドラゴンを睨む。

 男の殺気に反応したのか、黒龍は男の目の前に降りてきた。

 革の鎧と脇差だけの軽装で、一人ドラゴンに立ち向かう気のようだ。

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