第122話 天使と悪魔と乱入者

 天使の鋭い槍を捌く男だが、やり難そうだ。

 表情がなく、虚ろな目も、どこを見ているのか分からない。

 予備動作もなく、突然動く天使の攻撃は、対応し難かった。

「くっ……面倒だな。リトっ!」

「あい!」

 男が天使の突きを受け流す。

 体の伸び切った天使の、背後を駆け抜けるリト。

 リトのナイフが天使の背中を切り裂いた。

「これで……うぉ!」

 天使は動きを止める事無く、男へ槍を振るう。

 咄嗟に跳び退しさり、距離をとってしまう。

 魔法の利きが悪いらしい天使。

 リトの魔法のアイテムも効果が無かった。

 麻痺が効かないようで、天使は止まらない。


 剣を合わせ、槍を逸らせて踏み込む。

 槍と共に体が流れたところへ、横薙ぎに剣を振る。

 天使は宙に浮いたまま、スッと後ろへスライドするように躱す。

「くそっ、これを躱せるのか。なんて機動力だよ」

「ぁ……アァアー」

「させるか!」

 天使の口から奇妙な声が漏れ出す。

 神の奇跡、天使の歌だ。

 面倒な力を使わせる気のない男は、一息に間合いを詰める。

 剣と槍の、間合いの取り合いが繰り返される。

 最悪、空へ逃げられたら、どうにもならなくなる。

 槍で攻撃出来る距離で戦う方がマシだった。

 しかし天使の機動力に、徐々に押されていく。

 天使の攻撃を捌き切れなくなる。と、覚悟した男は攻撃に転じる。

 鎧の肩当てで、突き出された穂先を逸らす。

 踏み込んで払いあげる剣が、槍を持つ指を斬り落とす。

 左手の指が2本、根元から落ちるが、天使は怯みもしない。

 男はバスタードソードを手放し、槍の使えない至近での戦闘を選ぶ。


 醜く姿を変えた婦人が、屋敷の地下で暴れ出す。

 爛れた悪魔となった婦人が、長く伸びた腕を力任せに振り回す。

「ん~にゃああっ!」

 気の抜ける気合と共に、カムラが悪魔の腕を楯で受け止める。

 その腕から皮膚が、肉がボトボト剥がれ落ちる。

 無理な変化に耐えられず、肉体が崩壊し始めているかのようだ。

 放っておいても、崩れていきそうだ。

「いぃぃやぁっ!」

 カムラの後ろから、シアが槍を悪魔の腹に突き刺す。

「ひぃぃいいいいいィ!」

 気味の悪い叫びをあげ、悪魔がシアへ腕を伸ばす。

「させないよ。ごめんね」

 トムイがナイフを天井へ投げつける。

 ナイフに付いていた鋼糸こうしが、悪魔の腕に絡みつく。

 その場しのぎではあるが、シアへ伸びる腕は糸で上へ吊りあげられる。

ぜろぉ!」

 シアの魔力で、槍の薄い穂先が爆ぜる。

 鉄片と爆風が、蛙のような腹を引き裂く。

「ビョオオオォ……クォオオオッ!」

 裂けた腹からベチャベチャと、はらわたがこぼれるが悪魔は止まらない。


「うぼぉおおおお!」

 カムラが泣きながら雄叫びをあげる。

 グチャグチャになった、情けなくだらしない顔で、雄々しく叫ぶ。

 楯を構え、体ごと蛙の腹に勢いよく突撃する。

「もういい。もう、いいんだ。せめて、安らかに……」

 顔の一部だけ、かろうじて人だった名残を残す悪魔の胸を、カムラの剣が貫く。

 カムラを押し倒し、圧し掛かり、漸く動きを止める。

 トムイが下敷きになったカムラを引き摺り出す。

「いつまで泣いてんのよ」

 血と肉と臓物にまみれたカムラを、シアが槍で小突く。

「だっで……ぐぅ。誰だよ……こんな事するなんて……」

 妻子を殺された失意の男爵に、邪法を使わせた男は何者なのか。

 見知らぬ何者かに、カムラは怒りを向ける。

「まだだっ! まだ動くよ!」

 トムイの叫びに、倒れた悪魔を見ると、崩れる体が動き出す。

 男爵夫人だったものは、肉片を飛び散らせ暴れ出す。


 男は、突き出される槍を、体を捻って躱す。

 そのまま天使に背を向けた男は、右手を伸ばして槍を掴む。

 槍の穂先近くを掴んだ男は、それを捻りながら引き寄せる。

 回転する槍が、指を斬り落とされた天使の手の中を、血で滑って走る。

 石突が天使の腹にめり込む。

 怯んだ天使の槍に左手を添え、身体を回して奪い取る。

 両手を伸ばし、その背に槍を通し、まるで案山子かかしのような恰好で振り返る。

 腹を突かれ、前に屈み込んだ天使に、槍が振り下ろされる。

 少女の首が塔の屋上に転がった。

 ゆっくりと倒れる天使の体。

 それは光に包まれ、小さな無数の羽根となり、辺りに散って消えた。


 狂ったように暴れる悪魔が、地下の柱も壁も崩していく。

「もう無理だ。早く外へ」

「ほら、カムラ!」

「だって……」

 愚図るカムラを2人で、引き摺るように脱出する。

 婦人が横たわっていた石の台座に、トムイが石を投げる。

 賢者から渡された、門を閉じる石だった。

 異界と繋がってしまった門が閉じて、来てしまったものが帰っていく。

 崩れた瓦礫に潰され、引き千切られ、悪魔は帰っていった。

 崩れる屋敷から逃げ出した3人は、衝撃と破壊音に塔を見上げる。

 男が登った筈の塔の最上階に、黒い何かが居た。

 崩れた瓦礫がれきが庭に降り注ぐ。

 塔からリトが飛び出し、マントを広げ滑空していた。


 カムラ達が屋敷を脱出する直前。

 塔の屋上で、石の台座にリトが石を置く。

 開かれた門はこれで閉じるのだろう。

 周りを飛び回っていたアイナも消えていく。

 門が閉じたのを感じたのか、周りの炎の壁も消えた。

 安堵する間もなく男が叫ぶ。

「リト、飛べっ!」

「あい!」

 当たり前のようにリトは、即、塔から飛び出した。

 何故? もなく、一瞬の躊躇もなく、リトは虚空へ飛ぶ。


 突如、塔へ向かって巨大な、黒いナニカが飛んで来た。

 それは速度を緩める事なく、屋上へ激突する。

 外へ飛び出したリトが、滑空して下へゆっくりと降りていく。

 塔に降り立ったソレは、瓦礫を降らせながら咆哮をあげる。

 コウモリの様な黒い皮膜のある大きな翼。

 鋭く巨大な爪と牙。黒い鱗と長い尻尾。

 大きな黒い影の様な、全身黒いモンスターが塔の屋上に降り立った。

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