第121話 転生

 塔の屋上は壁が無く、真っ白な太い柱が外壁に並んでいた。

 柱は上空で湾曲し、部屋の中央へ向かっている。

 それは獲物を咥えた牙のように。

 大事な臓器を護る肋骨のようにも見える。

 中に居るのは囚われた贄なのか、護るべきものなのか。

 一人の少女が部屋の中央に寝かされている。

 石の台座。真っ白なベッドに少女は寝ていた。

 真っ白なドレスの少女は、静かに眠っているようだった。

 その脇には貴族のような、中年男性が一人立っている。

 愛おしい者をる、優しい眼差しだった。

 上がって来た男に、貴族の男が顔を上げる。

「もうすぐだ。もうすぐ取り戻せるのだ。邪魔はさせない」

「面倒な事をしてくれたな。そんな事をしても帰ってこないんだよ」

 一瞬だけ、悲しそうな顔をした男が、腰の剣を抜く。


 屋敷の地下には祭壇が作られていた。

 その中央、生贄を捧げるかのように、石の台座がある。

 穏やかに眠っているような、中年の女性が横たわっている。

 その脇には中年の男性が、優しいまなざしで立っていた。

 ホールの肖像画にえがかれた2人だ。

 いくらか歳をとった姿の男爵と婦人がいた。

 男爵はやつれもなく、身嗜みだしなみを整えた貴族に見える。

 その綺麗な恰好が、見る者に違和感を与える。

「わが妻が目覚める時が来たのだ。侵入者よ、きみらも祝福したまえ」

 穏やかに対応する男爵。


 やはり、もうどうしようもない程、彼は狂っていた。

「もうやめてくれ。そんな事しても帰ってこないんだよ」

「外は大変な事になってますよ? 門を閉じて下さい」

 トムイとカムラが必死に訴えかける。

「盗賊だと言っていたが、誰が雇ったのかはわかっていたんだ」

 妻子を殺した相手に見当がついていたようだ。

「こんな世界、滅びてしまえばいい……邪神だろうと、なんだろうと……」

 レンブラント男爵の顔が、狂気に歪む。

「待って! 落ち着いて!」

 必死に訴えかけるカムラを、シアが静かに止める。

「無駄だよ……もう、彼は人じゃない。人の声は届かない」


 政争に巻き込まれ、妻子を殺された男爵は人を呪い、人を捨てた。

「世界よ、呪われるがいい! アンナ……共に行こう。もう、放しはしない」

 男爵の体が霧の様に霞み、眠る女性、アンナの中へ染み込んでいく。

 起き上がったアンナの体が、みるみる膨らんでいく。

 服を引き千切り、ぶよぶよと膨らんだ体は、ヌメヌメとしている。

 何もないとした腹、イボイボとした背中。

 後ろ足で立ち上がる、ただれた蟇蛙ヒキガエルのような体。

 髪が抜け落ち、耳まで裂けて大きく開いた口には、鋭い牙が並ぶ。

 人の世を呪った魂は、妻の体に宿り、悪魔となる。


「キョアアアアアァ!」

 意思が弱ければ、聴いただけで錯乱しそうな、気味の悪い叫びをあげる。

「そんな……なんでだよ。大切な人に会いたかっただけで、こんな事に……」

「うっさい! 切り替えなさいカムラ!」

「そうだよ。悪魔を倒して門を閉じなきゃ」

 泣きそうなカムラを、槍で叩きながらシアが叱咤する。

 トムイも脇から声を掛ける。

「ぐすっ……槍で叩くなよぉ。分かってるよぉ」

 鼻をすすりながら、カムラが楯を構える。


「無常にも奪われた、娘の命を天から奪い取る」

 塔の屋上で、狂気に囚われた男爵が叫ぶ。

「だから無理なんだってよ。諦めて成仏しな」

「ジョーブツ……誰?」

 知らない言葉に、リトが反応した時、ナタリーの体が光に包まれる。

「おお……ナタリー。帰って来てくれた……私の……ナタ…リ……」

 レンブラント男爵が、光に包まれ消滅する。

「ちっ、幸せそうな顔で逝きやがって」

 舌打ちする男の前には、少女ナタリーが浮いていた。

 光輝く白い猛禽類の翼。近くにいるだけで、浄化されそうな姿だ。


 ナタリーの体は天使として転生した。

 感情の無い顔で、少女は槍を手にしている。

「おいおい。やるなら外の悪魔が先じゃないのか?」

 天使は外の魔族よりも、眼前の男を敵とみなした。

 浮いた少女が槍を突き出し、男へ急降下していく。

 槍に剣を合わせ逸らしながら、男は横に跳んで転がる。

「せっかくだが、飛び込んで来られても、受け止められないな」

「跳び込んで良いのはリトだけ」

 天使に対抗心を出すリト。

 男とシンクロした動きで、常に男の傍を離れないリトだった。

「ふぅ。なるほど、子供達には戦わせられないな」

 見た目が少女のままでも、男は加減するつもりはない。

 子供達には、まだ少し早いだろう。


 神の使い、天使。絶対正義を押し付ける者。

 両性具有で、白い猛禽類の翼を持つといわれます。

 偉くなると翼が増えたりします。

 融通の利かない、頭の硬い者が多いようです。

 自分の中の正義は絶対であり、人にそれを強いる面倒な者達です。

 魔法の代わりに、神の力や歌声で奇跡を起こします。

 背中の翼は飾りです。

 人型に翼を付けても、飛べません。

 飛べるだけの筋肉をつけると、その重さで飛べなくなるそうです。

 さらに筋肉や羽を増やすと、また重くなる。と、いう繰り返しになります。

 人間は神の姿を模して創られたといいます。

 天使はそれを、うらやんでいるという噂です。

 無駄な飾りをつけた人間の出来損ない。

 勝手な正義を押し付け、節制を強いる者が天使です。

 人に害をなす話は、多く伝わっていますが、助けにはなりません。

 早めに駆除するべきだと思います。


 悪魔に転生した夫人と戦うカムラ達。

 天使に転生した令嬢と闘う男とリト。

 庭で悪魔アイナ達に囲まれながらも、奮戦を続けるジャンとジャック。

 遠巻きに屋敷を警戒する3国の軍隊。

 一人外で、少し飽きて来た賢者ナイジェル。

 天使の光に引き寄せられるように、飛んで来る黒いナニカ。

 誰が生き残れるのか。

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