第120話 悪魔の館

「門は二ヶ所あるようだ。尖塔の上と屋敷の……地下だな」

 賢者ナイジェルが門の位置を探知した。

「じゃあ、分かれて進みますか」

「お主は上に行った方が良さそうだな。地下は彼等でもいいだろう」

 男の提案に、ナイジェルが指示を出す。

 塔の上に何が居るというのか。

「厄介なのが居そうですか?」

「彼等には早いだろう。子供が戦う相手ではなかろうな」

「何処まで視えているので? 中で何が起きているんですか」

「恐らく蘇生……いや、転生だろう。幾つもの魂を生贄にな」

「また、面倒な……」

 集めた魂の所為か、儀式に失敗したのか。

 死んだ魂を呼ぶ筈が、魔族を呼び寄せたようだ。


「じいさんは、お留守番ですか?」

「溢れ出て来る魔族共を、外へ出さぬよう、防いでいよう」

 賢者を睨んでいた男が、ため息を一つ吐く。

「リト……行こうか」

「うぃ~」

「よし! 俺達は地下だ」

「うん」

 カムラ達3人は屋敷へ向かう。

「待て待て待て! 勝手に動くな」

「指示はAランクの俺達が出す」

 ほうけていたジャンとジャックが騒ぎ出す。

「一緒に居ないと寂しいのですか? 邪魔なので帰ってもいいですよ?」

 男は振り向きもせず、中へ入っていく。

「あ、あの……ごめんなさい」

「急ぐんで、外で待ってて下さい」

「中は、たぶん危ないですよ? 大人しく待ってて下さいね」

 カムラ達も優しく宥めて入っていく。

「待てっ! お前ら……」

 ジャンとジャックも、後を追って入っていく。


「騒がしい奴らよ」

 一人外に残った賢者は、中の魔族が外へ出ないよう壁を創る。

「我は求めるさえぎる力。顕現けんげんせよイフリート」

 炎の魔法陣が光を放つ。

「天を焦がす爆炎よ、道を断つ壁となれ」

 大きな炎の塊が屋敷の外壁に沿って走る。

 ぐるりと囲むように、炎が噴き上がる。

 天まで届きそうな、炎の壁が屋敷を取り囲んだ。

 魔物達は外へ出られない。

 中へ入った冒険者達も、外へは出られない。


「うおっ! 何だこれ!」

「外が燃えてるっ! 何があったんだ?」

 突如燃え上がる炎の壁に、ジャンとジャックが慌てふためく。

 入口でオロオロしている内に、屋敷の前庭には、2人だけが取り残されていた。

「おい、もうアイツら中に入っちまったぞ」

「どうする? とりあえず屋敷へ入るか」

 カムラ達を追うように、屋敷へ向かうAランク2人。

 そこへ鋭い爪を煌めかせ、魔族アイナが空から襲い掛かる。


 男が入った塔の中は、階段があるだけだった。

 塔の外壁をぐるりと回る螺旋階段があり、それを壁で囲った状態だった。

 中に入っても、太い柱状の壁と外壁、間に階段があるだけだ。

「これじゃあ崩せないな。面倒くさい」

 男は中の柱が脆そうならば、塔ごと崩そうと思っていた。

 仕方なく塔をぐるぐると登っていく。


 屋敷の玄関ホールには、天井近くまである巨大な肖像画があった。

 若い男と女性。女性は赤子を抱いていた。

「これが男爵かな?」

 カムラが絵を見上げ呟く。

「大分若い頃みたいだね。お嬢様は、もうすぐ結婚する頃だったってさ」

「じゃあ、随分前なのね。お嬢様が産まれた記念かな?」

「この男爵一家はどこにいるんだ? 王都の御屋敷か?」

 カムラの問いに、トムイが悲しげに答える。

「奥様とお嬢様は亡くなったって。詳しくは聞けなかったけど」

「じゃあ、男爵だけが残ってるの?」

 シアも少し気になったのか、絵を見上げながら訊ねた。

「仲が良かったらしくてね。妻子を失くしてから、この屋敷に籠ってたらしいよ」

「この騒ぎって、まさか男爵が?」

「かもね……賢者様の話だと、2人を取り戻そうとしたんじゃないかって」

「カムラ、しっかりしなさいよ!」

 シアがカムラの尻を、槍の柄で叩く。


 地下への階段を探して、屋敷内を歩き回る。

「どこから降りるんだろうねぇ」

「床を爆破するか?」

「屋内で使いたくないけど……2階も見てみよう」

 シアの提案で、何か見つかるかもしれないと、2階を探索しにいく。

「寝室……かな?」

 2階の一室に入った処で、青白い人影が浮かぶ。

「ゴースト! 下がって!」

 シアが2人を下がらせる。

「怖くない怖くないこわくない……カエッテクダサイ」

 震えるカムラが泣きそうな声を出す。


「攻撃はしてこないみたいだね」

 楯を構えたまま固まっているカムラをほおって、トムイとシアが前に出る。

「貴方は誰? 男爵に関係ある人なの?」

「タスケテ……」

「誰なの? 答えなさい!」

 シアが、魔力を込めて命令する。

「主人を止めて下さい。あのかたを助けて下さい」

「貴方は誰なの? 何があったの? 答えなさい!」

 シアはさらに魔力を込め、霊に力強く命令する。

 薄っすらとしていた霊の体が、シアの魔力を受けはっきりと見える。

「私は執事です。悲しみに暮れる旦那様に、あの男が……あぁ……」

「そいつは誰?」

「わかりません。怪しい男が……お二人を取り戻せると……」

「この惨状は男爵が……」

「何人も何人も……殺し、生贄に。旦那様も、もう人ではありません」

「何処にいるの? 私達が止めるから、教えて!」

「お嬢様は塔に……奥様は屋敷の地下に……どうか、魂だけでも救って……」

 執事はすうっと消えてしまう。

 一階で何かが倒れる派手な音がした。


 屋敷の玄関ホールに降りると、壁の肖像画が倒れていた。

 その壁には扉があり、地下への階段があった。

「人ではなくなった男爵が、この下に……」

「カムラ、大丈夫よね? しっかりしてよ!」

「あぁ、大丈夫だよ。下には婦人もいるんだよな」

「師匠の方はお嬢様かぁ。あの人なら怯まないんだろうけど……」

 すっかり湿っぽくなった3人は、ゆっくりと階段を降りていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る