第119話 魔法使い

 何かの動物の皮だろうか。

 床に敷いた大きな革には、不思議な模様が描かれている。

 丸と三角を合わせたような、幾何学模様にも見える。

 以前見た、賢者の魔法陣とは違うようだ。


 魔法の見本を見せるというジャンが、その革に乗る。

「あれは星の動きを描いた物でな。あれも起動に使う魔法陣だな」

 賢者ナイジェルが、男に説明してくれる。

「記録量が少ない代わりに、汎用性が高い魔法陣だ」

 ジャンの魔力が流れ、魔法陣が起動する。

 いよいよ、Aランクの魔法が発動する。


「我は求める原初の力。燃やせ、赤い力よ。カンヴァセイション」

 ジャンの持つ松明の先に、ポッとマッチを点けたような火が出現した。

 染み込んだ油に火が燃え移り、松明が明るく燃える。

「どうだ! これを一日に、6回は使えるぞ」

 最高峰の魔法を目にして、誰も声が出せない。

 どうしたものか、思ったよりもしょぼかった。

「見事なもんだ。通常は今のように色を指定するんだ」

 賢者が見事な魔法だと褒めている。


「……これが魔法ですか」

 男がなんとか声を絞り出した。

「色でなく、力を借りる対象の名にすると威力が上がるな」

 ナイジェルの説明に、得意気なジャンが口をだす。

「そんな事をしたら、消費魔力が跳ね上がって干からびるけどな」

 なるほど。人間の魔力では無理があるようだ。


「す……凄いです! そんな魔法があったなんて」

 シアが興奮している。

「シアは、ああいう細かいのは苦手だからね」

「爆発するだけだもんな。制御ができたら便利だよな」

 トムイとカムラも、シアには無理だと諦めていた。


 魔法のお披露目が終わると、一行は侯爵の馬車で北へ向かう。

「ふん……ちょいと加速するかな」

 ナイジェルは、いつの間にかワンドを手にしていた。

 どこから取り出したのか、そういえば鞄の類を持っていない。


 手にしたワンドで、コツコツと馬車を叩く。

 突然馬車の速度が上がった。

 飛ぶように、馬よりも速く、馬車とは思えない速度で走り出す。

「こんな事が出来るんだぁ。すごぉい」

 魔力の流れが視えるシアだけは、何があったのか理解しているようだ。


「これは何の魔法です?」

「魔法という程のものではないさ」

 男の質問に、魔法ではないと答える。

「魔力を流して強化したんですね。こんな使い方があったなんて」

 シアが感動している。


「これなら、お嬢ちゃんにも使えるだろう。仲間を強化できるぞ」

「え? うそ……」

「いやいやいや。俺達に使うなよ?」

 ナイジェルの言葉に、トムイが引き攣り、カムラが拒絶する。


 シアに調整や制御なんて、無理だと信じていた。

 新しいオモチャを貰った子供のような、キラキラした瞳でシアは仲間を見つめる。

 早く試したくて堪らないようだ。

 ジャンとジャックは馬車の隅で、目を見開いている。


 身長と変わらないか、それ以上の長い杖はスタッフ。

 散歩用の、脚位の長さの杖がステッキ。

 ごく短いものをワンドといいます。

 集中力が増し、魔法の助けになるという噂があります。

 魔法使いに見えるように、欠かせないアイテムです。

 この世界では、無くても魔法は発動します。


 強化された馬車は凄まじく速く、馬も疲れを知らずに駆ける。

 馬の強化が切れる頃、目的の屋敷が見えて来た。

 馬車から降りた一行を、高い塀に囲まれた屋敷が迎える。

 高い尖塔がたち、上空には魔族の群れが飛び交っていた。


「じいさんの魔法で屋敷ごとイケば、いいじゃないか」

「大きなのは使えぬと言ったろう。それに、門を閉じねばならんな」

 男は面倒だと、賢者を働かせようとするが、断られた。

 同じ答えが返ってくる。

 忘れて大きな魔法を使うかと思ったが、まだけてはいないようだ。

 異界と繋がってしまった扉を、閉じなければならないらしい。


「これを持っていきなさい。開いた門に置けばいい」

 賢者は白い、小さな石を、男とカムラに渡す。

 一緒に行く気はなさそうだ。

 上空の魔族が、一行に気付き一斉に降りて来る。


「気付かれましたね。面倒な数なので、任せましょうか」

「仕方ないか、下がっておれ」

 コウモリの様な翼を持った、醜悪な魔族アイナの群れが襲い掛かる。

 魔族を迎撃しようとしたジャン達は、溢れ出る魔力を感じ取り、固まってしまう。

 人とは思えない魔力が、ナイジェルから溢れ出る。


 賢者の足元に、光る魔法陣が描かれる。

「な、なんだアレ! どうなってんだ?」

 理解できないジャンが、パニック寸前で騒いでいる。

 ナイジェルは荷物の殆どを、別の空間に仕舞っている。

 魔法陣もそこから必要な物を取り出していた。

 その場で描いているかのように、徐々に魔法陣が現れる。


 足元に現れたのは風の魔法陣。

 さらに頭上に火の魔法陣が浮かぶ。

「シルフよ集え、風よ舞え。捉え、刻め」

 突如、嵐のように風が吹き荒れる。

「バカな! 精霊の名を口にしたら、魔力が……」

 ジャンが慌てている。


「立ち昇れサラマンダー。青い炎よ、浄化の炎よ、焼き尽くせ」

 襲い来る魔族を捕らえた風が、動けない魔族を切り裂いていく。

 斬り刻まれた魔族の群れを、劫火ごうかが焼き尽くす。

「吹きすさべファイアストーム」

 青白い炎が荒れ狂う風に乗り、赤い舌を撒き散らす。

 炎の嵐が魔族の群れを一掃する。


「使えるじゃないか」

「このレベルなら、隕鉄があっても発動するがな。これ以上は歳じゃで無理だな」

 賢者は若作りなクセに、自分勝手な都合で年寄りになる。

 ジャンとジャックは、口を開けたまま固まっていた。

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