第117話 奴隷達

 リトの姪シリルと、ついでに貴族の娘と執事を連れ、王都に帰還した。


「やっと、帰って来たか。先ずは風呂に入りたいな」

 仕方なく3人を家に連れていく事にした。

「マスターが助けてくれるから、もう平気だよシリル」

「え……う、うん。あの人、偉い人なの?」

「マスターだからね」


 後ろを振り返る男が、確認に口を開く。

「これからいく家の事は他言無用です。絶対に、誰にも話さないように」

「は、はい。必ず……」

 お嬢様が、慌てて答える。

「気を付けてね。シリルの知り合いを、殺したくないから」

 リトが恐い一言を付け足した。


 どこまで本気なのか、お嬢様がシリルを見る。

 お嬢様へシリルが、静かに頷いた。

 喋れば殺す。

 そう言ったのなら実行する。

 伯母はそういう兎だと、シリルの目が無言で伝えていた。


 家に辿り着くと、奴隷の獣人、羊のレイネが出迎えに出ていた。

「おう、ただいま。よく気付いたな」

「おかえりなさいませ。お風呂も沸いておりますのでどうぞ」

「流石だな、それと客だ。エルザ、エミールへ客の事を伝えてくれ」

「わかりました。でも、門番が猫の話を聴いてくれるかしらね……」

 見た目はほぼ猫の獣人、奴隷のエルザが客の前に進み出る。


「お嬢様はドナーヴ子爵家令嬢カトリーヌ様。わたくしは執事のフィリップです」

 初老の男が、エルザに名乗った。

「護衛のシリル……です」

「シリルは私の妹の娘なの。大事にね」

 リトの言葉に2人の奴隷が頭を下げる。

「シリルは客としてもてなせ。さぁ、風呂だ。行くぞリト~」

「うぃ~」

 リトを連れ、男は風呂へ向かった。


「パーティーでも見かけた事はありませんね。どこの貴族なのでしょう?」

「お屋敷には向かわないのでしょうか、ここは奴隷を住まわせる家でしょうか」

 一応6部屋とキッチンにリビングがある、小さくはない家ではあるが。

 上級貴族の屋敷と比べれば、小屋ではある家で、お嬢と執事は小声で話す。

 助けて貰ったが、男が何者なのかも知らないまま、ついてきてしまっていた。

 今更、不安になってきた2人だった。

 シリルの身内だという事だけが、頼みの綱であった。


「シリル様、こちらへどうぞ」

 ケーキと紅茶を運んで来たレイネが、護衛のシリルをソファーへ座らせる。

「あ、ありがとう。あ、あの、向こうの2人、私の雇用主で……貴族ですよ?」

 紅茶はシリルだけに出されていて、貴族は壁際に立たされたままだった。

「あら……リトさんの姪御さんは、やさしいのですねぇ」

 この家の奴隷は、貴族をなんとも思っていないようだ。


 こちらの世界の石鹸は、魔法の様に泡が出る。

 何を使っているのか、笑える程泡立ちが良い石鹸だった。

 羊のようにと、泡に包まれた、兎のリトを洗ってやる。

 泡に包まれたリトが、男の背中を流す。

 数十年シャワーだけだった男だが、数年前から湯船に浸かるようになった。

 いつの間にか、それを気持ち良いと思う様になっていたのだ。

 自分でも不思議で、何故かは理解できていないが。


 この家の風呂は、かなり広く造られていた。

 小さなリトが、泳げる程度には広かった。

 男とリトが湯船に浸かる。

 ギリギリまで湯が上がるが、縁からはこぼれない。

 レイネがぴったりな量でお湯を張っていた。

 湯にはベンジャミンのような、花がいくつか浮いている。

 花の香に包まれる、見た目幼女とおっさんであった。


 風呂から出ると、エミールが待っていた。

 男が手作りのザッハトルテを食べながら。

 フランツ・ザッハさんが作った、と言われるチョコレートケーキだった。

「お邪魔してます。あの3人は私の屋敷へ連れて行きましたよ」

「面倒をかけましたね。まぁ、貴族の方はどうでもいいんですが」

「ふふ、リトさんの御身内だそうで、丁重に扱いますよ。彼女に恥はかかせません」

「有名な貴族なんですか? 子爵だと名乗っていましたが」

 何か利用価値がなければ、子爵程度の娘を保護するとは思えない。


「良い父親であり夫であると、有名ではありますね」

「無能な貴族だと、言っているように聞こえますが?」

「まぁそうですね。ですが、今は利用価値があります」

「襲われていたのも、何かありそうですね」

「恐らく……丁度相手側に罠を仕掛けた処でしたし、もうすぐ安全になるでしょう」

 また政敵との何かが、あるのだろう。

 男はそちらに興味はない。


「わざわざ来たという事は、何かあるのですね?」

「はい、2~3日後になりそうなので、王都に居て下さい」

「面倒な事になってそうですねぇ」

 男の傷は、当然癒えてはいない。

 風呂上りで、男はズボンだけの姿だった。

 胸にも顔にも、引き裂かれた生々しい傷がある。

 男にとって大事な事は、生きているか死んでいるかであった。

 怪我をしているかどうかではない。と、エミールも知っていた。

 怪我をしていても動けそうならば、遠慮なく依頼を出す気のようだ。


「せっかくなので、職人を紹介して下さい」

「職人ですか……鎧ですか?」

「鎧と刀のこしらえを直したいのです」

 日本刀の拵は、柄糸は柄巻師、鞘、鍔など、それぞれ別の職人の仕事だった。

 当然こちらの世界にそんな職人はいない。

 迷宮で作られた物を、みだりに職人に見せるわけにもいかない。


「なるほど、一人います。工房をやっていて、器用な職人です」

 エミールはナイフを取り出し、男に渡した。

 その職人の物だろう。

「ほぉ……」

 抜いてみた男が、思わず声を漏らす。

 波紋の様な模様が浮かぶ刃は見事な出来だった。

「ウーツ鋼ですか。見事ですね」

「おや、御存知でしたか、それを作ったのが工房を持つ職人、パスカルです」


 ウーツ鋼は古代インドで作られた鍛鉄たんてつです。

 波紋の様な木目の様な模様に、強靭きょうじんで錆びにくい特徴を持ちます。

 現存する最古の物は1600年以上経って、立っているそうです。

 気の遠くなるような時間が経っても、錆びる事なく地面に立っています。

 本来は溶解させた鋳鉄を、坩堝るつぼの中でゆっくり凝固させます。

 内部結晶作用により、融点の違う鋼が別々に結晶化し、模様が発生した鍛鉄です。

 ダマスカス鋼とも呼ばれ、現代でも包丁などの、刃物等に利用されています。

 現代では異種金属を鍛練し、人工的に模様を出しだ材料の総称とされています。

 異種金属を鍛練する中で、金属組織が均一化され不純物が減少します。

 その為、非常に精度の高い刀身が出来ます。

 現代でも刃物用材料としては粉末冶金法ふんまつやきんほうに並び最高峰とされています。


 男はパスカルに、新しい鎧と刀の拵を任せる事にした。

 それ程、ダマスカスのナイフは見事な出来だったようだ。

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