第115話 危機回避

 砦の騒ぎをカリム様に任せ、リトを連れた男は王都へ帰る事にした。

 服はボロボロで、体中が痛む。

「マスター、着替える?」

「ん~、そうしたいけどなぁ。風呂に入ってからだな」

 男は泥だらけで、半裸のまま家路を急ぐ。

 森に入った処で、傷の所為か熱を出してしまう。

 仕方なく、山小屋で休む事にした。

 そこへドカドカと騒がしく、男女が駆け込んで来たのだった。

 体もダルイし、男は黙って様子を見ている事にした。

 リトは当然、マスター以外に興味はない。


「帰る前に、ついでです。ソレは片付けていきますよ」

 寝ていた半裸の男は、無造作に歩き出す。

 男の腰が沈むと、抜く手も見せずに、腰間ようかんから光芒がはしる。

 男の脇差が、抜き打ちに首筋を刎ね切った。

 噴き出す血を躱し、飛び退しさる。

 だが、寄生され人間をやめてしまった男は止まらない。

 伸ばした手首を切り落とされ、太腿を切り裂かれても止まらない。

「ほぉ……これでも動くか。知らなかったら面倒だな」


 寄生虫は死体は動かせない。

 血を流しすぎたのか、動きは鈍く、フラフラと揺れ出した。

「寄生虫は頭にいるよ。このへん」

 後ろに居た幼女が、自分の後頭部を叩く。

「じゃあ、切り落とすか……余り、血を被りたくないが……」

 踏み込んだ男の刀が、首を切り落とす。

 男は血が噴き出す体を、外へ蹴り倒した。

 幼女が、落ちた首に駆け寄り、ナイフで解体している。


「獲れた。寄生虫。残念ながら、おいしくはない」

 リトがナイフに虫を突き刺して男に見せる。

 ザトウムシの様な細く長い、無数の脚をワサワサとさせている。

 大人の拳大こぶしだいのカブトガニの様な寄生虫だった。

 少々……いや、大分気持ち悪い見た目だった。

「まぁ、潰しておきな。帰るよ」

「うぃ~」


 抱き合ったまま、呆然と座り込む男女を残して、幼女を連れた男は去っていく。

 死体が転がる血塗ちまみれになった小屋で、2人は暫く動けずにいた。

「な、なんだったんだ……とにかく、助かったみたいだ。村まで送るよ」

 我に返ったギョームは、まだ震えている少女、レアに声を掛ける。

 顔をあげた少女がギョームに齧りつく。

 喉に噛みついた少女は、そのまま噛み千切った。

 何が起きたのか分からないまま、ギョームは血を噴き倒れる。

 そのまま意識を失った青年を、少女が貪り喰らう。

 もう一匹の、逃げた寄生虫を宿した少女は、一心不乱に温かい肉を喰らっていた。


 小屋を後にした男は、リトを連れて王都へ向かっていた。

 森を抜けた所で、一人立ち尽くす男を見かける。

 まだ、大分距離があるが、何故か気になる。

 変ったズボンを履いているようだ。

軽衫かるさん? こんなところで?」

 ポルトガルのズボンを真似たといわれる袴、軽衫を履いていた。

 何かの獣の毛皮で作ったベストのような物を着ている。

 この国の物ではない変わったズボンを履き、素肌に毛皮を着ている。

 見ただけでも奇妙な男だ。

 異様な、妖気とでもいうような、人とは思えない気配がする。


 リトは耳をピンと立て、毛も逆立っていた。

「アレはヤバイな……」

 リトが無言で、何度も大きく頷く。

 人ではなさそうな何か。

 危険を感じた男は、それ以上探る事はせず走り出した。

 音を立てず駆け出す男に、気配を消してリトも駆ける。

「危ないのが居るもんだな。かかわりたくないもんだ」


 面倒な相手から気付かれる前に、上手く逃げ出した男だった。

 妖しい男から離れ、街道へ出た処で面倒事が待っていた。

 どこかの貴族だろうか。

 馬車が盗賊に襲われていた。

 賊は8人いるが、護衛は殆ど殺され、2人が耐えていた。

 馬車の中から、初老の男と少女が転がる様に出て来る。

 貴族の御令嬢と、御付きのじいや、といった感じだ。


「お嬢様、お逃げ下さい。僅かでも時間を稼ぎます!」

 初老の男が、必死の形相でお嬢様だけでも、逃がそうとしているようだ。

「いやっ! 一人でなんて……じぃも一緒に!」

 わがままお嬢様のようだ。

 敵を何人か引き連れて逃げれば、護衛が楽に戦えるだろうに。

 お嬢以外は殺されるだろうな。

 そんな事を考えていた男が、お嬢様に見つかった。

 男は嫌な予感がして、眉をひそめ、顔をしかめる。


 馬車が襲われていれば助けに入り、助けた貴族と縁が出来るのが普通で、そこから話が広がる筈なのに、男には助ける気が、欠片かけらもありません。

 困ったものです。

 顰める。どちらもシワを寄せ、不快感を表します。

 眉の辺りにシワをよせるとひそめる。

 顔全体、または額にシワをよせると、しかめる。と、なります。

 どうやら男は心の底から嫌だったようです。


「お願いです。旅の方、助けて下さい!」

 少女はじぃやの手を引き、叫びながら男へ駆け寄る。

 泥だらけ傷だらけで、半裸のボロボロな男へ助けを求める。

 囮に使う気だとしか思えないが。

 残っていた護衛も力尽き倒れ、盗賊達も向かって来る。

「最悪だ……」

 いっそ、女の方を片付ける方が楽じゃないかと、男は考え始めていた。

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