第114話 人と悪魔と魔物

 少女は田舎の寂れた村に、母親と二人で暮らしていた。

 父は知らない。

 母も何も教えてくれなかった。

 ある日少女がケガをした。

 ちょっとした切り傷だったが、村は大騒ぎになる。

 少女の血は、人の赤い血ではなかった。

 母親は必死に娘を逃がす。

「いやぁ! 一緒に……ママと一緒がいいよぉ」

「早く! 村の人達に見つかったら、何をされるか……」

 少女の父は魔族だった。

 しかし、受け継いだのは血の色だけだった。

 人を害するどころか、自分の身を守る力さえ無かった。

 村人に捕まり、殴り殺される母を残して、少女は逃げた。

 それから長く一つ所へとどまらず、旅を続けて生き延びて来た。

 大人になった彼女は、また血の色を見られてしまう。


「私はハーフなんです。血の色だけで、他は人間です! 信じて下さい!」

 ジュリエッタは傷を押さえながら、必死に訴える。

「何をしているんだ! 皆殺されるぞ。早く殺してしまえ!」

 貴族のユベールが、興奮して叫んでいるが、他は困惑しているようだ。

「魔族だとしても何もしていないし、人にしか見えないよ」

「テメェを助けようとして、ケガをしたんだぞ? それを殺せだと?」

 猟師の親子は、涙を浮かべる女性を悪魔だと思えなかった。

「貴族に逆らう気か? 街に戻ったら、後悔させてやるぞ!」

「なら帰さねぇ、ここで殺してやるよ」

 猟師のジェラールが、マチェーテを振り上げる。

「ひぃ! ひっ、やめっ……やめろぉ!」

 必死に転がり、這って逃げ出すユベール。

「きゃっ、や、やめて……」

 震えて座り込んでいた少女、レアの後ろにユベールが逃げ込む。

 ユベールは、後ろから掴んだレアを楯にする。

「どこまで腐ってやがるんだ」

「もう、やめてよ父さん。落ち着いてよ」

 ギョームが父を止め、落ち着かせようと抱き着いた。

「やめて下さい。殺し合わないでっ!」

 殺されそうになっていたのに、ジュリエッタが間に立って止めに入る。


 部屋の端にジュリエッタのバッグが置いてある。

 そこに護身用のナイフがあった。

 そのナイフへ手が伸びる。

 掴んだナイフを腰だめに、体ごとぶつかっていった。

「えっ……なんで? そ、そんな……」

 深くナイフに背中をえぐられ、ジュリエッタがゆっくり倒れる。

「ふはっ……ふぁはははっ! やってやったぞ魔族め!」

 自分をかば立塞たちふさがった女性を、後ろから刺殺したユベールが笑っていた。

「なんてことを……」

 ギョームが呆然と、倒れたジュリエッタを見つめている。

「てめぇ! それでも人間かぁ!」

 ジェラールの怒りの一撃が、ユベールに振り下ろされる。

 ユベールの首に鉈が深々と食い込んだ。

 肩に足をかけ鉈を引き抜くと、首から血が溢れ出る。

 首への一撃で即死だった。

 ピュッと血が噴き出すが、すでにポンプである心臓は止まっている。

 すぐに勢いはなくなり、ゴボゴボと溢れ出すだけになる。

「いねぇ……」


 殺した貴族の頭を割り、中の寄生虫を探していたジェラールが呟く。

「寄生されているのは、お前だったのか……」

 震える少女に顔を向けるジェラール。

 その目は狂気に染まっていた。

「頭を割らないと……」

 鉈を掴んで、猟師がレアに迫る。

「ダメだ父さん! やめてよ!」

 ジェラールは、息子の声が聞こえないようで、止まる気配もない。

 人を殺して壊れてしまったのか、危険に対する本能なのか。


「ダメだ。ギョームだけは護るんだ。俺が護るんだ……」

 ブツブツと呟くジェラールの声は、必死に叫ぶギョームの声で聴きとれない。

「父さん! やめろぉ!」

「ぐぶっ! ……っ……ぎょー……ム?」

 ギョームの山刀が、ジェラールの首に叩きつけられる。

 ゆっくり振り向き、何があったのか分からず、不思議そうな顔で猟師が倒れる。

 息子を護ろうとした父は、少女を護ろうとした息子に殺される。

「あぁ……父さん」

 血塗ちまみれの3人の死体が転がる山小屋で、生き残った少女が泣き出した。

 助かった安堵からか、溢れる涙も声も、幼い少女には止められなかった。

 泣き喚く少女を、ギョームが泣きながら、優しく抱きしめる。

 少女はギョームに抱きつき、泣き叫んでいた。


「いやいや……驚きました。止める間もなく、エライ事になりましたねぇ」

 部屋の隅で横になっていた男が起き上がる。

 顔に大きな傷のある、腰に剣を持った男だ。

 生き残った二人は、ビクッと身を固める。

 もう一人、いや二人。山小屋に居たのを忘れていた。

 まだ危機が去った訳ではなかった。

 そこへ入口の扉を破って、男が一人飛び込んで来た。

 ユベールの部下だった、寄生された男だ。

 血塗ちまみれの寄生された男が、血の匂いに惹かれたのか飛び込んで来た。

 やっと生き残ったと思っていた二人は、声も出せず、その場に固まってしまう。

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