第113話 森の中の小屋

「なんだとぉ、私は貴族だぞ!」

 だらしなく太った中年の、如何にも半端な貴族のおっさんが叫ぶ。

「だから何だ! 元々アンタの所為だろうが!」

 猟師のような、がっしりとした中年男性が怒鳴り返す。

「やっぱり、街へ助けを呼びに行くよ」

 同じく猟師の様な恰好をした若い男性が、二人を宥めながら話す。

「バカ言うな。外には、まだアイツがいるんだぞ」

 猟師が止める。

「そんな事を言って、自分だけ逃げる気だろう。そうはいかんぞ」

 貴族も止める。

 近くの村から来たのか、少女は怯えている。

 旅の途中に巻き込まれたかのような女性も、大人しく座っていた。

 深い森の中。

 おかしな取り合わせの男女が、小さな小屋の中で揉めていた。


 寄生虫と呼ばれる、人に寄生する魔物がいる。

 後頭部に住み着き、宿主を操り、人を襲って喰らうという。

 危険な魔物だが、その卵は高値で取引されていた。

 長寿の秘薬の材料になる、とされていた所為だった。

 実際の効果が立証された訳ではないが、売人にとって大事なのは効果ではない。

 信じる者は金を出す。と、いう事実だけが大事な事だった。


 地方貴族のユベールも、この卵を裏で売り捌いていた。

 准男爵という下級貴族で、領地も街道から外れ、何もない田舎だった。

 通常は特別、功労のあった平民に与えられる、一代限りの爵位だ。

 しかし彼、ユベールは代々貴族であった。

 祖父は子爵で、父は男爵。彼の代には准男爵にまで落ちていた。

 もう崖っぷちギリギリな貴族であった。

 上級貴族に取り入り、上の爵位と、ましな領地を手に入れるには金が必要だった。

 自分の領地を通る旅人を、こっそり捕まえて奴隷商人へ売ったりもしていた。


 卵を仕入れたユベールは、部下と護衛を連れ、馬車で屋敷に向かっていた。

 街道を外れ、森の中を進むユベールの馬車。

 そんな男の部下に、忠誠心など在る筈もない。

 そんな男の護衛が、まともな訳もない。

 森で休憩中に、卵を盗んで逃げようと思うのも、当たり前の事だった。

 しかし、部下と護衛の行動は重なってしまい、悲劇に繋がる。

 卵を盗もうとした部下と護衛が、仲良く分け合う事もなく。

 争った結果、部下の男が寄生され、護衛の男は殺された。

 孵化した卵は二つ。

 残りは割れて砕け散った。

 残る一匹の寄生虫が見つからないまま、ユベールは逃げ出した。


 寄生された男に追われるユベールは、必死で逃げた。

 猟師の親子、村娘、旅の女性が巻き込まれた。

 寄生されたばかりの男は、動きが鈍く、なんとか森の奥の小屋まで逃げ込めた。

 きこりが泊まるのに使う小屋だった。

 見失ってくれたのか、寄生された男は見当たらなかった。

「寄生虫は、もう一匹居るハズだ。貴様らの誰かに寄生しているんだ」

 ユベールは寄生された人間が混じっていると騒ぐ。

「卵と一緒に居たアンタが一番怪しいだろ」

 言い返したのはジェラール。

 この近くの村の猟師で、身体も顔も鼻もデカイ男だ。

 口の周りは、モサモサと髭に覆われている。


「私は貴族だぞ! あんなのに寄生されるのは平民と決まっておる!」

「なら、頭を割って確かめてやらぁ!」

 確かに頭を割れば、寄生されているかどうか、すぐに分かる。

 寄生されていなくても、取り返しはつかないが。

「やめて、落ち着いてよ父さん」

 共に狩りに出ていた、息子のギョームが父親を宥める。

 父とは違い、細身な優男だ。

 顔も特徴なく、ヌルっとしている。

 綺麗な恰好をすれば、街の女性にはモテそうだ。……パッと見は。


「あ、あの……少し、落ち着いて下さい」

 少女がビクビクしながら声を掛ける。

 猟師とは違う、近くの村に住む少女はレア。

 山菜採りに森へ入り、巻き込まれた。

 おっさん二人の怒鳴り合いに、泣きそうになっている。

「そうよ。この中に寄生虫がいると、決まったわけでもないでしょ」

 大人しくしていた女性はジュリエッタ。

 女性一人で旅の途中だったようだ。

 フードを深く被っているが、まだ若く見える。

 影があるように見えるが、落ち着いた大人の女性のようだ。


「と、とにかく、僕が、街迄行ってみるよ」

「一人で逃げる気だろう! さてはお前が寄生されているんだろ!」

 助けを呼びに行くと言うギョームに、ユベールが絡む。

「なんだと! 俺の息子が化物だってのかぁ!」

 ギョームに掴みかかるユベールを、ジェラールが力尽くで引き剥がす。

「貴族の私を置いて、一人で逃げようとするからだ!」

「ならテメェの頭を開けて見せてみやがれ!」

 ジェラールが貴族を殴り飛ばす。

「な、な、なな……平民が、殴ったな」

「待って父さん! やめてよ。ダメだって」

 ジェラールがナタを引き抜き、殴り倒したユベールに向かう。

 ギョームが腰に抱きつき、必死に父親を止めようとする。

「覚えて置けよ。許さんぞ。こんな事、許さんぞ! 帰ったら死刑だ」

 殺されそうな状況で、何故か相手をあおる貴族を、必死に息子がかばう。


「ちょっと、落ち着いて話合いましょう」

 ジュリエッタも止めに入る。

うるせぇ! 邪魔すんな!」

 ナタを振り回す腕がジュリエッタに当たる。

「きゃぅ! ……っ……!」

 丸太の様な太い腕で払われ、ジュリエッタが倒れる。

 ナタも当たったようで、手の甲が切れて、血が垂れていた。

「あ……す、すまねぇ。つい……」

「ああ! 大丈夫ですか!」

 振り向くジェラールと、助け起こそうとしたギョームの動きが止まる。

「ま、魔族だぁ! そいつ魔族だ、悪魔だぁ!」

 殴り倒されていた貴族のユベールが叫ぶ。

 倒れた女性、ジュリエッタの手の傷からは、青い血が垂れていた。

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