第112話 狙う者

「やっど……おわっだぁ……」

 血だらけ傷だらけのカムラは、力が抜けて泣き崩れる。

 羊の群れを駆逐した兵達の歓声があがる。

 ダイアンの指示で、すぐに怪我人の手当が始まった。

「英雄が泣いているぞ。おかしな男だな」

 怖かったと泣いているカムラを、ダイアン達が笑顔で見ていた。

 壁の上ではシアが恥ずかしそうに下を覗いている。

「まだ泣いてる。まったく、恥ずかしいなぁ」

 周りの弓兵達がシアに声を掛けてくる。

「アンタ達のおかげで助かったよ」

「君らは英雄だ!」

「ワイバーンに魔獣なんて、何人死んでいた事か……」

 ブカリの群れに飛び込んだ兵達は、無傷とはいかないが、死人はなかった。

 砦を護った3人の冒険者の功績が、帝国からギルドへ伝えられる。


「ブカリの群れなど初めて見たな」

 ダイアンが、副官に不思議だと漏らす。

「はい。ワイバーンも、砦を襲う事など無かったハズです」

「何か……もしくは誰かが……」

「そうなります。至急、帝都へ知らせます」


 帝国の砦が落ち着いた頃、王国の砦の騒ぎも終息へ向かう。

 砦の外まで逃げ出した男が、王国兵の一隊を目にして立ち止まる。

 雨の中泥だらけになった男は、向かって来る先頭の男を見て力が抜けた。

 力が抜けて座り込んだ処へ、砦から追ってが出て来る。

「逃がすなよ! 殺してしまえ!」

 副隊長のサイードが、叫びながら後を追って来る。

 砦から出て来た兵達が、砦に近付く一隊に気付き動きを止めた。

 先頭の馬に乗った男の威厳に、砦の兵達は気圧され動けなくなる。

 その男の肩にはリトが乗り、偉そうな男の額をペチペチと叩いていた。

「早く速くは~や~く~! 急いでー」

「はっはっはっは」

 リトが必死に急かしているようだが、男は楽しそうに笑っている。

 周りの兵達はどうするべきか、オロオロしていた。


 座り込んだ男を、砦の兵が取り囲む。

 そこへ、リトを乗せた偉そうな男の一隊が近づく。

「そういう事でしたか。騙されました」

 男が馬上の貴族を見て、エミールの思惑を知り、自分に呆れた。

 近付いて来た一隊から、騎士が進み出る。

「第一王子リュカ殿下の命により、砦監察の任を受けられたカリム公爵である」

「はっ、ははっー!」

 砦の兵達がカリム様へ向かい、武器を隠して膝を着き頭を下げる。

 南の亜人を殲滅し、北の人魚を倒した英雄。

 カリム公爵の名は広く知れ渡っていた。

 そんな彼を寄越すという事は、内部の不正だと分かっていた、という事だろう。

 砦の兵を無理矢理抑え付ける為に、エミールが手配したようだ。

 内部の者か、侵入者かなどの調査は要らなかったようだ。

 犯人も見当がついていたのかもしれない。


「ほら、無事だったろう」

「マスター! カリム連れて来たぁ!」

 カリム様の肩から、スルスルとリスの様に滑り降り、リトが男に駆け寄る。

「待ってたぞぉ。よくやったな」

「エへへへ……」

 頭をワシワシと撫でてやると、リトはだらしなく顔を緩ませる。

「だから大丈夫だと言ったろう。最悪でも兵が何人か斬られるくらいだと」

 馬上のカリム様が笑い乍ら声を掛ける。

 流石は温室育ちの貴族だけに、兵士は使い捨てか何かだと思っていた。


「カリム酷いの! 雨が降ってるから後で、とか言ってた!」

「雨の中すみませんね。カリム閣下」

「剣を抜かなかったのか、珍しい姿を見れたな」

 砦の兵達も気を抜いた処で、一人慌てて叫ぶ者がいた。

「そっ、その冒険者は隊長を殺した犯人ですぞ!」

 副隊長のサイードが、必死に訴える。

「その者は冒険者ではないぞ。王子の遣いの者だ」

「ひぇ?」

「誰を殺そうが御咎めなしだ。気にするな」

「あ……え? ……っ」

 サイードが口をぱくぱくさせ、立ち尽くす。

「けれども、犯人は別にいたりしますがね」

 そっと立ち上がった男が、サイードの腰から剣を抜く。

 血塗ちまみれの剣を、カリム様の前に放り投げた。

「まぁ、証拠もいらないのだが、言い逃れも出来ぬな。捕らえよ」

 カリム様がつまらなそうに、兵に命じる。


 無くなっている資材から、下級の兵士だけでは無理があると思われていた。

 しかし、貴族が絡むにしては旨味が少なすぎる。

 何か別の狙いが有る筈だと、エミールは考えていた。

 カリムも、生きて捕らえたからには、裏に誰が居るのか話させる心算つもりだった。

「お前には全て話して貰うぞ」

 サイードの後ろに居た砦の兵士がビクっと跳ねた。

「いや! アレは脅されて仕方なく……」

「み、み、見張りを……そう! 見張りをしていただけです」

「そやつらも縛っておけ」

 自ら名乗り出た兵士2人も追加で縛られる。

「いやぁ、今回は散々でした。先に帰らせて貰いますよ」

「酷い恰好だな。まぁ、後は任せてくれ」

 ぱたぱたと手を振り、男は帰っていく。

 リトがハッとして、立ち止まり叫ぶ。

「あっ! マスター待ってぇ。ザック上に置いたままだよぉ」

「……忘れてた」


 雨はいつのまにか、んでいた。

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