第111話 崑崙の獣

 大陸中に点在する迷宮。

 その中には異世界の魔物が住んでいます。

 ブカリも、元々はそんな魔物だったと言われています。

 迷宮から抜け出し、大陸北部で繁殖したのだと、伝わっています。

 何故、どうやって外へ出たのか。

 そんな噂の魔獣です。

 あくまでも噂ですが。

 元は崑崙コンロンという山に居たと、伝わっています。

 羊のような姿で角が4本あり、人を喰らうといいます。


 帝国領の砦にブカリの群れが迫る。

 アルプスの少年少女が共に踊っているような、長閑で牧歌的な羊の群れ。

 しかし土煙をあげ駆ける魔獣の目は狂気に血走っていた。

 砦の前に立つ司令官の鎧が、迫る魔獣へ呪いを放つ。

 呪いに囚われた群れは、一心不乱にダイアンへ向かう。

「せ~の……クレイモア!」

 砦前にばら撒かれた麻袋へ、砦の防壁上からシアの魔法が放たれる。

 袋が破裂して、中の鉄屑が羊に突き刺さる。

 元は指向性地雷だったりするが、シアのは敵味方の区別なく拡散する。

「え……呪文は?」

「なんで? 触媒も道具も使わずに?」

 周りに居た帝国の弓兵達が、シアの魔法を見てザワつき始める。


 この世界の魔法は余り発展していません。

 使える者も僅かな貴族だけで、戦闘に使えるような魔法は殆どありません。

 賢者と呼ばれる魔法使いだけが、突出しているだけです。

 精霊や悪魔の力を借りた、不思議な力を魔法と呼んでいます。

 長い呪文を記録装置レコードに記録しておき、魔力を流して起動します。

 記録装置は魔法陣と呼ばれたりしています。

 力を借りる為の呪文を、魔法陣で用意しておきます。

 それを起動して、効果や性能を呪文で確定して発動します。

 孤児だったシアは、自力で頑張って魔法が使えるようになりました。

 しかし、が詠唱なしで、魔法を使えた記録はありません。


 突進する羊が、兵の掘った穴に足をとられ、顔から地面に激突して転がる。

 仕掛けた鉄屑爆弾クレイモアと嫌がらせの穴で、群れの速度が落ちる。

 そこへ両側から槍を構えた帝国兵が突撃していく。

 倒れた羊を槍で突き刺し、トドメを刺していく。

 擦り抜けた羊には、壁の上から矢が降り注ぐ。

 魔獣は斬られようとも、刺されようとも、ダイアンだけを狙って突進していく。

「一匹も逃さん!」

 討ち洩らした羊に、ダイアンの両手剣クレイモアが振り下ろされる。

 門前に一人立ちはだかるダイアンは、近寄る羊を真っ向からねじ伏せていく。

 その大剣たいけんを振り下ろした隙を突き、羊が角を立てて突っ込んだ。


「くそっ……」

 避けきれないタイミングの突進に、咄嗟に跳び退しさるが間に合わない。

 鋭い角が、ダイアンの脇腹へ突き刺さる。

 その寸前……魔獣との間にカムラが飛び込んだ。

 魔獣の突進を大型の丸楯で受け止める。

「んぐっ! や、やばい……やっぱ、ムリ……早く……」

 格好良く飛び込んだカムラだったが、羊の力に敵わず、泣きそうになっている。

 泣き言を洩らすカムラが耐えている処へ、トムイが駆けつける。

 羊の背に飛び乗ると両手を広げ、羊の首へ両側から勢いよく振り下ろす。

 トムイの手にはナイフが握られていた。

 羊は首筋を切り裂かれ、血を拭き出し、ゆっくりと崩れ落ちる。

「あっ、カムラ! 次あっち!」

「うわぁぁあ!」

 カムラは泣きながらも、兵士を護る為に、羊の群れへ飛び込んで行く。

「あ、ごめんなさい。お邪魔しました」

「いや、助かった……何故あやまるんだ」

 トムイは何故かダイアンに謝って、カムラの後を追って行く。


 曲がりくねった角が兵士を突き上げる。

 噛みつかれた兵士の、鉄の鎧がひしゃげる。

 ひづめの一撃も、侮れない威力があった。

 倒れた兵士にトドメとばかりに、蹄が迫る。

「させるかぁ!」

 カムラが飛び込み、羊の蹄を楯で受け止める。

「立てますか?」

「あ、あぁ、大丈夫だ。ありがとう」

 トムイが倒れた兵士を助け起こす。

「ん~……にゃぁああっ!」

 カムラが泣きながらも、変な掛け声で羊を押し返し、その足を払いのける。

 低い姿勢で突っ込んだカムラの剣が、羊の腹に深く突き刺さる。

 剣を突き刺したまま羊を押し倒し、勢いが止まらず顔から羊毛に突っ込む。

「む~。むぅ~!」

「何してんのさ」

「んむぅ~」

 トムイがカムラの足を掴み、暴れる羊から引き離す。

「すぐに離れなきゃ、蹴られるよ?」

「ひぃ~、怖かったよぉ~」

 カムラに腹を刺され、中身を溢れさせた羊が、ゆっくりと動かなくなった。

 カムラは泣きながら、兵士たちの楯として飛び込んで行く。


「うわ……アイツまた泣いてる……」

 乱戦になると爆裂魔法は使えないので、シアは防壁の上で高見の見物だった。

 泣いているカムラを見つけて、ため息を吐く。

 実際に見える距離ではないが、シアにはカムラが泣いているのがバレていた。

「いつまで経ってもビビリなんだから……まぁ、トムイがなんとかするでしょ」

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