第110話 砦の戦い

 帝国の砦がワイバーンに襲われる少し前。

 王国の砦では、男が追い詰められていた。

 兵士から逃れ、逃げ込んだ部屋は長いテーブルと椅子が並んでいた。

 広いその部屋は兵士の食堂のようだ。

「もう逃げられんぞ」

「あんなのでも隊長だったんだ。ただでは済まないぞ」

「大人しく捕まってくれ」

「恨みはないが、逃がす訳にもいかないんだ」

 どうやら殺された守備隊長トランは、兵達に嫌われていたようだ。

 兵達に殺気がないのは、個人的には逃がしたいと思っている所為だろうか。

 逃がすと怒られるので仕方なく、といった感じの兵ばかりだった。


「ん~困りましたねぇ。関係ない兵士は殺したくありませんが……」

 男も、副隊長サイードに加担していない兵士は、殺さずにいたかった。

「早く捕らえろ! いや、斬れ! 現行犯だ、ここで殺してしまえ!」

 男と気が乗らない兵達が睨み合う食堂に、サイードが入って来て怒鳴る。

 兵達が仕方なく、男を捕らえようと向かって行く。

「仕方がありませんね。少し痛いくらいは我慢して貰いましょうか」

 男が長椅子の端に足を掛ける。

 大きく開けたワニの口の様に、椅子が兵士の前に立ち上がる。

 長椅子が兵士を呑み込むように倒れかかる。

「うぉっ!」

 倒れて来る椅子を、2人の驚いた兵士が掴んで支えた。

 その椅子の上を、もう一つ長椅子を抱えた男が駆けあがる。

 兵を飛び越え、群れの中へ飛び込んだ男が、脇に抱えた長椅子を振り回す。

「うぉぅ」 「いでっ!」 「ぐぁっ」

 仲間が邪魔で、避けられなかった数人を薙ぎ倒すと、男は椅子を放り投げた。

 そこへ兵士が掴みかかる。

 男は脇のテーブルに手をつくと、壁を蹴り上がった。

 片手をついたまま壁を駆け、テーブルの反対側へ降りる。

 兵士が着地を狙い、椅子を蹴り飛ばす。

 男はソレを躱して床に転がり、隣のテーブルの下を転がり抜ける。

 長椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がり、また椅子を振り回す。

 囲んでいた兵達が少し距離をとると、男は振り回していた椅子を床に叩きつけた。

 棒高跳びの様に、長椅子を床に突き立て、兵達の頭上を飛び越える。

 男はそのまま窓から飛び出した。

 2階の窓から中庭へ飛び出し、ぬかるんだ地面に叩きつけられる。

「ぐふぉ……っ……」

 受け身に失敗して、息を詰まらせながらも立ち上がり、雨の中を走り出す。


 カムラ達は砦の帝国兵と協力して、砦に迫る魔獣の群れと戦う事になった。

「鉄屑が欲しいんですけど、ゴミはどこですか」

 トムイがロミーに訊ねる。

「え? あぁ、さっきの……アレですか?」

 ワイバーンに使った小さな袋を見ていたので、それの仕込みかと思った。

「それです。ホントにゴミでいいんですが、何かの破片なんかを下さい」

「それなら、鋳潰いつぶす鎧が地下にありますよ」

 ロミーが地下の鉄屑置き場へ案内してくれた。


 金属製の鎧は、基本オーダーメイドになります。

 その人の体のラインに合わせて、鉄板などの加工をします。

 同じ様な体格でも、他人の鎧を着る事は出来ません。

 絶対ではありませんが、そんな奇跡はそうそうありません。

 革製品ならば、似た体格の人も使えますが、金属は無理です。

 直すよりも炉に入れ溶かし、鋳潰して作り直す方が楽だったりします。

 砦で使わなくなった鎧は、潰して鉄塊にして、地下に仕舞います。

 ある程度溜まったら、纏めて王都などの職人の元へ送ります。

 溶かして、また別の鉄製品に生まれ変わるためです。

 鉄鍋や農具などになります。


 幾つかの鎧を纏めて潰し、四角く固めたものが積み上げられていた。

 その一つを貰い、外に運ぶ。

 カムラが鉄塊の前で楯を構える。

「よし、来い!」

「いっくよー」

 シアの魔法が、鉄塊を細かく砕いた。

 全力の爆発だけだったシアの魔法も、規模の調整が出来るようになってきた。

「貰ってきたよー」

 使い古した麻袋を貰ってきたトムイが、カムラと一緒に鉄屑を詰めていく。

「じゃあお願いね。うわぁ……高いなぁ」


 シアは防壁の上で待機する事になっていた。

 これから登る壁を見上げ、ため息を吐きながら、砦に戻っていった。

「あのワイヤーは仕掛けないのか?」

 鉄片を詰めながら、カムラがトムイに訊ねる。

「ここじゃ木も岩もないからねぇ」

「あぁ、そっかぁ。まぁ、羊くらい俺の楯で受け止めてやるさ」

 砦の前では兵士達が穴を掘っている。

 本当は堀でも掘りたいが、もう魔獣の土煙が見えている。

 仕方なく、浅い穴をいくつも掘る。

 突進の勢いを殺す為の穴だった。

 トムイは鉄屑を詰めた袋を、辺りに撒いていく。

 シアのクレイモアと穴で、突進の勢いを殺し、横から兵士が突撃する予定だった。

 防壁の上からシアが魔法を、トムイとカムラは兵士と一緒に突撃する事になった。

 砦の正門前には司令官の、ダイアン・ディートリッヒが仁王立ちしている。


「ソコなの? 上から指示を出すんじゃないんだ。帝国って怖い」

 上からダイアンを見つけたシアが呟く。

「む。来るぞ! 皆、持ち場につけぇ! 迎え討つぞ!」

 ダイアンの号令で、穴を掘っていた兵達が素早く両側へ散る。

 木も岩もなく、隠れる場所など何もないが、魔獣の側面を狙い待つ。


 赤黒い全身鎧を来たダイアンが、砦の正門前に立ち塞がる。

 彼女の鎧は呪いにかかっている。

 それを見た魔物は、彼女を殺したくて堪らなくなる呪いだった。

 対象が人用の物もあるが、敵味方の区別はないので使えない。

 そんな呪いの鎧を着て、司令官が魔獣の正面に立ちはだかる。

「さぁ来い!この砦も後ろの街も、帝国はこのダイアン・ディートリッヒが護る!」

 全ての魔物が殺到するのを知っていて、彼女が構えたのは楯ではなくクレイモア。

 帝国の迷宮で作られた装備だった。


 この世界は12世紀程度の文明です。

 各地の迷宮では、数世紀先の文明からもたらされる武具が作られます。

 流石に0から、道具もない状態で、近代兵器やロボットを作ったものはいません。

 彼女の持つクレイモアは16世紀前後の両手剣です。

 現在のイギリス、スコットランドのハイランダーが使っていたといわれています。

 ツーハンドソード、グレートソードと呼ばれる中でも大型な剣です。

 日本刀が60~80cm程度なのに対し、140㎝を超える物もあったそうです。

 もう人を振り回しているようなものですね。

 ハイランダーというよりバーバリアンですね。

 ハイランダーは高地の人という意味で、高い場所、山や丘に住む人々です。

 別に高位の人、偉い人、という訳ではございません。

 バーバリアンは野蛮人、蛮族でございます。

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