第109話 空からの奇襲

 帝国の砦に向かう魔獣は、ブカリと呼ばれていた。

 帝国よりも北方、評議国で見られる魔獣だった。

 獰猛な肉食で、人も襲って喰らうが、通常1~2匹で行動していた。

 角を4本生やした羊のような姿の魔獣が、群れをなして砦に迫る。

 ダイアンの指揮で、砦は戦闘態勢に入る。

「ロミー! 彼等を奥へ案内しろ」

「はっ! 冒険者のみなさん、こちらへ」

 ダイアンの命令で、帝国兵の一人が、カムラ達を奥へ連れていく。

 シアよりも幾つか年上くらいの、若い女性兵士だった。

 帝国は実力主義の国。

 生まれや金やコネよりも、兵士は戦闘力で選ばれる。

 強い者を国で教育して、指揮官にしていた。

 他の国と違い、弱い上司はいない。

 この砦で一番強いのは、女性のダイアンという事になる。

 ロミーは背も高くなく、身体も大きくない。

 無造作に刈ったような、短い黒髪はクセが強くあちこちにハネている。

 小さく丸い顔は、まだ幼くも見える程だった。

 それでも男達に混じって砦にいる。

 と、いう事は彼女も、並の男よりも強いという事だ。


「この部屋で暫くお待ちください」

 カムラ達3人は、奥の客間に案内された。

 その時、外が騒がしくなる。

「来たか!」

 可愛いらしい、やわらかだったロミーの表情が、硬く厳しく変わる。

 女性から戦士へ一瞬で変わり、戦場へ向かおうとする。

「おかしい。まだ早すぎる」

 羊が来るには早すぎると、シアが別の事態だと言い出す。

「行って見てみればいいさ」

 カムラはそう言いながら、来た通路を戻っていく。

 外からは怒号や悲鳴が聞こえて来る。

 ロミーは堪らず駆け出した。


 外へ出て、剣を抜いた彼女の動きが止まる。

「な、なんで……」

 砦は空からの奇襲を受けていた。

 応戦する兵士達が、鋭い爪に切り裂かれ、大きな牙で鎧ごと喰われる。

 爬虫類を思わせる体に、前足の代わりに大きな翼を持った魔物。

「ワイヴァーン!」

 シアが叫ぶ。

 大空を自由に飛び回るワイバーンが、何故か砦を襲っていた。

 大きな体で空を飛び、その皮は硬く、単純に力が強い。

 ほぼドラゴンだった。


「墜とすよトムイ!」

 シアが魔法の為の集中を始める。

「そんな急に言われても……」

 トムイはキョロキョロと周りを見回し、転がっていたモップを拾ってくる。

「ロミーさん。コレ、折ってしまっても構いませんか?」

「へ? え、えぇ……いいけれど……それで何を?」

 ロミーはワイバーンが暴れている最中に、モップを持ってこられて困惑している。

「アレを墜とします」

「モップで?」

 モップの先を折って、細長い棒にすると、長い布を取り出した。

 軽く捻じった布の端を、棒の先に括り付けワイヤーで固定する。

 手のひらサイズの小袋を取り出し、括り付けた布に置いて振り回す。

 空を飛ぶワイバーンまでは、手で投げても届かない。

 トムイは咄嗟に作ったスタッフスリングを振り回す。


 現代では抱っこひもや、玉掛け用の道具が有名でしょうか。

 武器としてのスリングは投擲用の道具です。

 主に投石に使われていたようです。

 紐や帯の中程に石を置き、片側を指に括り付け、もう片方を掴みます。

 それを回し、勢いがついた処で指を放すと、石が飛んでいきます。

 遠心力で遠くへ飛ばすという、単純な作りの道具です。

 簡単な物なので古くから使われて、1万年前からとも言われています。

 作りは簡単ですが、狙った的に当てるのは簡単ではありません。

 狩猟用だったとも言われます。

 小鳥くらいなら墜とせそうですが、当たるものでしょうか。

 対人用だったと思います。

 似た様な物で、槍を飛ばす投擲器や、攻城兵器の投石器。

 パチンコとも言われる、スリングショットなどもあります。

 かなり強力なスリングショットが、ネット等でも販売されてます。

 クロスボウは原則所持禁止の許可制ですが、販売しても罰則はないそうです。

 売るなら今のうちですね。

 パチンコは死亡事件がないので、規制対象にはしないそうです。

 令和三年六月四日衆議院の議事録からの情報です。

 今後どうなるかは分かりません。

 当然ですが、スリングショットで人を撃つと、日本では捕まります。

 スリングでも、たぶん捕まります。

 人以外を標的にしても、ほぼ捕まります。

 そもそも何用で売っているのかは謎です。


 トムイとシアが、無言で呼吸を合わせる。

 振り回した棒から小袋が飛ぶ。

 空を飛ぶワイバーンの目の前で小袋が爆ぜる。

 鉄屑を詰めた麻袋を、シアの爆裂魔法が破裂させ、勢い良く飛び散らせる。

 顔面に散弾を喰らい、ワイバーンが砦の中庭に墜ちる。

 致命傷にはならず、ワイバーンは再び空へ飛び立とうと、翼を広げる。

「大人しくしてなっ!」

 ワイバーンが墜ちて来る事を微塵も疑わなかったカムラは、下へ駆け下りていた。

 中庭で待ち構えていたカムラが、ワイバーンへ飛び掛かる。

 太い首に飛び乗り跨ると、後頭部へ剣を力任せに突き刺した。

 運良く絶妙な位置と角度で、カムラの剣は鍔元まで突き刺さる。

「キョエェェェギョィィ!」

 断末魔の奇声をあげ、ワイバーンが倒れる。

「ウォォォ!」

「ワイバーンを討ち取ったぞ! 誰だアレ?」

「魔法だ! 爆発したぞ!」

 苦戦していた兵達が騒ぎ出す。

「なんだ今のは。そなたらアレを討つとはやるな」

 司令官のダイアン・ディートリッヒが、シアに声を掛ける。

 シアは余計な事をしたと、叱られるかと思っていたが、受け入れて貰えたようだ。

 続くブカリの群れも協力したいと申し出る。

「確かに魔法は役に立つかもな。魔獣を街まで行かせる訳には行かない。頼もう」

 帝国兵としてのプライドはあるが、民の安全が最優先だと、手を借りるという。


「はぁ……凄い人だねぇ」

 トムイが、こんな貴族見た事ないと、感心している。

「頑張って役に立たないとね」

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