第107話 厄

 カムラ達が廃坑へ向かう頃、男はリトの治療を受けていた。

 咄嗟に飛び退しさったが、隕石の破片が幾つか腕に刺さっていた。

 オオアリクイのようなクマにやられ、革の鎧は上着と一緒に捨てていた。

 上半身は半袖のシャツ一枚という『ちょっと其処迄……』みたいな恰好だった。

 おかげで、服の繊維が傷口に入り、面倒な事にならずに済んだのだが。

 しかし、もっと厄介な隕石の破片が、腕に入っていた。

 細かい破片が骨まで届いていそうな程、深く刺さっていて、とれなかった。

「まぁ、そのうち出てくるさ」

 取れないものは仕方がない。と、男は諦め、隕石から離れて森を抜ける。

 昔、足に刺さったガラス片は、ひと月経っても出て来なくて酷い目に遭ったが。


 男は昔から、たまにそんな事があった。

 7~8年に一度、判断が鈍るのか、何をしても上手くいかない事があった。

 いつもならば、絶対に近付かない危険に近寄ったり。

 避けられるハズの攻撃を喰らって、怪我をしたり。

 そんな時期がまた来たようだった。

 じっと、大人しくしていようとしても、何かしら巻き込まれてきた。

 運か判断力か、集中力か、油断しているだけなのか。

 稀に巡ってくる不運は、仕方がないと諦めていた。


 近所を歩く様な恰好のおっさんが、幼女を連れて砦に辿り着く。

 近所と言っても、近所のコンビニへ行くような、異質な格好だ。

 ここはコンビニも、一般にはTシャツもない世界だ。

 当然砦の兵は警戒する。

 ケガもしているので、何かに襲われて、逃げてきたように見えなくもないが。

冒険者ベンチャーのリト、です。お仕事にきたです」

 ギルドからの依頼書を見せると、怪しみながらも中へ入れてもらえた。

「ここで待っててくれ。今、案内できる者を連れてくるから」

 リトの後ろに立つ、異様な男をチラチラと気にしながら、兵士が対応する。

「ども……よろ……です」

 砦に入ってすぐの、比較的見晴らしの良い場所で待たされる。

 上の階からも兵の視線が通る、目立つ場所だった。

 見た目の所為か、いまいち信用されていないようだ。

 その見た目のおかげで、内部監査とも疑われはしないだろう。


「お待たせしました。連絡は受けてますよ。補修箇所の点検でしたね」

 然程待たされもせず、若い男性が出て来た。

「リト……です」

「事務のトニーです。では案内しますので、こちらへどうぞ」

 トニーは笑顔で、二人を砦の中へ連れていく。

 不思議な恰好の男が気になるようで、チラチラと見てはいるが、何も言わない。

 人気ひとけのない地下倉庫へ降り、囁くようにトニーが告げる。

「王宮から話を聴いています。備蓄の調査に来たそうですね」

「その感じだと、やはり内部の横流しのようですねぇ」

 ある程度は、エミールの方で調べてあるようだ。

 潜入調査のトニーを守れ、という仕事のようだ。

 調査など素人の男に依頼するからには、何かあるだろうとは思っていたが。

「上司が何かやらかしているようですね。面倒な……」

「はい。守備隊長か副官か。若しくは両方だと思います」


 どうやって証拠を探すか、話し出した処で扉が勢いよく開く。

「トニー貴様、こんな所で何をしている!」

 疲れた感じの、やつれた中年男性が入って来た。

 半端なひんが残っている。地方の貧乏貴族辺りだろうか。

「守備隊長のトラン殿です。ちなみに、男爵の三男です」

 トニーが男に耳打ちする。

 三男坊が守備隊長になれているとは、父はやり手の男爵のようだ。

 通常一家の長、一人だけが仕事に就ける。

 残りは跡継ぎの予備であり、ただの厄介者でしかなかった。

 一部の権力者か、よほど優秀な人材だけが登用された。

 残った兄弟は養子に行くか、平民として暮らすしかない。

「隣は副官のサイードです」

 キツネの様な、ネズミの様な顔の細身の男が、トランの陰に立っていた。


 男とリトは、砦の最上階、隊長トランの執務室へ移る。

 トニーは仕事に戻り、副官のサイードだけが残る。

 4人だけの部屋で、男がトランに全てを打ち明ける。

 面倒臭くなってきたので、正面から当たってみただけだが。

「この砦に外部の侵入者なぞ、ありえん! 猫も兎も入り込めんわ!」

 トランは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

「では、砦の兵が盗んでいると?」

 男が口にすると、机を叩きながらトランが叫ぶ。

「私の部下に盗人なぞらぬわ!」

 もう少し怒らせたら、どこかの血管が切れて倒れそうだ。

 男は憤死というのを見た事がなかった。

 怒鳴り散らすトランを見ながら、男は少し楽しくなってきた。


「侵入者か内部の犯行か、どちらかしかありませんが? 備蓄はどこに?」

「帳簿と合わないだけだ! 何も無くなってなどいない!」

「まぁ、どちらにせよ貴方の責任です。早く解決した方が宜しいのでは?」

「分かっている! どこか仕舞う場所を間違えただけなのだ。そうに決まっている」

「お二人の、どちらかが犯人だとは、思っていますよ」

「な、なんだと! 貴様っ……ぐぅ……なっ…」

 怒りのあまり内出血でもおこして憤死、というのも見てみたかった男だったが。

「そう来ましたか。やはり、厄払いでもした方がいいのでしょうか」

 トランの胸が、細身の剣に貫かれていた。

「疑いは晴れそうにないな。それならば仕方がないだろうよ」

 いきり立つトランを、サイードが背後から突き刺していた。

 サイードが剣を抜くと、胸を貫かれたトランが、血を吐き崩れ落ちる。

 当然のように警報が鳴り響き、男の背後で扉が開く。

 砦の守備兵が続々と、部屋へ集まって来る。

「その男がトラン隊長を殺害した。捕らえよ!」

 サイードが号令すると、兵が雪崩れ込んでくる。

「やられたな……兵士を殺す訳にもいかないか……」

 男は一応、犯罪に加担していなければ、兵士は殺さないつもりではいた。

 と、なると……ここは、逃げるしかない。

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