第105話 クレーター

 飛び出した子供を、体を張って守るシアの前に、無理矢理カムラが割り込む。

 鋼の鎧が狼の爪を弾き、カムラの剣が狼の胸を貫く。

「さがれシア!」

 楯を構えて、カムラが叫ぶ。

 子供を抱えたままでは、どうにもならない。

 シアはトムイと入れ替わり、子供を抱いて後ろにさがる。

「はぁなぁしてぇ! あいつら、やっつけるんだからぁ!」

 子供がシアの胸で泣き喚く。

「あぁ……もぅ。どぉすりゃいいのよ。カムラの時みたく、殴る訳にもいかないし」

 幼い頃、言う事を聞かないカムラを、殴りつけていたシアだった。

 殴らずに、子供をあやす方法を彼女は知らなかった。


 男とリトが森を進むと、焼け焦げた木が目立ってきた。

「火事で逃げて来たのか?」

 だが、その先は大きなクレーターになっていた。

「マスター。穴の中、なんかある」

「おお……隕石か」

 魔獣を森の奥から追い立てたのは、どこからか降って来た隕石だった。

 男も落ちて来たのを、生で見るのは初めてだった。

 未知のウィルスだの、病原菌だの、何がいるか分からない危険な物ではあるが。

「見えない物を気にしても仕方がないしな」

 生き残る事が第一の男だが、今回は好奇心が勝ったようだ。

 リトを残し、一人で穴へ降りていく。

「村では何も言っていなかったな。国の調査とか、来ないのか?」


 隕石の歴史は、かなり古かったりするようです。

 地球外生命体が、隕石の中に居たりする映画等も作られました。

 地上にはない金属が、含まれていたりする事もあるそうです。

 不思議な事に、古代の人々もそれを知っていたと言います。

 日本では隕鉄と呼ばれた、不思議な金属を抽出していたそうです。

 古くは古代エジプトに、隕鉄で作った儀式用のナイフがあったそうです。

 何故地上に無い金属だと分かったのか。

 何故その鉄だけを取り出せたのか。

 宇宙人が教えたという、説も信じてしまいそうですね。

 隕鉄には魔を払う力がある。と、信じられていたそうです。


 直径2m弱の、ほぼ球体で焼け焦げた隕石へ近付く。

 まだ石の中は熱が残っているようで、近づくと暖かい。

 男の胸くらいの高さに、仄かに赤くなっている部分があった。

 男が手をかざした瞬間、そこがぜて飛び散った。

 咄嗟とっさに左腕を楯に、飛び退くが、破片が腕に突き刺さる。

 リトもクレーターへ飛び込んだ。


「アオォォォォ!」

 一際ひときわ大きな個体が現れ、大きく吠える。

 他の狼人間よりも、ふた回りは大きい。

 群れのボスで間違いなさそうだ。

「来た……ボス狼」

 子供を抱えたシアが呟くと、トムイが素早く動く。


「コイツを待ってたんだ」

 狼人間の群れにカムラが囲まれる寸前の、ボスの登場だった。

 人間を片付けるのに時間がかかり、れたのか。

 トドメだけ見に出て来たのか。

 いずれにせよ3人は、このときを待っていた。

 一度しか使えない、張り巡らせたワイヤーの罠。

 呪いの巻取り器が作動する。

 途中で何かに絡みつこうとも、巻取り器は呪いで止まらない。

 雑に編まれた鋼糸のワイヤーが、狼達に絡みつき、切り裂いていく。

 有刺鉄線のようなワイヤーが、痛みと派手な出血で体力を奪っていく。

 狼達の哭き声が響く中、子供を抱いたシアが立ち上がる。

 泣き喚いていた子は、シアに抱きついたまま、泣き疲れて眠っていた。

 猫以上の気まぐれな我儘っぷりだ。


 江戸時代半ば頃。

 体を売る少年少女を、『こども』と呼んだそうです。

 ですが、今回のこどもは別に、そんな商売はしておりません。

 ただの、何も考えない無鉄砲なガキです。


 血みどろの狼達を、半透明の膜が包む。

 ドーム状に広がる膜は、対魔法障壁だった。

 魔法攻撃を増幅して反射する障壁に、狼人間の群れが包まれる。

 ただし、障壁は内側へ向いていた。

「これなら思い切りイケる! 爆ぜろ!」

 シアの魔力が爆炎となり、狼の群れを包む。

 爆ぜる魔力が障壁で反射して、さらに内側を焼き払う。

 中で反射して増幅していく魔力と熱が、ドーム内を焼き尽くす。

 余ったエネルギーを使い、中の熱を転移させ、魔界へ放棄する。


「おお! すっげぇ」

 カムラも、その威力に興奮している。

 大きなクレーターを残し、亜人の群れが消し飛んだ。

「ふっふ~ん。大魔法使いと呼ばれる日も近いかもね」

 浮かれるシアが、崩れるように倒れる。

 魔力を使い果たしたようだ。

「残りは坑道内の戦えない亜人だけかな」

 シアを助け起こしながら、トムイが周りを警戒する。

「来た!」

 援軍を見つけたカムラが叫ぶ。

 村人の救助要請を受け、帝国兵が駆けつけてくれた。

「残りは彼らに任せましょ。もう疲れたし」


「君達、無事か!」

「なんだ? このクレーターは……」

「子供が! ケガをしているのか? 救護班!」

 シアと、しがみついている子供が、救護班に囲まれる。

 トムイの説明を受け、帝国兵達が廃坑へ進軍していく。

 余計な事を言わず、行動が早い。

 それでいて、民間人にはどこまでも優しく対応する。

 気持ち悪いくらい、規律のとれた軍隊だ。


「帝国の兵士さんは皆なんだな。後は任せて大丈夫そうだ」

 カムラも、やっと力が抜けた。

 動きやすい軽装の者が多い冒険者の中では、カムラは重装の部類に入る。

 揃いの装備ではないが、兜に胸当て、肩当、籠手に脛当て。

 殆どを鋼で固めていた。

 それでもだいぶ、傷だらけになっていた。

「いやぁ、子供が飛び出して来るなんて、思わなかったねぇ」

 トムイが、カムラの傷の手当を始める。

「思い通りになんてならないって、師匠が言ってたもんな」

「ねぇ~……助けてよぉ」

 子供を抱いたまま動けないシアが、二人に助けを求める。

 シアの胸にしがみついたまま、子供は眠って動かなかった。

 泣きつかれた子供の口から、よだれがシアの胸に広がっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る