第104話 砕ける槍

 森に入り、然程進む事もなく魔獣に出会った。

 オオアリクイのような姿で、片目が潰れている。

「待っててくれたのか? 会いたかったぜヒトクイ。借りを返しに来た」

 片目を奪った男だと分かるのか、ヒトクイが低く唸り突進の体勢に入る。

 男が後ろへ手を伸ばすと、当たり前のように野太刀の柄がそこに在る。

 その柄を握ると、リトがお辞儀をした格好のまま、滑るように退いていく。

 抜刀された野太刀に左手を添え、珍しく大上段に構える。


 魔獣のスピードに、太刀では付き合っていられない。

 打ち合う事なく、一撃で決めるつもりでいた。

 決められなければ、逆にやられるだろう。と、覚悟していた。

 唸る魔獣の後ろ足が、強く地を蹴り突進する。

 凄まじい速度で迫る魔獣へ、振りかぶった野太刀を振り下ろす。

 一閃

 魔獣の硬い体毛も、皮膚も筋肉も、頭蓋までも、一刀で切り裂く。

 迫る魔獣を、大地に押しつぶすように叩きつけた。

 頭蓋を斬り割った刀は、下顎近くまで届いていた。

「ふぃ~、いててっ……」

 一息つくと、縫ったばかりの顔と胸の傷が痛みだす。

 痛みが落ち着くまで、太刀を丁寧に水で洗い、拭いをかける。

「なんとか今回も生き残ったな。ついでだ、奥に何があるのか見ていくか」

「うぃ~」

 こんな魔獣が森から出て来た原因を、興味本位で見に行く事にした。


 男が魔獣を追って森に入った頃、カムラ達は廃坑に辿り着いていた。

 トムイが廃坑前にワイヤーを張り巡らせる。

 その間にカムラは木の枝を集め、廃坑の中に積み上げていく。

「準備いい? 囲まれないようにね」

 シアが二人に声を掛け、カムラが勇気を振り絞って答える。

「おお! 何体でも受け止めてやるさ」

 根が臆病なカムラは、恐怖を抑え、自分を鼓舞する。

「じゃ火つけるよぉ」

 トムイが火を点けると、枯れ枝は勢いよく燃え出す。

 積み上げた生木が燃え、煙が坑道に充満していく。

 切り落としてきた、葉のついた木の枝で、入口を雑に塞ぐ。


 中へ侵入すると、迷路の様な暗い坑道で戦う事になる。

 さらに子供を見つけた場合、殺せる自信がなかった。

 結果、いぶり出して迎え撃つ事になった。

 だが、シアがとんでもないものを見つけてしまう。

「どうしたの! こんなとこまで来て」

「父さんの仇を討つんだ!」

 村の男の子が棒を持って出て来た。

 父親を殺されたようだが、絶妙なタイミングで姿を見せてくれた。

「どうしよう? もう火を点けちゃったよ?」

「すぐに奴らが集まってくるぞ?」

 トムイもカムラも慌てて、パニック寸前になっている。

 パン! と手を叩いたシアが、二人に指示を出し、落ち着かせる。

「カムラと私が前に出る。トムイは、その子を守って」

「わ、わかった」

 トムイが子供を片手に抱える。

 カムラも頷くと、剣を抜き構える。


 そこへ狼人間がワラワラと集まって来る。

 人間程、無秩序に育つ動物はそうはいない。

 普通は成体の体長が、1mも差が出来たりはしない。

 1m無い者から2mを越える者まで、人間は個体差が大きい。

 同じ様な体格の亜人が押し寄せて来る。

 何処かに体格の良い、強い個体が居るハズだった。

 特別強い個体が、群れを率いるボスとなっている筈だ。


 犬の様に牙を剥き出し、唸りながらカムラとシアを囲もうとしている。

 さらに前へ出たカムラに釣られ、亜人も一体飛び出した。

「英雄の楯は全てを受け止め~る! んぬぅ……しょいっ!」

 カムラが叫びながら、亜人の爪を受け止める。

 すかさずカムラの背からシアが槍を突き出した。

 貧相な穂先が、狼の肩へチクリと刺さる。


「やった。刺さった」

 浮かれるシアだが、非力な彼女の槍は、薄皮一枚傷つけただけだった。

 カムラが楯を槍の穂先に向け、腰を落として身構える。

 まるで衝撃に備えるかのように。

「砕け散れぇ!」

 シアの魔力が槍の穂先に集まりぜる。

 小さな爆発だが、脆い穂先は粉々に砕け、亜人を撃ち貫く。

 ゼロ距離の散弾が、亜人の肩を吹き飛ばした。

 シアが槍の石突いしづきを回すと、次の穂先が押され、槍からせり出した。


 槍の中は空洞で、粗末な穂先が詰め込まれていた。

 突き刺し、爆裂魔法で破壊する。

 槍には魔法の補助をする石と文字が刻まれていた。

 これならば大規模な爆裂魔法よりも、消費が少なく、何度も使える。

 特別に作られた槍を、師匠の男から譲り受けていた。

「ロケット槍だな」

 男はシアに分からない、謎の言葉を口にしていた。


「アオオオォォォ!」

 一体やられた狼達が、一斉に二人に襲い掛かる。

 廻り込もうとする狼は、トムイの投げナイフと鋼糸で足止めされる。

 正面からの攻撃は、カムラが全て受け止める。

 スキを突いて、カムラの後ろからシアの槍が亜人を襲う。

 纏まりなく攻めたてる狼の群れを、3人は連携で耐え凌ぐ。


 しかし、抱え込んだ爆弾の暴発が、混乱と窮地を呼び込んでくれる。

「わぁあああ! 父さんのかたきぃ~!」

 トムイの手を擦り抜け、村の子供が戦闘に飛び込んだ。

「あっ! わ、わ、待って。ダメだってば」

 前に出ている2人が囲まれないように、牽制を続けるトムイには余裕がない。

 トムイは慌てて止めようとするが、今は動けなかった。

 飛び込んだ子供へ、狼の亜人が爪を振り下ろす。

 何も考えずに飛び込んだ子供は、すくみ、動けず目をつむる。

「だめぇ!」

 そこへシアが飛び込み、無理矢理割り込んだ。

 子供をかかえるシアへ、狼の爪が振り下ろされる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る