第103話 村の為に

「酷い目に遭いました。何で村の中にあんなのが?」

 椅子に座り、上半身を脱いだ男が、村のおさと向かい合っていた。

 男の肘に怯んだ魔獣と、無駄に跳び込んだ冒険者の仲間は、村から逃げ出した。

「もっと森の奥に居た筈で、村の中まで来る事はなかったのですが」

 長と話している間に、リトは傷の手当をしている。


 水で傷口を洗い、消毒してから、傷口をあらためる。

 顔の傷は口元から耳へのものが、深かったので縫い合わせる。

 樹液と薬草にハーブを混ぜた、リトの特製粘液を傷に塗っていく。

 接着剤となり傷口を塞ぎ、出血を抑えてくれる。

 さらに爽やかなハーブの香りが、薬草の臭いを抑えてくれた。

 胸の傷は骨まで届いてなかったが、少し縫って粘液を塗る。

「運良く乳首は無事だった。後は包帯して終り」

 乳首が捥げてなくて良かったと、リトは包帯を巻いていく。

「乳首は別にどうでもいいが、ありがとうなリト」

「えへへへ……」

 頭を撫でてやると、御機嫌になり笑顔で包帯を巻いていく。


「それで……森で何かあったのではないかと……見に行って貰いたいのですが」

 森から出て来た魔獣の調査を、男に依頼したいと不思議な事を言う。

「今、目の前で縫っていた傷を、見ていなかったのですか?」

「いやいや、怪我はしていても、貴方ほど戦える者は村にいませんから」

「村人の代わりに死んで来いと? ギルドに頼みなさい」

 砦へ急ぐ途中で、こんな村にかかわる暇はない。

「また奴が来たら、村人が何人も犠牲になります」

 集まった村人達が、男に訴えだす。


「見捨てないで下さい」

「村には子供達もいるんです。どうか、助けて下さい」

「ギルドに頼んでも、冒険者なんて、さっきもあっさりやられてたじゃないか」

「アンタ、強いんだろ? 森へ行って、魔獣を退治してくれよ」

 だんだんと、おかしな事を言い出す者が増えてきた。

 呆れていた男も、剣を抜き立ち上がる。


 強いのならば、弱い者を守るのは当たり前。

 そんな気持ち悪い理屈が、男は理解できなかった。

「自分達が勝てない相手を倒して来いとは……魔獣よりお前達を殺す方が楽だろう」

 別に戦闘狂でもない? 男には、強い方と戦う理由がない。

 見ず知らずの村の為に命を懸ける気もない。

 剣を突きつけられ、大人しくなった村人を残して、男は立ち去る。


「マスター。寄り道するなら、エミールのトコの人に声掛けとく?」

「そうだな。やられたら、やり返さないとな」

 先程会ったエミールの手の者に、森へ寄り道をすると伝える。

「お気をつけて」

 男の事をエミールから聞いているのか、すんなりと了承した。

 村を助ける気はないが、やられた傷の分はやり返さないと気が済まない。

 逃げた魔獣を追って、男は森へ向かう。


 村人にも泣きつかれ、仕方なくカムラの我儘わがままが通る。

 シアが村人の話を聴き、なんとか村を護る策を練る。

「相手の方が多いんだから、狭い所で戦って、援軍を待つしかないかな」

「うん。帝国へ直接行けば、助けてくれそうだよね」

 トムイとシアが、なんとか戦える方法を探る。


 村を襲って来たのは狼人間。数の多い亜人だった。

 狼男とは少し違う亜人だ。

 見た目は狼男と変わらないが、メスもいて変身もしない。

 普通の武器でも殺せるし、単体なら強くもない。

 厄介なのは戦う集団という事。数で勝負する亜人だった。

 近くの廃坑に住み着いたらしい。


 その廃坑で戦う事にした。

 村人には帝国まで走って、援軍を呼んで貰う。

 村人は帝国兵に会ったら、殺されると思っていたらしい。

 助けてくれるから大丈夫だと、村人を説得して走って貰う。

「後は援軍到着まで、耐えられるかどうかね」

「廃坑の出口を爆裂魔法で壊せば、塞げるんじゃないか?」

「そうだね。穴を塞いで埋めちゃえば、戦わなくても済むよ」

 ひらめいたカムラにトムイも賛同する。が……

「魔法なんてとんでもない! 山ごと崩れてしまいます」

 古い坑道がアチコチに広がっているので、衝撃を与えると危ないらしい。

 他も崩れ、土砂が村まで来たら困る。と、言う。

 畑もあるので派手な魔法は、やめて欲しいらしい。


「どうか村をお守りくだされ」

「奴等を掃討してきて下さい」

「うちの畑も守って下さい。あそこがないと、暮らせません」

「お嬢ちゃん。未婚のお姉さんがいたりしないかな?」

「うちの人の仇をとってください」

「あんな奴ら、みんな殺してっ!」

 村人が次々と3人に訴える。

「わ、分かった。分かったって」

「なんとか、出来る限りの事はしますから」

 押し寄せる村人に、トムイとカムラが慌てて対応する。

「今なんか変なの混じってなかった?」

 おかしな発言をした男を探すシアだった。


 結局村人の要望は、面倒なものだった。

 村と畑を守って欲しい。

 廃坑は古く脆いので、派手な攻撃や魔法は控えて欲しい。

 また村へ来ない様に、狼人間は掃討して欲しい。

 金が無い貧乏な村なので、仕事として依頼が出来ない。

 酷い話だが、カムラは助けたいと言ってきかない。


「師匠なら、村人の方を討伐しそうだよね」

 呆れ顔のトムイに、興奮気味なカムラが叫ぶ。

「でも、俺たちは村人を助けるんだ!」

 仕方なく、廃坑の出入り口で戦う事になった。

 生木を入り口で焼いて、出て来た亜人を迎え撃つ事にする。

「早速これを使う事になりそうね」

「でも、あんま前に出るなよ」

 新しい武器に興奮気味のシアに、カムラが注意する。

「ふっふふふ。師匠のくれた武器の凄さを、見せつけてやろうじゃないの」

 街で会った男に貰った、その武器は細身の槍だった。

 投槍ジャベリンよりも長く、突撃槍スピアよりも短い。

 小柄なシアと同じ位の長さの柄で、大分軽く作られていた。

 敵を近寄らせないように牽制するか、カムラの後ろから突く為の槍だ。

 穂先は安っぽい貧弱なつくりだった。

 村の為に戦うのは渋っていたシアだったが、嬉しそうに槍を構えていた。


 帝国へ村人が走り出した頃、この地方を任された領主の館にも知らせが届いた。

「廃坑に亜人が住み着いたようです。討伐隊を編成しますか?」

 部下の報告に、ぶよぶよと太った男が答える。

「廃坑……あそこか。村からも何か来てたな」

「はっ。同じ亜人のようです。あの辺りはキャラバンも通ります」

 少しだけ考えた領主の答えは、否だった。

「ここまでは来ないだろう。ならば、防衛代わりになる。放っておけ」

「隊商が通るのに邪魔になると、商品の流れが止まりますが」

「あそこが通れなくなれば、この町を通る隊商が増えるだろう。さらに税がとれる」

 領主はぐふふ……と、汚らしく笑う。

 それを見知っているかのように、村人は領主の街とは反対方向へ走る。

 村からは領主の街よりも近い隣の領土、帝国直轄地へ駆け込むつもりだった。

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