第101話 再会の貴公子

 Sランク 剣の勇者 貴公子ミハイル

 輝く笑顔で元貴族の、まさに貴公子がそこに居た。

「お久しぶりです。諦めはつきましたか?」

「はい。甘さを捨てる事を諦めました」

「ほぉ……それはまた……面倒な道を選びましたねぇ」

 近くに立つだけでも、かなり強くなった事が分かる。

 もう剣の相手は厳しいだろう。と、男は感じた。


 甘さから悪人に情けをかけ、命を取らなかった。

 その所為で、幼い命が失われた。

 ミハイルは自分の所為だと苦しんだ。

 結果、選んだ道は甘さを持ったまま、強くなる事だった。


 その名だけで、悪人が抵抗を諦める。

 そもそも犯罪に走らない。

 それくらい強くなり、名を売る事に決めた。

 実際に剣の腕を磨き、Sランクまで登り詰め、勇者まで名乗った。


「もっともっと、強くなりますよ。アナタを越える程に」

「祖国に伝わる修行をやってみますか? もう一段上にいけますよ?」

「やります!」

 すっかり立ち直り、成長した若者に、男は試練を与えたくなる。

 ミハイルは考える間もなく、反射で飛び付く。

「厳し過ぎて、誰もやらなくなった、古い修行です」


 やる事は簡単。

 ただの打ち込み稽古である。

 三日三晩休まずに続けるだけだった。

 相手は交替で休み、元気な相手と打ち合い続けるだけだ。

 途中で塩を舐め、立ったまま水を飲むだけで、休まず打ち合う。

 立っていられなくなったら終了。やりなおしだ。

 2日目には意識が混濁し、3日目には見えてはいけない何かが見えて来る。


「それは……強くなれそうですね。やってみます」

「頑張って下さい。まぁ、貴方の相手を出来る人間が見つかるかどうか」

 男は付き合う気はなさそうだ。


 目を見開き、口を開けて固まっていた3人組が、意識を取り戻す。

「うぇ~! Sランクぅ!」

「師匠知り合い? すげぇ……初めて見た」

「剣の勇者の師匠って……」

 はしゃぐ子供達を見て、ミハイルがニヤっとわらう。


 いたずらを思いついた子供の顔だ。

 男は嫌な予感がして身構える。

 ミハイルの剣は、白い希少な金属の特別な物だった。

 受けた剣も楯も鎧も、まさに鎧袖一触がいしゅういっしょく

 そんな剣を抜く手も見せず、腰間ようかんから光芒こうぼうはしる。


 男の首筋を狙った剣が、甲高かんだかい音と共に、打ち上げ払われる。

 腰を沈めた男の脇差が、抜き打ちに剣を打ち上げていた。

「自分が強くなり過ぎたのを、分かっていますか? 危うく死ぬ処でしたよ」

「はっはっは。やっぱり凄い!」

 はしゃぎ出した子供達が、また口を開け、呆然としていた。


「見えたかい?」

 ミハイルの言葉に、子供達が声もなく、激しく首を振る。

「この人が僕の、剣の師匠だよ」

「うぉぉぉおおおお! すっげぇ!」

 カムラが雄叫びをあげる。

「剣の勇者の剣の師匠って! 師匠って凄い!」

 トムイも興奮している。

「まったく、子供が信じたらどうするのです。誰も弟子にした覚えはありませんよ」


 一頻ひとしきりギルドで騒いでから、依頼の砦へ向かう3人。

「師匠達も砦に行くって言ってたな」

「僕らは帝国領の砦だけどね」

 カムラ達は砦への書類の配達と、周辺の魔物調査を受けていた。

「小型から中型の魔獣が生息してるんだってさ」

「大型や亜人なんかが居ないか、報告する訳だね」

 シアがカムラに言って聞かせ、トムイも付け足して聞かせる。

「そっか。報告ついでに書類を届けて終了だな。簡単じゃないか」

 やはりカムラだけは、依頼内容を把握していなかったようだ。


 王国の外れで一泊して、帝国領に入る。

「今夜はベッドで寝たいなぁ」

「じゃあ、急ぎなさい」

 シアに急かされ、日が暮れる頃、寂れた村に辿り着いた。

 村は襲撃に遭った様に荒れていた。

 村の中央には教会があり、村人が集まっていた。

 教会前には村人だろうか、藁束わらたばをかけた遺体が並んでいた。

 この大陸で、法国以外に建つ教会は珍しい。

 どんな神を信仰しているのだろうか。

 しかし今は、それどころではないようだ。


 その頃、男とリトは馬車に揺られ、砦近くの村に到着していた。

 先行していたエミールの手の者が待っていた。

「砦を抑える兵は、この村で待機します。何かあれば御呼び下さい」

 どうもエミールは内部の犯行だと、なかば確信しているようだ。

「兵隊さん達が到着したら、よろしくどうぞ」

 砦に向かおうとすると、叫び声が響き渡る。


「熊だぁ! ヒトクイが出たぞぉ!」

 村の若者が熊だと叫び、悲鳴も聞こえる。

「くま? 人を喰う熊か?」

「ヒトクイはデッカイ魔獣。人を食べる」

 リトが男にそっと伝える。

 この辺りでは有名なモンスターらしい。


「うぎゃあっ!」

 魔獣に引き裂かれた老人が飛んでくる。

 血と肉片が辺りに飛び散る。

 家の影から、白と黒の斑模様まだらもようが、のっそりと出て来る。

 体長は2mを超えてそうな、長く鋭い爪の魔獣が、誰かの一部を咥えている。


 その見た目に、男は一人呟きを漏らす。

「オオアリクイ?」

 熊と呼ばれていた魔獣の見た目は、オオアリクイにそっくりだった。

 この辺りでは、アレを熊というのだろう。

 アリクイの様な細長い口は、大きく裂け、鋭い牙が並んでいた。

 確かに危険な魔獣ではありそうだ。


「もう逃げられないか……」

 村の中だと油断していたのか、男は既に魔獣の間合いに入っていた。

 逃げられるならば、男は逃げるつもりだったようだ。

 仕方なく剣を抜き、魔獣に向かって構える。

 相手は野生動物ではなく、魔獣、モンスターだった。

 見た目の所為か、いつもの男らしくなく、まだ油断があったようだ。

 男の気配か殺気か、何かを感じた魔獣が駆け出した。

 その速さは熊以上だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る