第100話 ふたりの宴

 不様に転がる子爵、アンドレイの叫びに、外の御供が駆け込んで来る。

「ま、待て待て! 落ち着けお前達!」

 慌ててアンドレイが供を止める。

 会った事はないが、話に聞いた若い侯爵と、特徴がそっくりだ。

 冒険者の家などで上級貴族が何をしているのだ。

 半信半疑のアンドレイは、頭が混乱してくる。

 本当に侯爵だった場合、不味い事になりそうだった。


 会社で例えると、侯爵は専務、常務、または副社長辺りでしょうか。

 上は王族だけになります。

 公爵も王の一族です。

 対して子爵は課長辺りでしょうか。

 課長が他社の役員に非礼を働いた状態です。

 課長の首を切り、謝罪でしょうか。

 後は会社の規模次第でしょう。

 王国の人口は約1500万人、兵は2500程です。

 海はありませんが、平原や森が広がる、温暖な気候です。

 王国は戦になると、各貴族が農民や傭兵を集めて、王の元へ集います。

 常雇いの兵は殆どいません。

 軍事費を抑えられますが、急襲に弱くなります。

 諜報と外交で頑張っています。

 皇国は人口約500万人、兵は約1万人です。

 海がありますが、巨大な怪物モンスターが多すぎて、満足な漁獲量はありません。

 さらに領土の殆どが雪原で、採れる作物も限られます。

 食料、特に青物は輸入に頼っています。

 雪山の鉱石やレアメタルで、頑張ってる国です。

 王国に喧嘩を売る余裕はありません。


「ギルドを通さず、直接此処に来た。と、いう事は……」

 エミールの言葉を男が引き継ぐ。

「良からぬ事を企んでいる。と、いう事……」

 二人の目が細くなり、妖しく光る。

 善か悪か、ならば悪寄りな二人。こんな時は息がピタリと合っていた。

 猫のエルザを肩に乗せたレイネが、そっと表へ向かう。

「何をしようと無駄です。生きて帰らせる気はありません」

「此処を知られたら始末するしかありませんね」

 男とエミールが子爵に告げる。

「うひぃ! お、お前達、なんとかしろぉ!」

 考える事を諦めた子爵が逃げ出した。

 訳が分からず、部下や護衛が追って外へ出る。


 外の馬車の前には、男の奴隷が待っていた。

 羊と猫の獣人が、客の帰りを見送りに待っていた。

「レイネ、エルザ……一人も逃がすな」

 男の静かな命令が下る。

「お心のままに……」

 両手を合わせ、綺麗な姿勢で腰を折る羊。


 カーテシーと呼ばれる、スカートを摘まむ挨拶は貴族のものです。

 召使いは両手を揃えて、腰を折って頭を下げます。


 レイネは、どこからか小振りだが、ゴツイ鉄槌メイスを取り出す。

「命令じゃぁ仕方ないねぇ」

 猫のエルザもレイネの肩から降りると、子爵の一団へ飛び掛かかった。

 魔力を込め肥大した猫の爪が、鉄の鎧を羊羹ようかんの様に切り裂く。

 レイネのメイスが、護衛の頭を叩き潰す。

 羊の一撃が首をし折り、頭蓋ずがいを砕き、脳漿のうしょうを飛び散らせる。

「うふふ……うふふふふ」

 耐えきれず口元がほころび、レイネは忍び笑いがこぼれる。

 羊が楽しそうに踊るように、次々と腕を、足を、頭を潰していく。


 馬車3台に17人分の肉塊を詰め込んだ。

「2人ともやり過ぎだ。次は散らかすな」

 後始末が面倒だと、羊と猫が男に叱られた。

「すみません。血の匂いに浮かれて、つい……」

「久しぶりだったので、野生が暴走して、つい……」

 本当に2人だけで全て片付けるとは、思っていなかったエミールは呆れている。

 子爵の馬車は、中身ごとエミールの手の者が始末する。

「そういえば、何か用事があったのでは?」

 男がエミールに訊ねる。

「そうでした、厄介事です。表向きはギルドからの依頼になってます」

「では、ギルドにいきましょうか。此処は血生臭いし」

 リトを連れ、男はギルドに向かう。

「そのまま依頼先に向かう。此処を片付けたら飯を喰ってな」

 レイネとエルザに留守をあずけ、暫く戻らないと告げる。


 仕事は砦の視察だった。

 食料や武器等、砦の物資が紛失しているらしい。

 内部か外部の犯行なのか、調べて来て欲しいという。

 表向きは周囲の魔物調査と、砦の補修点検になっていた。

 ギルドを通しての依頼で、冒険者として向かう事になる。

 内部の犯行だった場合に備え、近くの村に兵を待機させるという。

「また面倒な仕事ですねぇ」


「今日は新鮮な臓物が沢山あるので豪勢ですよぉ」

 レイネが楽しそうに、食事の支度を始める。

 どこから入手したのか、肝臓、腎臓、心臓と、新鮮な臓器が並ぶ。

「生の心臓を齧って、溢れ出す血が堪らないのよねぇ」

「一つだけですよ? 縛って置きましたから、それでも食べて待ってて下さい」

 血管を縛って血が貯まり、パンパンになった心臓をエルザは貰う。

「悪いねぇ。いただきまぁす」

 大きく開けた口で、心臓の真ん中に噛みつく。

 ブシュっと、はじける様に、中身が口の中に飛び出してくる。

 溢れる血を呑むと、歯応えのある筋肉を噛み千切る。

 レイネは洗った腸に、血とミンチを詰め込んでいく。

「腸詰めですよ~。血のソーセージです。ワクワクしますねぇ」

 レイネも楽しそうだ。

 獣人2人の臓物の宴はまだ続く。


 これもメシテロなのでしょうか。

 誰に対してのメシテロなのでしょか。

 まぁ、何の臓物なのかは謎ですから。

 グロシーンではなく、メシテロシーンです。


「あっ! 師匠だぁ! シショー!」

 3人組の冒険者、カムラ、トムイ、シアがギルドにいた。

 叫びながら、男に駆け寄る。

「余り人前で騒がないで下さい。目立ちたくないんです。埋めますよ?」

「ごめんなさい」

「嬉しくて、つい……」

「久しぶりで、つい……」

 3人が騒ぎ過ぎたのを謝る。

「おや、弟子をとったのですか?」

 エミールが意外だと、驚いている。

「弟子にした覚えは、ありませんね」

 ギルドで騒ぐ6人に、若い男が気付いて歩み寄る。

 キラキラと輝く派手な鎧に、豪華な鞘の剣をさげている。

 サラサラの金髪を靡かせ、爽やかな笑顔で青年が男に声を掛ける。

「お久しぶりです師匠」

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