第94話 交渉術

 王都に戻った男は、久しぶりにエミールに会っていた。

 侯爵を継ぐ前に、殆どの仕事を受け継いで忙しくしていた。

「お久しぶりです。早速ですが、邪教徒の本部が法国にあるそうです」

「確か宗教には厳しい国だったのでは?」

「そうです。それなりの立場の者が、係わっているという事になります」

 エミールは一般に公開されている、法国の情報を男に見せる。


 その情報を要約すると……

 法国は北を山脈、南を海に囲まれた、温暖な平原だった。

 人口は約600万人。兵士は約1万人とされている。

 その国の組織は、宗教家が纏めている宗教国家だった。

 頂点に法王のマヌエル。

 4人の聖女がロレーナ、ソフィア、アーシア、クラウディア。

 法王の相談役、枢機卿がジョルジョ、ロレンツィオ、レオナルドの3人。

 主に国政を行う宰相の地位が、大司教のサンドロ。

 戦闘部隊とも暗殺部隊ともいわれる祭祀、ジョゼフとジュゼッペ。

 司教にラファエル、フランシスコ、モニカ。


「怪しいのは司教の3人。この内の誰かが邪教と繋がってると見ています」

「では、その3人を暗殺してくればいいのですね?」

「いやいや、待って下さい! まだ、本拠地も絞れていませんから」

 慌てるエミールに、男が微笑み宥める。

「冗談ですよ。よその国のお偉いさんを、殺しにいったりしませんよ」

 まったく安心できない冗談だが、それを信じるしかない。

「お願いしますよ? 下手したら戦争になりますから」

 引き続き調査を進め、相手が判明したら出番だという。


 家に帰ると、ギルドに呼び出された。

 ギルドマスターの御呼びだそうだ。

 実際に呼びに来たのは、事務の女の子だった。

 玄関で幼子のように泣き喚き、泣き落としで男を連れ出した。


 そして忙しそうに書類仕事を続ける、ギルドマスターと対面した。

 傷だらけのゴツイ体で、スキンヘッドのじいさん。

 山賊のかしらにしか見えない、マスターのマルクスだ。

「すまんな。こっちも忙しくてな。シャルから話す」

 大陸全土、国を跨ぎ各国に支部を持つギルド。

 各支部長からの報告だけでも、マルクスには手いっぱいだった。


「今回Sランクを5人増やし、7英雄として売り出そうという案が出ました」

 秘書のシャルロットが、マルクスの代わりに話し出す。

 角ばった眼鏡で、いつもお堅いシャルロット嬢が、ニコリともせず話す。

「お断りします」

 嫌な予感がした男は、先に断った。

「話だけでも聞いて下さい。運営も大変なんですよ」

 少し眉尻を下げたシャルロットが頼む。


「7人には肩書と二つ名がつく」

 顔も上げずにマルクスが口を挟む。

「依頼者への安心感と現場の向上心の為です」

 秘書とマルクスが交互に、たたみかけるように話す。

 嫌がるだろう男を逃がさない気だ。

 秘書が男の前に羊皮紙を広げる。

「リトの名前がある~。なんて書いてるの?」

 リトは自分の名前は読めたが、他は読めなかったようだ。


 魔法の勇者 賢者 ナイジェル 評議国

 斧の勇者 狂戦士 イゴール 皇国


 各国追加人員

 剣の勇者 貴公子 ミハイル 王国

 鎧の勇者 重戦車 ロベルト 法国

 槍の勇者 紅龍 フェルサ 共和国

 弓の勇者 流星 ウィリアム 帝国


 ドラゴンスレイヤー リト 王国


「本気で?」

 呆れ気味の男が、呟くように訊ねる。

「西の帝国と共和国は滅びましたが、一応出身地という事で……」

「そこじゃなくてね」

 秘書は、なんとか誤魔化そうとするが、無理がありすぎる。


 書類仕事をしながら、溜息まじりにマルクスが話す。

「やはり無理だろうなぁ。俺でも嫌だしな」

「マスター。もう決まった事です。運営には必要な事です」

「わかってるって。まぁ今回は6勇者でいいだろう。な?」

 どうやらギルドマスターも乗り気ではなかったようだ。

 渋々秘書も大人しくなる。


「運営も大変そうですねぇ。まぁ別の協力ならしますよ」

「そうか、すまんな。協力してくれるとよ、シャル」

 うっかりはかられた。

 本題は別にあったのだ。

 普通なら断られそうな話も、先に無理難題を出せば通り易くなる。

 その前に自ら協力すると、口を滑らせてしまった。

 頭を使わなそうな、筋肉ハゲの見た目に、油断し過ぎてしまったようだ。

「ありがとうございます。では、今回の依頼の説明をさせて頂きます」


 地下遺跡が見つかり、そこの調査依頼が来た。

 それほど大きくもない遺跡なので、Cランクの探索者シーカーに頼む予定だった。

 探索者一人と冒険者ベンチャー4人のパーティーに依頼する事になった。

「生憎と手の空いている探索者が捕まらなかったので」

 パーティー名、吶喊特攻とっかんとっこう

 5人中4人が前衛という、尖ったチームだった。


「実力的にはCですが、今一つ信用がなく、Dランクです」

「で? まさかおりをしろと?」

「同行をお願いします。無理に守る必要はありません」

 Sランクを増やしたり、運営が大変なのだろうか。

 依頼の失敗を無くし、一度で成功させたいようだ。

 遺跡の制覇か敵の排除ならば、男だけの方が楽だが。

 依頼が調査だと探索者が必要になる。

 この世界の遺跡の知識は、流石に男にはなかった。


 騙されたが仕方がない。

 Sランクなどにされるよりはマシか。

 そのまま下の受付で、同行する5人に引き合わされる。

「アンタがギルドからの同行者か。俺はアウリアよろしくな」

「よろしく。後ろで大人しくしているので、お気になさらず」


「はっはっは。こっちはハニス。あっちのオドオドしてるのがリアンだ」

 二人が手を挙げ挨拶する。

 3人共、革鎧にブロードソードという軽装だった。

 ハニスだけ小型の丸楯、ターゲットシールドを持っていた。


「そっちがメディとリヤド。評議国の出身だ」

 二人は、さらに軽装だった。

 籠手と脛当てをつけただけで、ほぼ半裸だった。

 中途半端な長さの、細い槍を持っている。

「よろしく。もう俺達の部族はないからな。元評議国だ」

「ははっ、俺達の共和国も亡くなったからな。帰る国のない集まりさ」


 女みたいな名前のリアンが探索者で、4人が冒険者だった。

 まだ全員若く、20前後だろうか。

 元気はいいが、危なっかしい感じだ。

 その辺りがイマイチな信用なのだろう。

「俺達は、Cランクだからな。安心していいぜ」

 浮かれた若者と地下遺跡とは、気が重い仕事だ。


「まぁ、遺跡は興味あるし。我慢するか」

 溜息が漏れそうな男は、リトの頭を撫でて心を落ち着かせる。

「えへへぇ……」

 リトは頭を撫でられ、御機嫌なようだ。

 何故撫でられたかは問題ではないようだ。

 早速王都から馬車に乗り、遺跡に向かう。

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