第93話 命懸けの報酬

 一人残った司祭が、こっそり逃げ出す。

「リト」

 男の一言で司祭が倒れ、動けなくなる。

「あい。逃がさない」

 リトが斬りつけ麻痺した司祭の、首筋にナイフを突きつける。

「こいつを持って帰れば、調査依頼も達成出来るでしょう」

「ありがとうございます。ほんとウチの男共は役に立たなくて」

 シアに急かされ、トムイが司祭を縛り上げる。

「いえ、立派に成長してますよ。生き残るには、臆病なくらいが良いんです」

 一段落して、男はやり残しに気付く。

「どうかしました?」

「捕まった捕虜がいたのを忘れていました」


 男が檻へ戻ると、カムラとシアもついて来る。

「こいつらが騒いだ所為で見つかったんですよ。始末しましょう」

「ちょ、ちょっと待って! いやいや、連れて帰ろうよ」

「私達が森の外まで送りますよ。今回は見逃してあげましょう」

 囚人達は息をのんで、騒がず見守っている。


「マスター大変! 食糧庫見つけた。お肉どっさり!」

 男が悩んでいると、リトが肉を見つけたと騒ぎ出した。

「う~ん。仕方ありませんねぇ。見逃して、食事にしましょう」

 男の気が変らないうちに、カムラが鍵を壊して、檻を開けた。

「流石はリトさんね。絶妙なタイミング」

 シアはリトに尊敬の眼差しを向けていた。

 リトの行動が何処まで計算してのものか、それは分からないが。


 食糧庫にはぎっしり、どっさりと、食料が詰め込まれていた。

 干し肉も野菜も豊富で、調味料やハーブまであった。

 きはあらいが小麦粉も見つけた。

「料理好きでも居たんですかねぇ。ん? この香りは……」

 リトは肉から目を離さず、涎を垂れ流し、今にも齧りつきそうだ。


 男はハーブが気になり、いくつか手に取ってみる。

「オレガノか? こっちの香りはマジョラムかな? エストラゴンも……」

 似た香りがするなら、同じ使い方でも大丈夫だろう。

 と、男もやる気が出て来た。

 解放された囚人達に、食材を運ばせる。


 広場に設えられていた、調理場で料理を始める。

 トマトをどっさり茹で、シアに任せる。

「皮を剥いて、こっちの鍋に潰して入れて下さい」

「は、はい! ガンバリマス。く、砕け散れぃ!」

 張り切ってトマトを潰すシア。


「貴方達は死にたくなければ、芋でも茹でていなさい」

 囚人達は芋を茹で始める。

「君達はこの肉を刻んで下さい。ミンチです」

 トムイとカムラは両手にナイフを持って、肉を叩き続ける。

 二つの大鍋に、シアの握りつぶしたトマトが貯まる。


「次は野菜ですね。適当に刻んで、こちらに放り込んで下さい」

「はいっ。切ります」

 余り慣れていなさそうな手つきで、シアが野菜を刻んでいく。

 普段の料理は器用なトムイの仕事だった。

 男はタマネギのような野菜を刻んで、もう一つの鍋に放り込む。

 シアの音がザクッザクッなら、男はトトトトッだった。


 カムラの持って来たミンチも入れて、二つの鍋を煮込んでいく。

 粉末になったナツメグ、っぽいものもあったので一緒に入れておく。

「芋は芽を取って、皮を剥いて潰して下さい」

 トマトの鍋にはオレガノ、マジョラムなど、ハーブを入れていく。

 少し硬めの葉っぱがローレルっぽかったので、それも入れる。

 潰した芋に小麦粉を混ぜ、練ったものを茹で上げる。

 ソーセージも見つけたので、茹でる。

 空いている焚火で肉を焼く。

 塩と胡椒で鍋の味を調えて完成だ。


 邪教徒の砦。今日のメニューは……

 芋のニョッキとボロネーゼ

 ソーセージと焼き肉

 野菜たっぷりミネストラだ。

 司祭以外の全員で、食事を始める。

 勢いよくリトが焼き肉に齧りつく。


 トマトソースに炒めた挽き肉を加えると、ミートソースになります。

 トマトだけだとポモドーロになります。

 余計な味がないので難しいです。

 挽き肉を炒め、トマトソースと煮込むと、ボロネーゼになります。

 より肉の油と旨味と、臭みが出ます。

 ローレルやナツメグなどで、お肉の臭みを消すとよろしいかと。

 ミネストラは野菜のごった煮スープです。

 日本語だとミネストローネですが、別にトマトベース限定ではありません。

 何故かトマトベースが広まってますが、何故かはわかりません。

 誰の所為なのか、知っていたら教えてほしいです。

 元々はトマトスープなのでしょうか。

 イタリアの家庭料理の知識しかないので、謎のままとなります。

 知り合いのイタリア人のおばちゃんは、野菜スープだと言ってました。

 なので、トマトスープではなく野菜スープになります。

 冷蔵庫に残った野菜をまとめて処理するのに作るそうです。

 砕けたパスタや、折ったスパゲティなどを加えると、より腹にたまります。

 育ち盛りのお子様向けにどうぞ。

 以上の話は、イタリアの家庭料理としての説明になります。

 他の御宅や別の地方では、違った物になる可能性もあります。

 ちなみにその御宅では、カルボナーラは黒胡椒たっぷりになるそうです。

 日本語だと『炭焼き風』となるそうで、炭の様に黒胡椒がかかっています。

 黒胡椒のかかってない、カルボナーラは許せないそうです。

 他にもありますが関東と関西のたぬきうどん、みたいな感じでしょうか?

 地方によって、いろいろとあるようです。


「そういえば師匠、ドライアドに会ったんですよね」

 食事が済んだところで、トムイが訊ねる。

「そうだ。いいなぁ。見てみたいなぁ」

 カムラもドライアドには興味あったようだ。

「帰りに会えるかも知れませんよ」

 答える男の脇に女性が、にゅっと地面から生えてきた。

「うわぁ!」

「うひぃ!」

 トムイとカムラも悲鳴をあげる。


「ありがとうございます。森が元に戻りました」

 殺気も無く現れたので、男も少し驚いた。

 ほぼ透けている衣を纏っただけの、ドライアドが礼に現れた。

「急に来ますね」

 カムラもトムイも、呼吸すら忘れたように固まっている。


「森を包む呪いも消えました。……また、どこかでお会いしましょう」

 男の頬に口づけをして、ドライアドは消えてしまう。

「報酬は口づけですか」

「ええ~! それだけぇ? 師匠! 命懸けた報酬がキスだけ?」

 シアが驚きの余り叫び出す。


「毒があるかも知れない。マスター、少し削いでおこう?」

 リトがナイフを持って迫る。

「いや、毒は効かないから大丈夫だよ」

 そんな特別な体質ではないが、頬肉を削がれる前にリトを止める。


「美女のキスは男が命を懸けるのに充分な報酬さ」

 子供達の手前、男が格好つけてみる。

「おおー! かっけぇー」

「師匠いいなぁ」

 男の子2人は素直に感動していた。


「そんなの私がしてやるから、命懸けなさいよ」

「「えぇ~」」

 シアの一言に、カムラもトムイも酷い顔で応える。

「まぁまぁ。シアも男が命を張れる様な、良い女になるんだな」

「なれるかなぁ?」

 余計な一言を洩らすカムラに、シアの一撃が見舞われる。


 助けた囚人と捕まえた司祭を連行して、大所帯のカムラ達が森を抜ける。

「そろそろ、あの教団をどうにかしないと……」

 男は邪教徒がうざったくなってきたようだ。

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