第92話 巨人討伐

 牢に囚われていた捕虜達の騒ぎに、警報が鳴り響く。

 潜入がバレて、生き残っていたカルトが牢に集まる。

「いたぞ! 侵入者だ」

「たった一人か。こんなとこまで、よく入れたな」

 赤い模様の入った、お揃いの黒いローブ姿が3人現れた。

「他の奴等は何してんだ? まったく、サボってばっかだな」

 生き残りが自分達だけだとは、思っていないようだ。

「仲間を助けに来たのかぁ?」

 カルトの一人が、不用意に男に近付く。

 発見された以上は、諦めて大人しくするとでも思っていたようだ。

 男の掌底が、カルトの顎をカチ上げる。

 声も漏らせずに膝から崩れ、地面に突っ伏した処へトドメのナイフが刺さる。

 何処からか姿を現したリトが、ナイフを突き立てていた。

 残りの2人が騒ぐ前に、素早く踏み込んだ男の左足が、顎を砕き意識を刈り取る。

 最後の一人も反応出来ないまま、右足がねじ伏せるように首筋に振り下ろされた。

 左右の上段蹴りで意識を失った2人も、リトのナイフでトドメを刺される。


「ほぉ……やるじゃないか。俺はトム。ピラチョのトムだ」

 守備隊長という感じの、ムキムキのおっさんが出て来た。

 引き締まった細マッチョが多い世界で、珍しく無駄に筋肉をつけたムキムキのボディビルダーのようなおっさんだった。

 ラガーマンかヘビー級のプロレスラーのような、がっしりどっしりした身体。

 原始的プリミティブな作りの手槍を持って、小屋の2階から見下ろしていた。

 ピラチョって何だ? と思った瞬間、トムが2階から飛び掛かってきた。

 あの体で跳ぶとは思っていなかった男は、驚いて反応が遅れる。

 飛び降りる勢いのまま、トムが手槍を繰り出し落ちていく。


 避ける間はなかった。

 反応が遅れた男の体は、今までの経験からか、反射で動いていた。

 何時から掴んでいたのか、左手が脇差の鞘を掴んでいた。

 その親指が鯉口を切る。

 腰を捻り抜かれた閃光が走る。

 斬り上げた脇差が、突き出される手槍を両断する。

 振り上げた右手が脇差を手放した。

「今! 必殺の……」

 男の右手が、落ちて来るトムに伸びた。

 空中で捕まえ、右手は頭の後ろ、首へ。

 左手はトムの右脚太腿辺りを掴む。

 落ちて来る勢いを乗せ、身体を逸らして投げる。

「エクスプロイダー!」

 トムは受け身も取れず、体の側面から地面に叩きつけられる。


 しかし見た目以上に、トムはタフだった。

 転がり離れ、すぐさま起き上がり、立ち上がろうとする。

 それでも男は、さらに速かった。

 男は転がるトムへ駆け出してした。

 顔を上げたトムへ、速度を落とさず突っ込んでいく。

 立ち上がろうと立てた膝を踏み台に、跳び掛かり蟀谷こめかみに膝を突き刺す。

 シャイニングな飛び膝がトムの意識を刈り取る。

 トムの視界がグニャリと歪み、真っ白に、何も見えなくなる。

 男は突き立てられた丸太によじ登ると、後ろ向きに跳ぶ。

 空中で胸を軸にクルリと後方へ回り、腹から落ちていく。

「とどめのシューティングスター……? ぶふっ!」

 ドフっと鈍い音を響かせ、男が腹から地面に落ちる。

 その顔の前には、意識を失くしたトムが寝ていた。

「くっ……飛び過ぎたか」

 リトがそっとナイフを、トムの首筋に沈めた。


「で? どうすんのよカムラ」

 シア達3人に、戦斧を構えた巨人が迫っていた。

「俺達だけなら砦を見つけた時点で帰還だけどな。今、中には師匠がいる」

 カムラがラウンドシールドに腕を通し、構える。

「そうか。師匠なら、中の奴等を倒して此処に来る」

 逃げ腰だったトムイも、やる気を出した。

「なら私達は、こいつらを逃がさず、持ちこたえればいい」

 シアが残った魔力を集め出す。


「正解です。今、出来る事を見極め、全力で生き残りなさい」

 祭壇の向こう側から声がする。

 砦内のカルトを片付けた男が立っていた。

「師匠!」

「もう来た!」

「あの赤いのが呪物です! 硬いけど、壊して下さい」

 浮かれて、はしゃぐトムイとカムラ。

 シアが簡潔に、呪いの赤い石だと伝える。

「デカイの1体だけなら、戦えますか?」

 野太刀を掴む男が、3人に訊ねる。

「余裕ッスよ!」

「いや、余裕はないけどね」

「1体なら、なんとかなります!」

 シアの言葉を信じて、男が頷く。


 野太刀を背負っているリトが、滑るように後退していく。

 鞘から抜かれた、その身と変わらぬ長さの刀と男が駆ける。

 一閃

 男が駆け抜けると、赤い水晶が真っ二つに切り裂かれる。

 さらに、駆け抜けた先にいた巨人を、刀が斬り上げる。

 右膝を切り割った刀が、巨人の体を滑る様に駆け上がる。

 太腿を、腹を、胸を切り裂く。

 男は血飛沫を上げ倒れる巨人を、見向きもせず奥のトロールに斬りかかる。


 地表を薙ぎ払うかの様に、巨人の斧が振るわれる。

「この楯はどんな攻撃も防ぐ、魔法の盾、英雄の楯だ!」

 魔法の品だと信じ込んでいるカムラは、恐れず立ち向かう。

 カムラは巨人の強烈な一撃を受け止めた。

「トムイ!」

 シアの合図で、トムイが小さな袋を投げる。

「爆ぜろ!」

 巨人の顔の辺りへ袋が飛ぶと、シアの爆裂魔法が発動する。

 威力も範囲も控えめで、消費魔力が少なく済む小さな爆発が起こる。

「ぐぅおぁああっ!」

 小さな鉄片、鉄くずを詰めた小袋が、魔法で弾ける。

 巨人の顔に、鉄屑が突き刺さっていった。


「おお。効果アリだな。流石師匠だ」

 カムラが、はしゃいでいる。

 男は小道具と魔法を使った対人地雷クレイモアを、少年達に伝えてしまっていた。

「トムイ次!」

 巨人が怯み動きを止めると、走り回っていたトムイが魔道具を取り出す。

 トムイの合図でカムラも退く。

 トムイの手にあるのは、シア手製の呪いの巻取り器。

「これ仕掛けるの、結構大変だね」

 トムイが地面に置いた巻取り器が、ワイヤーを巻き取り始める。

 戦闘中に仕掛けたワイヤーが、巨人の体に巻きついていく。

 周辺の木や岩も利用し、ワイヤーは巨人を囲んでいた。

 鋼の糸を荒く編んだワイヤーは、素手でさわれない程危険な物になっていた。

 ささくれだった鋼糸は、まるで10代の少年のように触れるもの皆傷つけていく。

 呪いの力で巻取り器は、その場にとどまりワイヤーを巻き取る。

 木に引っ掛かろうとも、岩でも巨人でも、ソレは止まらない。

 全身を斬り刻まれた巨人が、血塗ちまみれで倒れる。

 それほど深い傷ではないが、血を流し過ぎて動けなくなる。

 動き回るトムイと、攻撃を受け止めるカムラに、指示を出すシア。

 3人で考えた連携が、巨人を倒した。

「なかなかです。後は、素早くトドメを刺すのを忘れないように」

 トロールを片付けた男が、3人を誉めに戻って来た。

 異常な回復速度を上回る斬撃で、一気に押し切ってトロールを倒していた。

 残るのは司祭、ただ一人。

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