第91話 強襲

 3人は、男とリトが砦に潜入していくのを、森の茂みの中からみていた。

 大きな荷物と刀を背負ったリトを、いつの間にか見失う。

「消えた……」

「魔法……ではなさそう。どうなってんの?」

 トムイもシアも、見ていた筈のリトの姿を見失い、唖然としている。

「流石師匠達だ。このまま俺達出番なしだったりしないよな?」

「かもしれないけど、取り敢えず移動しよう。奥の櫓も範囲にいれたい」

 魔法の届く範囲まで、移動して待機する事にした。


 砦内では静かに、気付かれず人が死んでいった。

 物陰から背後に立った男が、口を押さえてナイフを蟀谷こめかみに突き刺す。

 刺したナイフを捻ると、側頭筋が千切れ、アゴが垂れ下がった。

 その瞳が光を失い、力の抜けた体が崩れ落ちる。

 死体を丸太小屋の裏に隠して、次を狙う。


「アイツどこ行ったんだ? またサボって……っ!」

 見当たらない仲間を、一人で探しに来たカルトが突然立ち止まる。

 足にチクっと痛みを感じたと思ったら、そのまま体が麻痺して動けなくなった。

 糸が切れた操り人形の様にクチャっと崩れ、声も出せずに倒れる。

 何が起こったのか分からないまま、忍び寄った男にとどめを刺される。

 気配もなく足を切りつけたリトが、ナイフを仕舞い次の獲物を探す。


 台に寝かされ、縛り付けられた捕虜が泣き喚く。

 3人のカルトがニヤニヤしながら彼を囲んでいる。

 彼等は大きなペンチの様な道具で、爪を、肉を、指を摘んで引き千切る。

 泣き叫ぶ捕虜に笑いながら拷問を続ける。

 しかし、それは拷問ではなかった。

 情報が目的ではなく、痛みを与える事自体が目的の行為だった。

 苦しませ、恨みにまみれて殺す事。

 それだけが目的だった。

「今度は負けねぇ。絶対我慢させるんだ」

「へへっへっへ。どうせ無理さ。目玉でもいっとくか?」

「まだ早いだろ。まぶたくらいにしとけよ」

 交互に男の体を千切っていく3人。

 次の男が左の瞼を引き千切る。

「うへへへ。まだまだ死ぬなよぉ?」

 3人のカルトは誰の番で死ぬか、懸けて遊んでいた。


 国や宗教によって、少し意味が変ったりもしますが。

 よろしくない事をする集団。反社会的組織。

 そんな構成員をカルトと呼びます。

 宗派によっては異教徒の事を指したりもします。

 彼等は邪教徒。

 異形の神を崇拝し、世界に死と混乱を広める事を教義としています。


 遊びながらの仕事を楽しむ3人へ幼女が近づく。

「んん? なんだこいつはぁ」

「獣人の子供か? 誰が連れてきたんだ?」

 近寄り手を伸ばすカルトを、リトがナイフで切りつけた。

 掌を浅く切られただけの男が、そのまま倒れて動かなくなる。

「なっ、なんだぁ?」

「てめぇ、何しやがった!」

 いきりたつ2人の背後に立つ男が、気配もなくナイフで仕留める。

 倒れたカルトにも、動けない内にとどめを刺した。

 縛られていた生贄に目をやるが、一目で無理そうだと分かるほど酷い。

「う~ん……もう無理だなぁ。とどめが欲しいかい?」

 縛られていた生贄は助かりそうにない状態だった。

 これ以上苦しまずに死にたいか、男が訊ねる。

「こ、殺して……奴等も……」

 絞り出すような声で、死にかけの捕虜が死を望む。

「分かった。少し先に逝ってな。奴等もすぐ送ってやるから」

 もう痛みも感じないだろうが、カルトの持っていた剣を心臓に突き立てる。

 縛られていた革ベルトを外してやると、静かに眠りについた。


 砦内のカルトを暗殺して廻る男とリトが捕虜を見つけた。

 手足をロープで縛られたまま、檻の中に雑に詰め込まれている。

 服装からすると、調査依頼を受けた冒険者達のようだ。

 中には4人、女性も1人混じっていた。

 その女性は諦めていないようで、目に力があり、ジッと耐えていた。

 しかし男3人は泣き喚き、パニックを起こしているようだ。

 そんな男達に見つかった。

「お、おい! アンタ! 助けてくれ!」

「ここから出してくれ!」

「助けに来たんだろ? 早く出してくれっ!」

 檻の中の男達が騒ぎ出し、叫び出した。

「ばかっ、やめないか! 奴等に気付かれる」

 一人チャンスを窺っていた女性が、慌てて止めようとするが遅かった。


 ブゥオオオオオオオッ

 警報だろうか、砦に轟音が鳴り響く。

「来たっ! 出番だシア!」

「なんで嬉しそうなのさ。どうやって師匠達を見つけたんだろう?」

「うっさい! 黙ってて!」

 待ちくたびれたカムラが飛び出す。

 シアの魔法が櫓に放たれた。

 3つの櫓ごと、監視のカルトが爆炎に呑まれ弾け飛ぶ。

 カムラが駆け寄ると、砦の門が中から開く。

 いつの間にか忍び込んだトムイが、中から鍵を開けていた。

 それを当然のように、カムラは砦内に駆け込んでいく。

 僅かに残るカルトを、カムラが切り伏せる。

 只の邪教徒が相手ならば、(一応)戦士のカムラが圧倒していた。

「あっち。なんか嫌な魔力が貯まってる」

 シアの指示で、3人は砦の祭壇へ向かった。

 そこには一人、司祭が居た。

 真っ赤な血よりも赤い、大きな水晶のような何かがあった。

 高さは2メートル程ある赤い水晶は、恨みの籠った邪悪な気配に満ちていた。


「気持ち悪っ。カムラ! アレを壊してっ」

「任せろっ」

 シアの指示に、カムラが飛び出し、剣を水晶に叩きつける。

「くぁぃ! いったぁ……痺れたぁ」

 カムラが思っていたよりも、赤い水晶は硬かった。

 カムラの剣は見事に弾かれ、傷一つ残らない。

「何やってんのよ。アンタは石とか斬れないでしょうが」

 格好良く叩き割る心算つもりだったカムラは涙目になっている。

「貴様ら、邪魔をする気か。生贄にしてやる」

 ブツブツと何やら唱えだした司祭を、トムイの鋼糸が絡み取る。

 見えない程細い糸が、一瞬で司祭の自由を奪う。

 動けず倒れたままの司祭が、詠唱を終え叫ぶ。

「殺せぇ! 死と混乱を!」

「ソイツから離れてっ!」

 同時にシアが叫び、カムラもトムイも跳び退き、シアの元までさがる。

 水晶から巨大な手がヌルっと出てくる。

「キニか! しかも2体……」

「まだ何か来るよ」

 キニチミカ。巨人はそう呼ばれていた。

 2メートルを超える巨人が2体。

 さらに3体目が水晶から顔を出す。

「不味いんじゃない? カムラ、どうすんの?」

 シアが焦った顔を、カムラに向ける。

「2体なら勝てる。3体目はヤバそうだが、大丈夫だ」

「どうすんの? あいつは、なんかヤバそうだよ?」

 トムイも泣きそうな声を出す。

 強くはなっても、基本が恐がりだった。

 一番の恐がりな筈だったカムラだけが、何故か余裕の表情だった。

 3体目の巨人は3メートルを超すトロールだった。

 3体とも巨大な戦斧バトルアックスを手にしている。

「キニ3体なんて、魔力が……」

 巨人が出て来る水晶は破壊できそうにない。

 出て来るのは止められず、倒しきれる相手でもない。

「心配すんな! 言われたろ? 今出来る事をするんだ」

 大きな丸楯を構え、カムラが立塞がる。

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