第90話 森の巨人

 地響きの様な足音と共に、3メートルはありそうな大男が現れる。

 持ち手だけ荒く削った丸太を、棍棒の様に持った巨人が暴れ出す。

 男を見つけたその目は、狂気に染まっていた。

 森の奥から来たようだが、外の村まで行く気だったのだろうか。

巨人族ジャイアントなんて久しぶりだな。どうしたもんかなぁ」

 久しぶりの巨人に、懐かしさすら感じる。

「しかし暗い迷宮よりも、広い空がある方がいいな」

 暢気な男に丸太が振り下ろされる。

「どうしてもやる気のようだな」

 森に入ったばかりで、野太刀を使いたくなかった。

 手入れに時間がかかるので、先に進めなくなる。

 バスタードソードを無くし、腰には脇差のみだった。

 気に入った剣が売っていなかったからだ。


 地面を巨人の丸太が強く打ち付ける。

 突風で砂ぼこりが舞う中、巨人の悲鳴があがる。

「ぐぅがぁあああっ!」

 丸太を手放した巨人の親指は、外側に折れ曲がっていた。

「指一本くらいで、そう騒ぐなよ」

 胸のベルトからナイフを抜くと、男は巨人の足へ突き刺した。

 足の親指の先に刺したナイフをひねり、大きな爪を無理矢理引き剥がす。

「いっぎっ! ひぃああああっ!」

 巨人が大きな体を反り返らせ悲鳴をあげる。

 巨人は泣きながら、バランスを崩して後ろに倒れる。

 舞い上がる土煙の中、巨人の股へ飛び込んだ男がナイフを振るう。

「っ!! っぴぃ!」

 まともに声が出ない程の痛みに、巨人は目の前が白くなり、意識が薄れる。

 ぶら下がる大きな玉を切り落とした男は、首の太い血管も断ち切った。

 上下の急所からの出血で、意識を失った巨人は、眠るように静かに死んでいく。


「やっぱり師匠だ!」

 離れた場所で、覗き見ていた3人が出て来た。

 巨人と一人で戦う男を見かけ、人では無いだろうと警戒していた。

 どこに隠れていたのか戦闘が終わると、大きな武器を背負った幼女がいた。

 リトを見て、勝手に師匠にした男だと気がついた。


 互いの目的を話し合い、目的地は同じようなので、一緒に向かう事になった。

 3人は嬉しそうに男にまとわりつく。

 男は3人の話を聴きながら、困っていた。

 彼等の顔は覚えているが、名前が思い出せない。

 てっきり帝国に捕まって、殺されたと思っていた。

 日が暮れてきて、寝床の準備を始める。

 狩りに出たリトが、両手に鳥を持ってきた。

 首を落として血抜きをしながら、足を掴んで帰って来た。

 血の跡を辿り、他の獣が寄ってくれば、肉が増えると思っていたようだ。

 巨人に追い立てられたのか、この辺りに獣は残っていないようだ。

「あっ、手伝います」

 シアが調理を手伝うと、リトの元へ駆けていく。

「ん。じゃあむしって」

 女の子2人で鳥の羽を毟り、解体している間に、男達は火をおこす。


「俺達もやっとCランクにあがったんだ」

「そうですか、頑張りましたね」

 前はCランクではなかったようだ。

「そうだ! これ見てよ。魔法の楯なんだ」

 少年が大きな丸楯を見せる。

「行商人から買ったけど、カムラがお気に入りなんですよ」

 楯を持った子はカムラというらしい。

 楯はまぁまぁな出来の物だった。

「魔法なんてかかってないって言ったでしょ。騙されたのよ」

 鳥を捌きながら、少女が口を挟む。

「シアがいない隙に、こっそり買ったから気にいらないんだ」

 少女はシアというらしい。

「あんなでも、シアは結構器用だったりするんですよ」

「ああ、トムイに魔道具作ってたな」

 軽装の少年はトムイだった。

 男は慎重に話を聴き、やっと3人の名前を探り出した。


 トムイが道具を見せてくれる。

 魔法の道具という物には、男も興味があった。

 道具は掌サイズで、巻尺スケールのようなアイテムだった。

「僕の使う鋼糸を編んだワイヤーを巻き取る道具です」

 巻き取るだけしか出来ない代わりに、途中で巻き取りを止める事は出来ない。

 そんな呪いをかけた、不思議で強力な道具だった。

「こんな道具を作れるなんて、若いのに凄い術者ですねぇ」

 魔法の道具という物があるのなら、何か使ってみるのも良いな、と考える。

「まぁ普通の魔法の道具が作れたら金になるのにな」

「いいじゃないか、コレだって凄く役に立つんだから」

 どうやら売れるような品物は作れないようだ。


「3人は仲がよさそうですね。兄弟のような感じですか?」

 仲の良い3人は孤児だと言っていた。

「う~ん。俺とトムイは、そんな感じかな」

「そうだねぇ。シアはちょっと違うかな」

 彼女だけ違うとは、なんか青い感じなのだろうか。春なのだろうか。

「あいつは母親だな」

「シアは母さんだね」

 シアに聞こえないくらいの小さな声で、二人が口を揃える。

 甘酸っぱい感じの話を期待したら、残念な結果になった。

 対極ともいえる程、遠い存在だった。

「彼女はどう思ってるかな。恋心とかあったりするかもしれないよ?」

 まだチャンスは残っている。

「あいつはおっさん好きだからなぁ」

「うん。シアは包容力があって、臆病じゃない人が好みだね」

「師匠なんてタイプかも」

 彼女は年上好きだった。

 見た目10代半ばの娘では、歳が違い過ぎる。

 アメリカならFBIが来るところだ。

 この世界は歳の差はどうなのだろう。

 そもそも年齢がないのなら、気にしないのかもしれない。


 焼き鳥パーティー後、交替こうたいで警戒しながら眠った。

 翌朝森の奥でカルトを見つけた。

 丸太で囲まれた砦を造り、良からぬ事をしているようだ。

 忍び込むにも、3ヶ所のやぐらが邪魔だ。

 木に登ったトムイが降りて来た。

「外から見えるだけでも結構いるね。捕まってそうな人達も見えたよ」

 砦の中にはゴロツキか山賊のようなカルトが20人はいた。

「う~ん。シアの魔法で櫓の見張りを倒すか?」

 悩むカムラにシアが答える。

「ギリギリいけそうだけど、大きな音がするよ?」

 弓はトムイだけしか使えないという。

 男も弓は苦手だった。

 誰に当たるか分からない。

「では、行ける所まで潜入しますので、騒ぎになったら、攻撃して下さい」

 男が単独潜入するという。

「分かりました。櫓を爆破して突入します」

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