第89話 大森林

 王国の南東、東の帝国と旧共和国との国境近く。

 鬱蒼と茂る広大な大森林に男とリトは居た。

 気候は温暖で過ごしやすく、鳥や獣の声が響いている。

 ときおり人の叫び声が聞こえるが、恐らく人ではなく猿だろう。

 一応魔物も生息してはいるが、長閑のどかな良い所だ。

「はぁぁ~……やっぱり森はいいなぁ。心が潤うな」


 王都へ戻ったオリビエが、あちらこちら話をばら撒いた。

 その所為で地方貴族達に群がられた。

 魔物や野盗討伐だの、要人警護だったりと、依頼が殺到した。

 面倒になった男は、森へ逃げて来た。

 王子に貴族を抑えるように伝えたので、暫くたてば納まるだろう。


 納まる、収まる、治まる。

 ほぼ同じ意味で、紛らわしいですね。

 状態が安定して治まる。変化はあっても、混乱を抑えてる状態ですね。

 事態を収拾して収まる。戦争など、争いをやめさせる感じです。

 元の状態へ落ち着き納まる。治まると違い、変化は無く、元に戻っています。

 今回は納まるを使ってみましたが、日本語は難しいですね。


 ギルドでリトに森の依頼を受けさせてきた。

 それが此処、大森林だった。

 森に木の妖精ドライアドが出没するらしい。

 若く美しい半裸の女性の姿だが、彼女に出会った者は誰も帰らないという。

 その妖精と行方不明者の捜索が依頼だった。

「嘘くさい。妖精か、誰も帰らないか、どちらかが嘘だな」

 森で妖精に会った。

 森で消息を絶った者がいた。

 二つの噂が一つになった可能性もあるが、おかしな依頼だ。

「森にドライアドいない? 嘘なの?」

「誰も帰っていないのなら、何故ドライアドに会ったと分かるんだ?」

「おお……盲点。マスター凄い。さすマス」

 おかしな言葉をどこで覚えたのか。

 少し心配になった男だが、リトを連れ森へ入っていく。


「初めての大きな依頼だな」

「僕らも認められてきたって事だね」

 大きな丸楯を持った戦士と、マントに革鎧という軽装の男が浮かれていた。

 どちらも若く、まだ少年と呼んでもいいくらいに見える。

「調子に乗らないの。前に騙されたの忘れたの?」

 後ろに続く少女が、二人をいさめる。

「もう何人もの冒険者ベンチャー狩人ハンターが行方不明なんだぜ?」

 丸楯を振り上げ、少年が大げさに反論する。

「そうさ、大森林の巨人の調査。これを成功させればランクも上がるよ」

 軽装の少年も、やりがいのある依頼だと上機嫌だ。

「はぁ~……暢気ねぇ。アンタ達は昔からそうね」

 浮かれて、はしゃぐ二人の少年を見て、少女が溜息をく。

「俺達もやっとCランクに上がったんだし、巨人くらい倒さないとな」

「カムラは新しい楯を試したいんだろ? 高かったもんね」

「トムイだってシアに、魔道具を作って貰ったんだろ? 試してみたいよなぁ」

 新装備に浮かれる少年達を、少女が手を叩いて静かにさせる。

「はいはい。もう、大森林なんだから。こっからは魔物も出るからね。集中して!」

「おう! 任せろ!」

「ははは、索敵頑張るよ」

 威勢の良い少年達に少女は呆れていた。

「まったく……敵に会うと、すぐビビるクセに」

 赤ん坊の頃から孤児院で、一緒に育った冒険者の3人。

 カムラ、トムイ、シアは大森林に出没する巨人の調査に来ていた。

 旧共和国の政治家に騙され、国の崩壊に巻き込まれるも生き延びていた。


 森をのんびりと行く男の前に、いつの間にか女性が立っていた。

 敵意は感じられないが、明らかに人ではない。

 翡翠ヒスイの様なみどりのしなやかな長い髪。

 透き通るような……少し透けている、柔らかそうな白い肌。

 ふんどしを巻き付けたような……いや。

 薄く透ける不思議な衣だけをまとっている。

「ほぉ……これは……」

 幻想的ファンタジーな……幻想ど真ん中なドライアドの姿に、言葉も出ない。

「マスターを惑わすあやかし。ニンフ? サキュバス? どっちでも殺す」

 ゆっくり見惚みとれている事もできない。

 リトが木の精にまで、嫉妬して殺意が溢れている。

「待っていました戦士よ。私はドライアド。森の大樹です」

 男がリトを宥めながら、妖精だか精霊だかの話を聴いた。

 森の奥でカルト集団が何かしているらしい。

 よろしくない呪法を使っているので止めて欲しいという。

 森から帰らないのは、この依頼の所為かもしれない。

 まさか噂が本当だったとは、驚きだった。

 ドライアドの依頼で、調子に乗った奴らが帰らなかったようだ。

「成功すれば、お礼は必ず。よろしくお願いします」

 言いたい事だけ言って、ドライアドは消えてしまった。


 森の奥、ほぼ中心に邪教徒が砦を築いていた。

 丸太を立て壁を造り、3つのやぐらと丸太小屋を造っただけの砦だった。

 中にはカルトが20人余り、祭壇には司祭がいた。

 司祭以外は破落戸ならずものみたいな者ばかりだった。

 近くの村人や旅人、森に入った冒険者達を、捕らえて生贄にしていた。

 宗教団体というよりも、やっている事は山賊だった。

「ほら。逃がしてやるよ。外まで行けば誰も追わないぜ」

「そらそら。逃げてみろよ」

 ギャハハハと下品な汚い笑い声があがる。

 数人の男達が酒を飲みながら、捕まえた男を囲んで騒いでいた。

 腹を裂かれ、こぼれた腸をナイフで、木に縫い付けられていた。

 捕まった冒険者風の男は、歯を食いしばり外へ向かって歩く。

 当然ハラワタがズルズルと、引き摺り出されていく。

 長い大腸が出切る前に、痛みと出血で力尽き倒れる。

「ああっー! くそぉ、もうちょいだったのに」

「ひゃはははっ。また俺の勝ちだなぁ」

 倒れた男の数歩前にも、そして後ろにも、腹を裂かれて死んでいる男がいた。

 カルト達は腹を切り裂いた捕虜が、どこまで歩けるかを賭けて遊んでいた。

 そこへ司祭が不機嫌そうにやってくる。

「また騒いでいるのか。おもちゃじゃないんだ。簡単に殺すなよ?」

「ひっひっひ。分かってますってぇ」

 酔っぱらった山賊のような男が、司祭に笑って答える。

「出来る限り苦しませて殺すんだぞ。その恨みが、あのお方の力になるんだ」

 砦内の彼方此方で、捕まえた男女を遊びながら殺していた。

 苦しみと恨みと血を生贄に、良からぬ呪法を使っていた。

「世に死と混乱を……もっと、もっとだ。もっと苦しめ」

 黒地に赤い不気味な紋様の、ローブを着た司祭が祭壇で祈る。

 森をけがれから護りたいドライアド。

 その願いも、ただ生贄を補充するだけだった。


 そんな森へ入る少年少女と男とリト。

 彼らもただの生贄なのだろうか……。

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