第88話 夜戦の果てに

 男が盗賊の群れの中を駆け抜ける。

 手足を切り裂き、蹴り倒して動き回る。

 物陰から飛び出した小さな影が、倒れた賊にナイフを突き立てていく。

 柵を、死体を飛び越え、流れるように倒れた賊の間を駆け抜ける。

「止まるなよ! 的にされ死ぬぞ。動き続けろ」

 男は止まる事なく、盗賊の群れの中を擦り抜け、切り伏せていく。

「あい。とどめは任せて」

 男に傷をつけられ、動きを止めた者に、リトがナイフでトドメを刺していく。

 闇の中、二人の暗殺者に盗賊達は、悲鳴も出せず倒されていく。

 月明かりを避け、目の前の顔すら判別できない闇の中を二人は駆ける。


 盗賊を蹂躙するのは、単純な強さではなかった。

 囲まれないように、動き続ける事。

 恐怖を抑え付け、暗闇での一瞬の判断を続ける、精神力と決断力。

 生き延びる事を諦めず、足掻き続ける強い意思が、男を走らせる。

 すれ違う相手には必ず、動きが止まる程度の傷を与える。

 逆に傷をつけられても、男は止まらない。

 即死する一撃でも与えなければ、男は止まらず足掻き続ける。

 盗賊達は怒りに任せ暴れ、傷つくと恐怖に怯え逃げ出そうとする。

 生き残る事だけを目的とした男は、戦場の乱戦でもブレずに今を生きる。

「カーペ・ディウムか……」


「貴様、只の傭兵ではないな。相手になってやろう」

 細く、反りの強いシミターを構えた、軽装の剣士が立ちはだかる。

「盗賊ではなさそうだが……用心棒ってとこか?」

「俺がイルカイだ。さぁ、全力でかかって来い」

 有名人だったりするのだろうか。

「ん? 貴様、大陸一の剣士イルカイを知らないのか?」

 自分の名を知らない者がいる事が納得いかないようだ。

 男は、のんびり相手をする気もない。

 掬い上げるように、剣を斬り上げる。

「うおっ! 話の途中で斬りかかるとは、貴様それでも剣士か!」

 右足を半歩引き、身を反らして斬撃を躱した。

 どうやら口だけではないようだ。

「ほぉ……強そうだ。すまんな、剣士じゃないんだ。真っ向勝負もする気はない」

 強敵だと見た男は、胸のダークを投げつける。

 左手でナイフを投げ、同時に右手で斬りつける。

「ふん。こんなもの、止まって見えrっ…?」

 余裕ぶってナイフを叩き落とそうとした、イルカイが固まる。

「マスターの邪魔はさせない」

 音も気配も無く、後ろに回り込んだリトが、イルカイの足にナイフを突き立てる。

 麻痺して動けないまま、飛んで来たダークが、右目に突き刺さる。

 さらに袈裟に斬り下ろした剣が、肩から胸まで深く切り裂いた。

 叫ぶ間もなく即死した剣士が倒れる。

 自称最強の剣士は、幼女の背後からの一撃で命を落とす。

「試合ならお前の勝ちだったろうけどな。戦場じゃ、そんなもんだ」

 男はリトの頭を撫でて、闇の中を駆けだす。

「エヘヘェ……」

 浮かれたリトが、闇に溶けて後を追う。


 夜の闇に灯りが浮かぶ。

 松明の揺れる灯りが村に迫る。

 地響きのようなひづめの音と共に、数えきれない程の松明が村へ迫る。

「援軍だと? あの数はマズイな」

 スティーブが絶望に包まれる。

「そろそろ腕も上がらなくなってきたし、此処迄か……逃げるぞリト」

 村に迫る大軍に、男は任務も依頼も諦める。

「あい。でも、荷物置いて来た」

 リトも、戦場にも依頼にも執着せず素直に従う。

「まぁいい。リトだけいれば充分だ。来い」

「あい」

 リトが男の背中に跳び付き、肩に抱きつく。

 リトを乗せた男は、近くの盗賊を切り伏せ、闇に紛れる。


 迫る傭兵の一団に高そうな鎧を着た、戦士達が混じっている。

 王国の紋章、正規兵達だった。

 村へ駆けつけた援軍は辺境伯軍だった。

「やべぇ!」

「伯爵だ!」

「逃げろ逃げろ!」

 口々に叫び、蜘蛛の子を散らす様に、盗賊達が逃げ出した。

 統率もなく、好き勝手にバラバラに、盗賊は村から逃げ出した。


 盗賊を追い散らした伯爵軍が村へ入る。

 数百の松明が、昼間以上に闇を散らし、明るく照らす。

「スティーブ! 無事か!」

 援軍の傭兵が、馬から降りてスティーブに駆け寄る。

「なんとか生き残ったよ」

 左腕は折れたのか垂れ下がり、大剣を杖に立っているが、足も引き摺っていた。

 満身創痍でも、生き残った。

「傭兵と難民の為に、本当に来るとは……」

 援軍が来るとは思っていなかった男が、驚き物陰から出て来る。

 荒野にこれだけの兵を出せる程、傭兵を雇っているようだ。

 男は辺境伯の財源に、少しだけ興味が湧いた。


 男もスティーブも、傷だらけの血塗ちまみれだった。

 返り血か、自分の血なのかも分からないほどに。

「ジェームズは斬り刻まれていた」

「そうですか。何人かは生き残ったのでしょうか」

 男とスティーブは村の中央で、生き残りを待った。

 屋根の上からチャールズが手を振っている。

 綺麗な顔のホルストも生き残っていた。

 村人だろうか、若い女性を連れている。

「こっちでも死んでるぞ!」

 家の裏に倒れている死体を見つけた傭兵が叫ぶ。

 物置だろうか、扉を護るかのように座り込み、その男は死んでいた。

 兵達が死体を運び扉を開ける。

「ひっ!」

 中には女性が二人隠れていた。

「大丈夫。もう、大丈夫だ。盗賊はいないよ。出ておいで」

 あちこちに隠れ潜んでいた村人が出て来る。

 ベッドの下に隠れていた子供も泣きながら出て来る。

 どこに隠れていたのか、ロマンが様子を見に出て来た。

 オリビエ達も無事だったようだ。


「よく頑張ってくれたもんだ。ご苦労さん」

 男が愛用の剣だったものを地面に突き刺す。

 その剣は歪み、刃こぼれも酷く、鉄の棒か板だった。

「俺のは折れて飛んでったよ」

 スティーブが笑いながら、倒れる様に座り込む。

 衛生兵が二人の応急手当を始める。

「どうりで。なんか剣がデカくなったな、と思っていたんですよ」

「アンタも凄かったな。チラっとだが、駆け抜けてくのを見たぜ」

 そこへチャールズが屋根から降りて来た。

「俺も上から見てたぞ。上からでも捉え切れなかったがな」

「まぁ今回は傭兵ではなく、目的が違いますからねぇ」

 肩からリトを降ろしながら、男が応える。

 血だらけの服を脱がせ、衛生兵が男の傷を手当していく。

「そうだな。見事に生き残ったな」

「アンタとなら、また仕事がしてみたいもんだ」

 リトがいなければ、それも良かったかもしれない。

 だが、今の男に傭兵になる気はなかった。


 夜が明けるとオリビエを乗せた馬車が王国へ向かう。

 ホルストだけは傭兵を辞め、村に残るという。

 村娘にでも惚れたのだろうか。

 村の為に戦った傭兵の半分は命を落とした。

 あの戦力差で半分も生き残ったのは奇跡だとも思うが。

 いったい何の為に戦ったのだろうか。

「いやぁ、難民が助かって良かったなぁ。お二人もお疲れ様でした」

 オリビエは難民が助かった事を喜んでいた。

 戦えない難民が助かったのは嬉しいのだろう。

 戦った傭兵が死ぬのは当然だと、気にもならないのだろう。

 金を出す側の人間は、いつでも何処でも同じだった。

 荒野を馬車が王国へ走る。

 何十人もの血を吸っても、荒野は変わらず乾いていた。

 何もない荒れ地を、タンブルウィードだけが砂埃すなぼこりを纏い転がっていく。

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