第87話 乱戦

 篝火かがりび一つない暗闇の中、月明かりだけが頼りの戦闘が続く。

 盗賊達は辺りに火を放とうとするが、火矢でも松明たいまつでも、持てばまとになる。

 闇の中、あかりを持った者から射抜かれていく。

 盗賊側も火付けが出来ず、闇の中でうごめいていた。


 屋根に登っていたロバートは、右腕に矢を受けてしまう。

「くそっ、ここまでか。弓は使えねぇな」

 屋根から降りたロバートは家の影を伝っていく。

 家の裏手の扉を開けると、中は狭い物置の様だった。

 そこに村の女が2人隠れていた。

「何でこんなとこに。いや、そのまま大人しく……っ! うぅ……くそっ」

「ひっ……」

 女が小さく悲鳴をあげ、その口を震える手で塞ぐ。

 ロバートの腹から剣の切先が顔を出していた。

 後ろから盗賊が、突き刺した剣を引き抜く。

 仕留めたと油断していた盗賊に、ロバートが飛び掛かった。

 押し倒した盗賊の首を、矢が刺さった右腕で押さえ付ける。

「しっー、しーしー。静かにしな。いいもんやるからよ。フンッ!」

 ロバートは刺さった矢を、力任せに無理矢理引き抜いた。

 矢は折れ、やじりが中に残るが、ロバートは気にしない。

「お前らの仲間に貰ったんだが、半分やるよ」

 折れた矢を盗賊の右目に突き立てた。

「いぎゃああああっ!」

 ロバートは盗賊のベルトからナイフを抜く。

 絶叫をあげる盗賊の首筋にナイフを突き立てた。

 ヨロヨロと物置へ行くと、女達に笑ってみせる。

「もう少しそこにいな。ここは護っててやるから静かにな」

 扉を閉めたロバートは、その場に座り込む。

 タバコを取り出し、マッチで火を点ける。

 扉に背を付け、煙を吐き出した。

 タバコが地面に落ちて、ジュッと音を立てる。

 ロバートから溢れる血溜まりが、タバコの火を消し広がっていく。

 短い間だったが虚ろな目で、広がっていく自分の血を眺めていた。


 家の窓から、ドアや壁の隙間からナイフが飛ぶ。

 つばの無い投擲用で、自分で手作りしていた特製投げナイフだ。

 北の部族で、王国民とは違う顔立ちのイーライが、ナイフで盗賊を仕留めていく。

 そのナイフは速く正確で、急所を貫き、一撃で盗賊を仕留めていた。

 イーライの後ろで、身を隠していた家のドアが開く。

 素早く振り向きナイフを構えるイーライ。

 そこにいたのは村の子供だった。

 隠れ場所から出て来てしまったのか、まだ幼い子供だった。

「どうしたんだ。皆と一緒にいなきゃダメじゃないか。さ、おいで」

 イーライは顔に似合わず、優しく子供に声をかける。

 奥のベッドの下へ入れと、子供を促す。

「ここで大人しくしているんだぞ。出て来ちゃいけないよ」

 また扉が開き、床が軋む。

 今度は盗賊だった。

 盗賊はクロスボウを構えている。

 今動くと流れ弾が子供に当たるかもしれない。

 咄嗟に余計な事を考えてしまったイーライは、自分の動きを制限してしまう。

 クロスボウよりも速い閃光が、イーライから放たれる。

 眉間にナイフが突き立ち、即死した盗賊が倒れる。

「う……うぐぅ……ぐはぁ」

 クロスボウから放たれたクォレルはイーライの胸を貫いていた。

 ベッドの下から子供が目を見開いてイーライを見ていた。

「だ、大丈夫だ……そこから出る……なよ」

 まるでベッドの下の隙間を、自らの体で埋めるように横になる。

 イーライは静かに横たわり、一度血を吐いただけで、動かなくなった。


 チャールズは屋根の上から弓で狙撃を続ける。

 闇の中でも彼の弓は、確実に盗賊を射抜いていく。

 そんな屋根の上に盗賊が一人上がってきた。

 そっと背後からチャールズに近付いていく。

 右手に持った剣を振りかぶった瞬間、チャールズが後ろに転がった。

「気配が消せてねぇな。素人かい?」

 一転、背後をとったチャールズが、ナイフを突き上げる。

「っ! ……っ、ぁ!」

 尻の穴にナイフを突き立てられ、盗賊は声にならない叫びをあげる。

「ケツの穴が広がったなぁ。あの世で使いやすくなったろ」

 立ち上がったチャールズが、思い切りそのケツを蹴り飛ばす。

 ケツの痛みに悶えたまま、屋根から落ちていく。

 余りの痛みに、両手でケツを押さえたまま、顔から落ちる。

 豪快に顔面を強打して、顔とケツが割れた盗賊はそのまま動かなくなった。

「嫌な死に方だね。俺は美女に囲まれて死にたいな」

 屋根に膝をついたチャールズは、月明かりに照らされた敵を射抜いていく。


 乱戦になり、あの男ともジェームズともはぐれたスティーブは、一人奮戦していた。

 大男が二人、スティーブに目を付けた。

「お前がリーダーだな」

「そこそこの腕のようだなぁ。俺達が相手をしてやるぜぇ」

 頭の悪そうなニヤケ面で、右側の大男が戦斧を振り上げる。

 舐め切った大振りの攻撃に、スティーブの剣が擦り合わされる。

 バトルアックスを払い落とした剣が跳ね上がる。

 大男の首筋を深く撥ね切って、スティーブがその脇を駆け抜ける。

 そこへもう一人の大男が、両手持ちの大剣を横薙ぎに払う。

 頭を下げ、身を屈め躱したスティーブは、振り向きざま剣を振り上げる。

 グレートソードが迎え撃つかのように振り下ろされる。

 二人の剣が激しく咬み合い、火花と共にスティーブの剣が折れる。

 折れた刃は回転しながら遠く飛び、通りかかった盗賊の横顔に突き刺さる。

「ふぐぅ?」

 折れた剣に顔を貫かれた賊が、ゆっくり倒れた。

 勝利を確信した大男が、とどめとばかりに大剣を振り上げる。

 折れた剣を投げ捨てたスティーブは、怯まず体ごと突っ込んで行く。

 渾身のタックルが大男を捉え、そのままボロ家の壁に叩きつける。

 板壁をぶち抜き、二人は家の中へ転がり込む。

 ゴロゴロと転がり、素早く立ち上がったスティーブが大男を殴りつける。

 立ち上がりかけた処へ、渾身のこぶしが打ちおろされる。

 体重の乗った一撃に、大男の左目は腫れ上がり、目じりが切れて血が部屋に飛ぶ。

 大きく振りかぶったスティーブは、もう一撃拳を顔面に打ち込む。

「うっ! ぐぅ……ぬぅああっ!」

 盗賊も見せかけだけの体ではなく、大きな体はタフだった。

 意識を刈り取るのに充分な程の拳に、怯まず反撃に移る。

 丸太の様な右腕が、岩のような拳を突き上げる。

 スティーブの腹に大男の拳がめり込む。

「むぐっ……ふんっ!」

 まともに反撃を喰らってしまうが、スティーブも負けずに顔を蹴り上げる。

 それでも大男は立ち上がり、スティーブに殴りかかる。

 技も技術もなく、足を止めての殴り合いになる。

 どちらも防御を捨て、正面からねじ伏せようと、豪快に殴り合う。

 気合と根性で殴り勝ったのは、スティーブだった。

 カウンター気味に入った左が、大男を殴り倒す。

 激しく息を乱すスティーブの顎が上がる。

 息を整えながら、大男が落としたグレートソードを拾う。

「のんびり相手してる……ふぅ……暇は、ねぇんだ」

 倒れた大男にグレートソードを振り下ろし、スティーブは乱戦に戻っていく。

 まだまだ、敵はうんざりする程溢れていた。

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