第81話 雪山

 王都程ではないが、港町は高いコンクリートの壁に囲まれた、大きな街だった。

 その門には衛兵が立ち、人の出入りをチェックしていた。

 近付くと何か揉めているようだ。

 見るからに山賊か何かのような男達が、衛兵に怒鳴っている。

「見た目で街へ入れないってのはどういう事だよ」

「皇都へ行って、皇女の許可を貰って下さい。貴方達は街へ入れません」

 4人のならず者を連れた、熊のような大男が怒鳴っていた。

 門番は2人いるが、相方は他の旅人をチェックして通らせていた。

「ここは厳しいのですか?」

 男がロマンに訊ねる。

「はい。誰でも入れる街ではありません。あの人達は無理でしょうね」

 ロマンは商会の名で通れるそうだ。

 やはり沈む船から、拾っておいて良かった。


「衛兵如きが調子に乗りやがって。面倒くせぇ、押し通るぜ!」

 とうとう山賊風の男がキレた。

 大きな戦斧を振り上げ、連れの男達も武器を構える。

「あああっ、大変だぁ。助けに入りますか? 5人もいますよ?」

 ロマンが慌てて、衛兵の助けに入ろうと言い出す。

「いや、彼等はアレが仕事ですよ? 隣の相方も、自分の仕事をしているでしょう」

 見ると相方の衛兵は、変わらず他の旅人のチェックを続けていた。

「野盗のたぐいだとは思っていた。最近噂の山賊かな」

 衛兵は腰の剣に手もかけず、5人の前に余裕を見せ立っている。

「死ねぇ!」

 熊のような男が戦斧を振り下ろす。

 衛兵は左手のターゲットシールドの縁を、男の腹へ突き入れた。

「うっ……ぷぎゅっ」

 怯んだ大男の頭を掴み足を払って、壁に汚い髭顔を叩きつける。

「お、おかしらぁ!」

「テメェ、何しやがんでぇ」

 剣を持った男達が、一斉に衛兵へ襲い掛かる。


 振り下ろされる剣を、丸楯で払った衛兵が賊に蹴りを入れる。

「うっ……ぐぁ」

 腹を蹴られ下がった顔面に、追撃の蹴りが入る。

 鉄の脚当てを付けた蹴りが、意識を刈り取る。

 仰け反り倒れる賊に隠れ、一瞬衛兵の姿を見失った山賊の脇をすり抜ける。

 衛兵は右手で2人目の賊の襟を、掴んで突き上げる。

 仰け反る賊を背負い、腰で跳ね上げる。

 パッと見は、衛兵が片手で持ち上げ、投げ飛ばしたようにも見える。

 賊は鉄板を繋ぎ合わせたラメラーアーマーを着ていたが、頭から地面に落ちる。

 鎧では防御できないうえ、その重さでダメージは倍増する。

 残った2人は片手で仲間を投げた衛兵に、一瞬怯んで隙を作ってしまう。

 そこへ丸楯を全面に構えた衛兵が、低い姿勢で飛び込む。

「う、うわぁ!」

 賊は剣を突き出すが、当然楯の表面で滑り、あらぬ方向へ逸れていく。

 賊の足元に強く踏み出した衛兵の足が、体を上に突き上げる。

 目の前で急に軌道を変える楯に反応出来ず、丸楯は賊の顎に直撃する。

 賊の体が浮き上がったように見える程、強烈に突き上げた丸楯が顎を砕く。

「まぁ! ま、待ってくれ! 抵抗しない! ほら、もう抵抗しないよ」

 あっという間に4人が倒され、残った賊は武器を捨てて叫ぶ。

 自ら壁に向かって膝を着き、高く上げた両手も開いて壁につける。

「降参かぁ。そうもいかないでしょ」

 鉄の靴が跪く賊の後頭部へ叩き込まれ、壁にグチャっと顔が潰される。

 門の中からゾロゾロと衛兵が出てきて、賊を何処かに連れていく。

「町を護るのが衛兵の勤めでね。負けられないのよ」


「衛兵って強いんですねぇ。初めて見ましたよ」

 商会の名で町に入った一行は、宿へ向かって歩いた。

 捕り物を見たロマンは、まだ興奮しているようだ。

「まぁ、あの為に居る人達ですからねぇ」

 毎日体を鍛えて、訓練を重ねる精鋭が、衛兵となれる。

 飲んだくれている山賊なんぞが敵う訳もない。

 ゲームや漫画と違い、モブなどいない世界だった。

 やられ役のその他ではなく、町の治安を護る本物の衛兵がいた。

 商会の支店に着いた一行は、一晩休んで明朝出発する事にした。


 商会の宿舎に泊まり、ゆっくり休んだ男は荷物を整える。

 水と保存食を新しい物にして、ナイフなどの小物も補充する。

 厚手の上着に、毛皮のマントを羽織る。

 中が毛でモコモコして暖かい、革の手袋もはめる。

 指がかじかんで剣が握れないと、死ぬかもしれないので仕方ない。

「やはりオリビエ様は雪山へ向かったようです」

 早朝ロマンが男に、変わらない雪山行を伝える。

「じゃ、向かいましょうか」

「んぃ~」

 眠そうな目を擦りながら、リトが大きなザックを背負う。

「そういえば、雪山には何があるのですか?」

「レアメタルです」


 その山では貴重な金属や鉱石が獲れた。

 山に代々住む部族が、細々と採掘していた。

 少ない分、値も崩れず高い価値があった。

 山頂近くの集落に住む彼等と、3つの商会だけが取引をしていた。

 パラディ商会もその一つで、オリビエ自ら集落へ行っていた。

 大事な取引なのと信用もあるが、集落に会いたい女性がいたらしい。

 山は高く険しいが、危険な魔物も報告されていない。

 雪崩でも起きたか、事故に遭ったと考えられた。


 そんな話をして、2時間弱で雪山に着いた。

 ロマンを先頭に吹雪の雪山を登る。

「リト、登れるか? それ……潜ってないか?」

 リトを見ると、体の殆どが雪に埋もれていた。

「うぃ~、ウサギだから大丈夫。雪山は海より得意」

 顔だけ出してるリトは、思ったよりも平気そうだった。

 無理なら無理というので平気なのだろう。

 大きな刀の刺さった、大きなザックが歩いている様で気持ち悪いが。

 上の方に集落が見えて来る頃、漸く雪と風も治まりまり晴れて来た。

 膝まで厚く積もった雪の中、常緑の木々が立ち並ぶ。

 振り返ると光り輝く、真っ白な景色の向こうに海が見える。

 高くそびえる周りの山々と、眼下に広がる白い雪原。

 此処からだと蒼く静かに見える、何処までも続く海。

「ほぉ……」

 何時までも見て居たい、見事な大自然に溜息しかでない。

 男は海より山派だが、遠く水平線を眺めるのは好きだった。

 しかし景観を楽しみ、ゆっくりしている場合でもなかった。

 仕方なく集落を目指し、雪山を登る。

 男は、一行を警戒する目を感じていた。

 オリビエは事故ではなく、何者かに襲われたのだろうか。

 周囲を警戒しながら、人のいない、静かな集落に辿り着いた。

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