第80話 山賊奇襲

 荒れた海面に顔を出したら、波に呑まれてしまう。

 深く潜ったまま、沈む船に巻き込まれないように離れる。

 海に飛び込んだ男は、ロマンを掴んだまま必死に泳ぐ。

 その小さな体以上の、大きな荷物を背負ったリトがスッと前に出る。

 犬掻きと平泳ぎの中間のような、見た事もない変な泳ぎ方で進む。

 あれが兎泳ぎなのだろうか、着衣のままなのに凄まじく速い。


 男はなんとかロマンを掴んだまま、浜辺まで泳ぎ切った。

 砂浜にロマンを投げ捨てると、流石に膝を着き息を乱していた。

「はぁ……はぁ……しんどい。リトぉ、無事かぁ?」

「うぃ~。生きてるぅ。やっぱり、ちょっとだけ……重かった」

 リトも波打ち際に俯せ、ぐったりしている。

 砂浜に転がったロマンが立ち上がり、周りを見回す。

「よかった。ここなら分かりますよ」

 ロマンは一人だけ元気なようだ。

「すぐそこの漁村で休みましょう。先に行って準備しておきますよ」

 ロマンは近くに見える村へ走っていった。

「うっすら雪が積もってるな。よく生き残れたもんだ」

 男はリトのザックを背負うと、リトを肩に乗せ村へ向かう。


 静かな漁村で、宿はなさそうだ。

「こっちです。この家は知り合いの家でして。ささっ、入って下さい」

 雪国で泳いだ後なので、寒さに震えが止まらない。

 リトもプルプルしているので、遠慮なく中へ入れてもらう。

 老夫婦だけが住んでいて、殺意も悪意も感じられない。

「さぁ、荷物も降ろして下さいな。リトさんも担いで来たのですか」

「まぁザックは重いけど、リトは虫がたかってるようなもんですよ」

 重さを感じない程リトは軽かったが、何故か彼女は不機嫌になる。

「マスター。そういう時、コッチでは鳥っていう。日本は変」

 日本でも女の子を虫に例えたりはしないが。

「まぁまぁ、取り敢えず風呂へ入って下さい」


 ロマンの案内で裏庭に出ると、木の箱にお湯が張ってあった。

 沸かした湯を溜める、準備が面倒なタイプの風呂だった。

 冷たくへばりつく服を脱ぎ、リトと泡立つ湯舟へ浸かる。

「あぁ~……極楽~。ロマンさんも一緒にどうぞ」

 暖かい湯に痛みを感じる程、体が溶けていき、つい、声が漏れる。

「いえいえ。ゆっくり温まって下さい」

 ロマンが脇の大釜から湯を掬い、湯船にそっと足してくれる。

 リトも男の胸に頭をあずけ、目を閉じとろけそうな顔をしている。

「この辺りは水は出るのですか? 貴重だったりしませんか?」

「大丈夫ですよ。井戸も川もあります」

「そうですか。では後でココを貸して下さい。刀の手入れがしたいので」

「どうぞどうぞ。そうですね。海水に浸かったままでは、錆びてしまいますね」

 そこへ老人が庭に出て来た。

「こんなのしかないが、乾くまで我慢しておくれ」

 男とリトの着替えを用意してくれていた。

「ありがとうございます。突然ですみませんね」

「いやいや。婆さんと二人だけで、人が来るのは楽しいよ」

 そう笑顔で答えると、ロマンと二人で大きなたらいにお湯を溜める。

 泡風呂から出る時に、泡を流すお湯を用意してくれていた。


 風呂から出ると、食事の用意がしてあった。

「田舎なもんで、こんなのしかねぇが」

 老人が用意してくれたのは素朴で暖かいものだった。

 干物の焼魚と焼いた貝。

 メインはうどんのような物が入った鍋だった。

 潮汁のような魚介たっぷりのごった煮だ。

「ほぉ~、これは……うん。あったまる」

 男は目を細め、ご満悦のようだ。

 至れり尽くせりで眠くなるが、ゆっくりする訳にもいかない。

 男が武器の手入れをする間に、リトは服を乾かす。

 ザックの着替えも洗って暖炉で乾かす。

「リトさんって、色んな服を持ってますねぇ」

「マスターがたくさん買ってくれたの」

 リトが嬉しそうに答える。

 リトもいつの間にか、嬉しそうに見える表情が出来る様になっていた。

 食料も海水に浸かってしまった。

 食べられない事もなさそうだが、持っていくのはやめておいた。

「ここでも泊まれますが、どうします?」

 手入れが終わった男に、ロマンが訊ねる。

「予定していた街まではどのくらいですか?」

「海沿いの街道を歩いて、半日かからないくらいです」

「今からでも夜には着きそうですね。では、向こうで一泊しましょう」

 疲れてはいるが、街まで歩いてから休む事にした。


 乾いた服に着替え、老夫婦に礼を言うと、街道を港町へ向かう。

「雪が降る前に辿り着きたいですねぇ」

 空を見上げるロマンを引き留め、男が前に出る。

「リト。荷物を降ろせ」

「あい」

 ザックを降ろしたリトが、そっと木陰に入り姿を消した。

 男が剣を抜くと、街道に5人の男が出て来た。

 前に3人、後ろに2人。全員武器を持ち、ニヤニヤしている。

 追剥ぎか山賊か。

 しかしそれを確認する前に、囲まれるのを嫌う男が動く。

 問答無用で後ろの2人を、一息で切り伏せた。

「は? え? ええっ!」

 ロマンも山賊も驚きに目をみはる。

 肩から胸を裂き腹まで、もう一人は首筋を刎ね切られていた。

 2人共、完全に即死している。

「な、なんだ、お前は! 何者だ!」

 前方に出てきた3人の先頭の男が叫ぶ。

「こっちのセリフでしょう。山賊か追剥ぎか、意表をついて海賊か」

「山賊だ! 金目の物を置いてきなぁ……の前に殺すなよ!」

「結果は変わらないでしょうに」

 どっちもどっちだった。

 いきなり2人を斬り殺す非情さと、あっさり2人を倒した腕に山賊も腰が引ける。

「こんなことして、タダで済むと思うなよ」

「そうだ。おかしらが黙ってないぞ」

「今日の処は見逃してやるが、次は覚えてろよ」

 口々に小悪党なセリフを吐きながら、ジリジリと後退りする。

 ここで逃げた悪党がお頭と復讐に来て、面倒な事になるのが王道ではなかろうか。

 当然、男がソレを許す訳もなく。


「がびゅっ…」

 男が投げつけたダークが、山賊の一人に突き刺さる。

 生かしておかない。という強い意思を、喉に突き立ったナイフが語る。

「帰れると思っているのですか? 逃がす訳がないでしょう。リト」

「あい」

 名を呼ばれるだけで、その意図を察し兎は動く。

 叫び声もなく、生き残った2人の山賊が倒れる。

 後ろから気配もなく忍び寄った、リトのナイフで足首を切られていた。

 麻痺した山賊に男がゆっくりと近付く。

 命乞いも出来ない麻痺した体が、今更死の恐怖に満たされる。

 ごく短時間1分も持続しないリトの毒だが、トドメを刺すには充分な時間だった。

 面倒な増援が来る前に、山賊を奇襲して片付け街へ向かう。

「今日も良く出来たな。えらいぞ」

 歩きながら男が、リトの頭をくしゃくしゃと撫でて褒める。

「えっへっへ」

 笑顔も出来る様になってきたリトが、少し女の子のように笑う。

 チラチラと後ろの死体を見ながら、ロマンが続く。

 雪がちらつく頃、大きな港町が見えてきた。

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