第77話 馬車の旅

 装備を整えた男は、レイネとエルザに留守番を頼む。

「旅の間の性欲処理に、連れていくのはどうですか?」

 レイネがおかしな事をいいだした。

 確かに体だけは色気があり魅力的だが。

「リトがいるから必要ない」

 リトが勝手に断る。

 そもそもレイネは顔が羊そのものなので、欲情できなかった。

 特殊な性癖のない男は幼女も獣も、性の対象外であった。

「暇な旅の間の愛玩用に猫は必要でしょ」

 エルザも連れていって欲しいのか、レイネに対抗して主張し始めた。

「リトをでればいい。愛玩動物はウサギで間に合ってる」

 兎要素が殆どないが、リトが勝手に断った。

「うん……まぁ二人でのんびりしていなさい」

 男は無造作に銀貨を数枚、レイネに渡して旅に出る。


 ロマンの案内で商会の馬車に乗る。

 男が思っていたよりも、ずっと大きく乗り心地のいいものだった。

 幌馬車は横になれる程大きい物で、大人3人くらいは楽に中で寝られる物だった。

「ようこそ。馭者ぎょしゃのアルブレヒトです。港までのんびりしてください」

「よろしく」

 男が挨拶をしている間に、リトが荷物を載せる。

 長い野太刀を寝かせ、大きなザックを隅に降ろす。

「はぁ~、荷物も剣もでっかいんですなぁ。こんな剣、初めて見ましたよ」

 ロマンが目を見開いて、野太刀を見ている。

「剣じゃない。それは刀。マスターの国の武器」

 リトが冷めた口調で正す。

「へぇ~。こんなの振り回す人達の国ですかぁ。巨人族でしょうか」

 男の身長と変わらない長さの太刀を、振り回す人ばかりの国が日本になった。

 ……ロマンとリトの中では。

 一応、元々の日本人の身長は、3mあったという説もある巨人の国、日本。

 商会の人間の手で、水や食料が積み込まれていく。


「では、出発します。申し訳ありませんが急ぐので、少し揺れるかもしれません」

 アルブレヒトが声を掛け、馬車が走り出す。

 大きな馬車だが4頭立てで、かなりスピードが出ている。

 馬はサラよりも大きく、毛もフサフサしている。

 男は休憩中に触るのを、密かに楽しみにしていた。

 こちらの世界でも普通の動植物は、異世界と同じようなものがいた。

 向こうにいるものは、この世界にもいる。

 しかし、日本があった向こうの世界に居ないものも、こちらには居た。


 舗装していない道を、サスもない車輪で走る馬車。

 しかし男が思っていた程揺れなかった。

 何か不思議な魔法でもあるのだろう。

 これならば、快適な旅になりそうだ。

 何事もなく、西の辺境伯領に入った。

 馬車がとまり、馭者が荷台に声を掛ける。

「今日は此処迄です。野営しましょう」


 荷台から馬を外し、水をやって休ませる。

 その間にロマンが食事の支度をしていた。

 男とリトは、荷台でのんびりしていた。

「そういえば西の帝国が無くなったら、辺境伯も移動するのでしょうか」

 ふと男がロマンに聞いてみた。

「そうですねぇ。どこか南に移動でしょうねぇ」

 国境を守るのが仕事の辺境伯だが、国境がなくなったら意味がないだろう。

 あちこちで大変な事だ。

「大変でしょうねぇ。貴族様も領民も」

 しょせん他人事の男が、気の抜けた声で呟いた。


 用意された夕食はペンネの様なパスタだった。

「リガーテみたいだな。こんな所で食べられるとは思わなかった」

 久しぶりにパスタを見た男が、嬉しそうにしていた。

 ソースはバジルとポモドーロ、2種類作ってあった。

 さらにリトには焚火でじかに焼いた、トカゲ肉の塊が用意された。

 貴重な塩も豪快に使われている、何気に贅沢な食事だった。

「明日には王国を出て、旧帝国に入ります」

 食事をしながらアルブレヒトが、明日の予定を話す。

「暫くは何もない荒野が続きますが、草原に出れば港もすぐです」

「明日は一日荒野ですね。草原が見えるくらいまで、でしょうか」

 何度も通っているようで、ロマンが明日の野営地を予測する。

「まぁそんなとこですなぁ。まぁ、のんびりしていて下さい」

 リトは肉に夢中でかぶりついていた。


 翌日、街道の関所を通り、旧帝国領へ入る。

 王国有数の商会の馬車で、当然何事もなく通過できた。

 関所で無駄に足止めされたりはしなかった。

 関所を通らずとも、壁もないので入国は出来る。

 しかし街道以外は危険な野生動物や、魔物がいるので誰も通らなかった。


 帝国領はまだ、どうするのか決まっていなかった。

 北の評議国からは、高い山脈を超えなければ入れない。

 南の皇国との間には危険な大河があった。

 帝国へは海を通るか、辺境伯領を通るしかなかった。

 しかし全て王国が吸収するのも、隣国は納得いかない。

 さらに国民も、殆ど生き残っていない。

 結局旧帝国は、放置されたままになっていた。


 そんな荒野を海に向かって馬車は走る。

 当然人もいない筈だったが、何かが走っているのを見つけた。

「何でしょうねアレ……」

 男が遠くに見える何かをロマンに見せる。

 土煙を上げ、何かが走っているようだ。

 こちらに気付いたようで、近づいて来る。

 ダチョウのような動物に、人が乗っているようだ。

「ラトカスニソクと呼ばれる鳥ですね。走るのが速い鳥です」

 ダチョウかヒクイドリの様な、飛べない鳥のようだ。

 人を乗せて走れるような脚で蹴られたくはない。

「こっちに来ますね」

 男は近づいてくる、走る鳥を警戒する。

「追われているようです」

 ロマンが鳥の後ろに、馬の一団を確認した。

 長距離では馬の方が早いようで、距離が詰まっていく。

 鳥がこちらに向かっているが、後ろの一団が先に追いつきそうだ。

「助けますか? 後ろのは盗賊団かもしれません」

 ロマンが少し焦っているようだ。

「まぁ、そうですねぇ。多勢に追われる人物は、助けたくなるものでしょうね」

 男は滅多に使わない、ボウガンを取り出した。

 追って来る馬を狙いクォレルを放つ。

 ソレは見事に鳥を射抜き、跨っていた男が転がり落ちた。

 追いついた一団が、倒れた男を取り囲む。

 馬の一団が馬車を見ていたが、近づく気はなさそうだった。


「……」

 無言の男。

 頭の中が『?』で一杯になるロマン。

「あ、あの……今のは……?」

 たまらず声を掛けるロマン。

 黙ってボウガンを仕舞った男は、そのまま横になる。

「遠距離攻撃は苦手なんです」

 ボソッと恥ずかしそうに呟いた。

「え? ええ~!」

 見事に鳥を打ち抜いたが、失敗しただけだった。

「まぁ、急いでいる事ですし、見なかった事にしましょう」

「は、はぁ……」

「衛兵に追われる犯罪者ですよ。……きっとね」

 男は、別に正義の味方ではない。


 急いでいる中、追われる見知らぬ人を助け、事件に巻き込まれる。

 そんな王道とも言える話の広がりもなく、寄り道せずに馬車は港へ進む。

 ロマンが心配そうに、ずっと馬の一団を見ていた。

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