第74話 粛清

「黒幕が誰なのか。その指輪を何処で手に入れたのか。話して貰いますよ」

 ピエール伯は高い所から見下ろし、あざけわらってやろうとしていたのを後悔していた。

 上に登り、下にグリフォンを呼んでしまったので、逃げられない。

 アレは呼び出すだけで、従える事はできないものだった。

 グリフォンはただ暴れ回るだけだ。

「ひぃいいっ。た、助けてぇ。助けてくれぇ」

 ピエール元伯爵は降りる事も出来ず、喚き散らしている。


「あんなのを街に出す訳にはいきません。お願いしますよ」

 エミールは邪魔にならないように外へさっさと出ていく。

 一緒に戦うとか言われても困るが、アレに一人で勝てると思っているのだろうか。

「一撃でも喰らえば死にそうだなぁ。無傷で勝つか死ぬか……かぁ」

 見上げる程大きな怪物へ、バスタードソードで立ち向かう。

 掴み掛る前足の爪を避け、突き出されるくちばしを躱し前へ出る。

 左前脚を切り裂き死角へ、グリフォンの腹の下へ潜り込む。

 グリフォンの脚から血が滲む。

「ちっ、浅いか。硬いな」

 見た目より硬く、両断出来そうにない。

 暴れる鳥の脚と獣の脚とを避けながら、腹の下に居続け前脚に攻撃を集中する。

 鋭い爪のライオンの足が、蹴り上げ踏みつけて来るのを躱し、前脚に斬りつける。


 あし全体が脚、足首から先が足となります。

 太腿は脚、爪が生えているのは脚でもあり、足でもあります。

 紛らわしいですね。


 狙ってくる訳でもなく暴れる脚を、避け続けるのは結構辛いものがある。

 動きの予測が出来ないので、見てから反応しなくてはならない。

 しかも腹の下から出ないように、見つからないように避ける。

 避けながら左前脚に斬りつけ続けた。

 神経がすり減り、体力も削られる。

 狭くて自由に飛び回れないこの場所は、男に有利ではあった。

 しかし正面から戦ったら逃げ場もなく、大きなグリフォンの攻撃を避けられない。

「キョオオオオッ!」

 突如甲高い大きな叫び声をあげ、グリフォンが大きく羽ばたいた。

 砂煙が舞い上がり、何も見えなくなる。

 あの巨体で飛び立つには助走がいる。

 羽根だけで真上に飛ぶ事はできない筈だと、男は見ていた。

 グリフォンは脚の痛みにキレたのか力を振り絞り、身体が浮き上がる。

「飛ぶのか! いや、無理なはずだ」

 広い倉庫ではあるが、グリフォンが翼を広げると一杯になる。

 飛び上がった処で、動けずに降りて来るしかなかった。

 浮き上がる気配だけで何も見えないが、剣を肩に担ぐように構える。

 男は剣先に神経を集中して命懸けで待つ。

「キェエエエエエ!」

 悲鳴のように高く一声啼くと、グリフォンは男を押しつぶそうと降って来る。

 落ちて来る巨体に待ち構える剣が刺さる。

 切先が皮を裂き、剣にグリフォンの体重がかかる。

 それを待っていた男は手を放し、腹の下から飛び出し、転がり逃げる。

 グリフォンの自重じじゅうで長いバスタードソードが腹に突き刺さる。

 鍔元つばもとまで深く、剣が沈み込む。

「ギョエエエエエ!」

 グリフォンが血を吐き、苦しそうにき叫ぶ。


「ここだ。リト!」

 とどめを刺すチャンスと見た男が、グリフォンの正面に立ち叫ぶ。

「あい」

 後ろに伸ばした男の右手に、リトの背負う野太刀が握られる。

 リトが摺足で後ろに下がると、長い野太刀が抜刀される。

 振り上げた刀に左手を添え、大上段に構える。

「ギィエエエエエ!」

 怒りに狂ったグリフォンが男に襲い掛かる。

 一突きにしようと、クチバシを振り下ろす。

 万全の一撃ならば、男もどうしようもなかっただろうが。

 踏み込む前脚は斬り刻まれ、踏ん張りが効かず、長剣が腹を貫いている。

 迎え撃つ男が力強く踏み込む。

 野太刀をグリフォンの首へ叩きつけ、その巨体を薙ぎ倒した。

 そのまま男は前に駆け出し、とどめの一撃を放つ。

 一閃

 倒れたグリフォンの胸から腹を、駆け抜けた野太刀が切り裂いた。

 デロデロと中身がこぼれ出し、巨大な魔獣が息絶える。


「ふぅ……モフモフの毛皮とフワフワの羽毛。もったいない……」

 流石の男も連戦で疲れているようで、おかしなセリフが漏れる。

 刀を振り血を払うと、リトが受け取り丁寧に拭いをかける。

「いやぁ、さすがですねぇ。あんな魔獣まで倒してしまうとは……」

 呆れ気味にエミールが入って来て、倒れたグリフォンを見上げている。

「武器を持っていない城内で、こんなのを呼ばれず助かりましたね」

 ナイフだけでこんなのと戦うと、考えただけで震えが来る。

「そういえばピエールはどこでしょう。逃がす訳には……」

 リトが無言で指す先には、落ちて潰れたピエールだったものが倒れていた。

「残念でした。暴れたグリフォンに巻き込まれたようですね」

「仕方ありません。今回は姫が助かれば良いでしょう」

 男の言葉にエミールも諦めて、次の策を考えているようだった。


 獣人の奴隷二人は困惑していた。

 帰って来た男に長時間、好き放題にもてあそばれた。

 モコモコの羊毛も、フワフワの猫毛も、プニプニの肉球も弄り回された。

 猫の腹も、羊の太腿も、奴隷紋は真っ赤に染まりもせず。

 嫌がるフリも意味なく、感情は丸見えになってしまっていた。

「何これ……いっそ殺して」

 肉球をいじられるエルザは、ある意味虐待のような扱いに困惑していた。

 羊のレイネも、性的に責められる事もない扱いに戸惑っている。


 男が家に帰り、獣人達と戯れている頃。

 城では粛清の嵐が吹き荒れていた。

 姫の誘拐に加担した貴族達の粛清が行われていた。

 子爵男爵、伯爵まで、厳しく粛清されていった。

「一段落しましたが、不味い事だらけです」

 男がのんびり過ごす家に、エミールが経過報告に来た。

 問題になったのは、彼等の目的が分からないままな事らしい。

 権力の簒奪さんだつでもなく、国政や体制への不満でもないようだった。

 愉快犯と同じで、目的がはっきりしない犯罪は、防止も予測も難しい。

 誰かに操られているようではあるが、完全に催眠などの影響下にある訳でもない。

 誰が、何の為に、どうやって貴族を動かしたのか。

「何も分からず気持ち悪い結果になりました」

「まぁそんな事もありますよ。宗教的な何かかもしれませんしね」

「なるほど。それはあるかもしれません」

 余計な事を言った所為で、エミールが何か考え込んでしまう。

「ああ。そういえば彼は、侯爵はどうなりました?」

 面倒な事になる前に話題を変えるが、面倒を引き込んでしまう。

「それです。流石に証拠も揃わずに侯爵を処罰できなかったようです」

「それは……残念です……ね」

 エミールが嫌な目で男を見ている。

 面倒くさそうな事を考えている目で見つめている。


「はぁぁ。分かった。分かりましたよ」

 男は大きく溜息を吐き、諦めて動く事にした。

「このまま放置する訳にはいきません」

 エミールは身を乗り出して、男に迫っていく。

「ならば暗殺しかないでしょうね」

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