第73話 魔獣召喚

「目的が分かりませんが、4人いる侯爵の一人が企んだもので、間違いないと思われます。他の貴族も数人動いているようです」

 エミールの使っている隠れ家で、今回の計画について分かっている事を話す。

「王族の誰かが絡んでいたりはしないのですか?」

 エミールがカリム様を担ぎ上げたように、王位を渡せるような仲間がいるのではないか、と考えたが、彼等の目的がはっきりしないらしい。

「嫌がらせとしか思えません。どうなっているのか……」

 そこへエミールの部下から報せが入る。

「誰か連れて来たのですか?」

 男の問いに、エミールは苦しそうな表情で答える。

「ここまではしたくなかったのですが、姫の為なら仕方ありません。向こうの首謀者は、侯爵クロード卿で間違いないと思います。そこで彼の下で働く二人をさらってきました。彼等なら、姫の隠し場所を知っている筈です」

 大胆な事をしでかしていた。

 罪が発覚していない、侯爵の部下を攫って来ていた。

 拷問してでも姫の居場所を吐かせないとマズイ事になる。

「はぁぁ……仕方ありませんねぇ。拷問は余り好きでは無いのですが」

 少し楽しそうに立ち上がる男は、だとは言わなかった。


 椅子に縛り付けられた男達が、地下室に居た。

「どうです? 面倒なので話す気はありませんか?」

 男が声を掛けても、クロードの部下達は口を開きもしない。

「彼がいれば、拷問も少し楽なのですが……」

 男は迷宮で会った恵という男を思い出していた。

 自分に視線を集中させ、目を離せなくする不思議なギフトを持っていた。

 目の前に立たせ、ギフトを使わせたら話すしかないだろう。

 おっさんの汚いケツも何もかも、見せつけられたまま、目を逸らす事すら出来ないのならば。男も耐えられる自信はなかった。

 それができないのならば、少し痛い思いをしてもらうしかない。

「性的に責めて寸止めさせるとか気持ちよくて逆らえない、そんな方法もありますが時間がないのでね。覚悟は出来ていますよね?」

 男は小さなナイフを手に、縛られた一人に近づく。

「よくみていなさい。次はアナタにも同じ事をしますから」

 もう一人に話しかけながら、ナイフを耳の後ろへまわす。

 凄むでもなく、抑揚なく話す男には、何か不気味な気持ち悪さがある。

 そっと刺したナイフを、下顎に沿って反対側の耳の裏まで滑らせる。

 骨の上でもあり、傷は浅く、血も少し垂れる程度で、噴き出したりはしない。

「最後です。話す気はありませんか?」

 このくらいの痛みで口を割るような男達ではない。

 見ていたエミールも不思議で仕方がなかった。

 男がどんな拷問をするのか興味もあったが、この程度では何も話さないだろう。

 急ぎ姫の居所を吐かせなければならない。

 エミールが拷問官を呼んでこようとした時、男が信じられない事をした。


 ナイフで切れ目を入れたアゴに、指を捻じ込んでいく。

 唇に沿ってナイフを入れると、アゴから口へ指を通して皮を掴んだ。

 男は眉一つ動かさず、一気に顔の皮を剥ぎ取った。

「ヒアアアアアアアアアッ! いひぃああっ!」

「うわぁあああああっ!」

 つるんと顔が、頭が、後頭部まで皮膚が剥けて、赤い肉と白い筋が剥き出しになる。当然空気に触れるだけで、沁みるような痛みに悲鳴をあげる。

 それを見てしまった相棒も、予想外の驚きと恐怖に叫んでしまう。

 殴られようと、刺されようと、クロードの元で裏の仕事をしてきた二人は、耐えられる自信があったが、痛みの質が違った。

「素直に喋れば、殺してあげますよ。話さないなら、体中の皮を剥ぎます」

 顔を剥がされた男は、泣きながら殺してくれと哀願する。

「なんです、情けない。これからが楽しいのに……」

 まだ次があるらしい男が、残念だとナイフを置いた。

 相方は全てを話し、楽に殺してくれとねだる。

「話せば助けてやる……ではないのですね。流石です」

 続きを出来ずに残念そうな男の背中を、エミールが呆れて見ていた。


 姫の監禁場所が分かった処へ、ピエール伯爵の遣いがやってきた。

 城で出会った丸顔の伯爵も、独自に捜索していたらしい。

 誘拐犯達のアジトに使われている、倉庫を特定したという。

「分かれましょう。姫の奪還組はカリム様に指揮して貰います。お二人はアジトへついて来て貰えますか? そこにクロード卿も居れば、楽なのですが」

 どちらも王都内、隠れ家からそれ程遠くもない場所だった。

 侯爵の手勢とカリム様が姫を助けに、エミールと男とリトはアジトへ向かう。


 案内して来た伯爵の部下は、倉庫に着くと脇の小さな扉へ向かう。

「鍵を用意しておきました。ここから入れます」

 扉からエミールと男が入ると、後ろで扉が閉まる。

 上の方で壁と屋根の一部が開き、倉庫内に光が差し込む。

 何もない天井まで吹き抜けの倉庫で、二階部分に廊下キャットウォークのようなものがある。

 外側はレンガ造りだったが、内側はコンクリートで窓もなく、頑丈そうな建物だ。

 廊下に立って、二人を見下ろす小柄な丸いおっさんが一人。

「どういうつもりです。ピエール伯!」

 騙された事に気付いたエミールが叫ぶ。

「ひょほほほほ。貴方は邪魔なので、ここで消えて貰いますよ」

 見下ろすピエールは楽しそうだ。

「くそっ。まさかあの男も裏切り者だったとは」

 エミールは悔しがっているが、男は落ち着いていた。

「取り敢えず罠のようなので、ここから出ましょうか」

 慌てる様子もなく、男がのんびりとドアへ向かう。

「いや、そこは閉められて……え?」

 閉められた扉が、外から開く。

「なっ、はぁあ? 何しとるかぁ! 何故開けたんだ!」

「マスターの命令は絶対。ハゲの命令は聞けない」

 外から扉を開けたリトが顔を出す。

「あっ! お前はあいつの連れてた獣人か! いつの間に外へ出たんだ」

 扉を閉めた伯爵の遣いは、リトのナイフで足を切られ麻痺して倒れていた。

「あんな丸ハゲなんて、はなから信じていませんよ。リトは中に入れてません」

 男は最初からピエールを信用していなかった。


「んぬぐぐぐぅ……こうなったら。お前だけでも道連れにしてやる」

 ピエールは指輪を外し、投げ捨てた。

 床に落ちた指輪の蒼い宝石が砕け散る。

 大きな魔法陣が倉庫の床に描かれる。

「不味い! 召喚の魔法陣です。王都の中で魔物モンスターを呼ぶ気ですか」

 魔法陣から大きな鳥が召喚される。

「どうします? どちらかと言うと、逃げ出したいのですが」

「あんなものが街に出たら大惨事です。此処で倒して下さい」

 逃げたい男にエミールが、当然のように討伐依頼を出す。

「外だったら勝ち目がありませんが、この狭い倉庫ならば、どうにかなるかも知れませんね。しんどそうですが」

 大きな獅子とワシの体を見上げ、男が剣を抜く。


 その魔物はグリフォン

 大空を自由に飛び回る大空の覇者であり、鷲の上半身と翼に百獣の王、ライオンの下半身を持つ魔物の王者です。

 ライオンの4倍程の巨体として、インドの伝承に残されています。

 3500年前のインドからアジアへ、そしてヨーロッパへ伝わったようです。

 ギリシャ神話にも登場します。

 エチオピアが大好きな学者プリニウスは、伝説上の存在だとしています。

 しかしジョンは東方旅行記で、インドに実在する存在として紹介しています。

 カラスのように光る物を集めるようで、黄金が大好きです。

 嫌いなものは馬で、見掛けると引き裂かずにはいられません。

 下半身が馬のヒポグリフは、このグリフォンと馬の子だと言われています。

 グリフォンは馬を見ると殺してしまうので、ヒポグリフはあり得ないものの例えにされると言います。

 一説には牡馬ぼばは殺すが、牝馬ひんばは殺さないとも言われます。

 王族や貴族等、身分の高い層で特に人気があるモンスターでした。

 タペストリーやら市章、印章、紋章などに古くから使われてきました。

 人気の所為か、ドラゴンとも並ぶ強力な魔物とされています。

 見た目は、良く燃えそうです。

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