第72話 謀(はかりごと)

「……なんか食べる?」

 ほうけていた羊がボソッと猫に訊ねる。

「……うん。お願い」

 横に足を投げ出した猫が応える。

「肉食なの?」

 立ち上がった羊が、キッチンへ向かう。

「雑食よ。たぶん、なんでも食べられる」

 起き上がりながら猫が答える。

「そう……私と一緒ね。作るのが楽でいいね……」


 キッチンで料理を始めた羊が、猫に話しかける。

「エルザってアレよね。猫被りのエルザ」

 レイネがチラリと猫を見る。

「愛らしい猫の姿で金を騙し取ったり、王都で荒稼ぎして捕まったって」

「……そうね。たぶんソレでしょうね」

 エルザは否定せず、芋の皮をむく羊を見つめる。

「レイネって男喰らいのレイネよね。抱いた男を殺して食べるって」

「……そうね。でも人間は2人だけ……嘘は吐いてない」

 レイネは答えながら、芋と葉っぱとベーコンの炒め物をテーブルに出す。

 人間以外の獣人や亜人やらは、他にも殺しているようだ。


「アンタもあの孤児院出身なの?」

 エルザが、出された炒め物を食べながら訊ねる。

「やっぱりアンタもなのね。私はもっと東の町だけど、王立の孤児院ね」

 レイネが芋にフォークを刺しながら、溜息を吐く。

「あそこを出たら、死刑囚か奴隷しか聞いた事ないものね」

 二人共ろくでもない施設で育ったようだ。

 だからといって、罪も罰も変わりはしないが。

「見た? あの人の奴隷紋。見た事ない色してた」

 レイネがリトの奴隷紋を思い出して口にする。

 同じ獣人だからか、リトの方が年上だと分かるようだ。

「あの人が変なのか、マスターがおかしいのか」

 二人? の奴隷は大人しく、主人の帰りを待っていた。


 面倒な伯爵から逃れた一行は、やっと第2王子の部屋へ辿り着く。

 しかし、部屋の前でさらに厄介な人物に出会ってしまった。

「エドガー伯爵です……厳しい厄介な人です」

 エミールが囁く。

「うへぇ」

 カリム様も苦手なようで、あからさまに嫌がっている。

 ひょろりと背の高い老人だが、気難しそうな顔をしている。

 公爵と侯爵を睨みつけ、王子の部屋の前で諫言かんげんを始める。

「カリム様、その様な者を城内で連れ歩くとは何事です」

「いや、これはだな……その……あれだ……」

 苦手な相手のようで、カリム様はしどろもどろだ。

「エミール殿もいながら獣人まで連れてくるとは。御自分達の立場というものを…」

「部屋の前で煩いぞ。またお前かエドガー」

 捲し立てるエドガー卿を遮り、開いたドアから王子が顔を出す。

「これは失礼をレオ王子。しかしですな……」

「ああ。分かった分かった。今日は俺が呼んだのだ。許せ」

 王子にも噛みつきだす老人を、無理矢理黙らせ一行を部屋へ入れる。

 流石に王子の部屋にまでは入れず、老人はブツブツ言いながら去っていく。


「よく来てくれたエミール。カリムまで来てくれるとは思わなかったぞ」

 少しクセのあるハネた短い金髪に、エメラルドグリーンの瞳。

 作り物のように整った顔に、よく鍛えられた引き締まった体。

 第2王子レオはカリム様にもよく似た青年だった。

「もう大丈夫だ。彼等が刺客から護ってくれるさ」

 カリム様はこれで安心だと、楽観的に本気で思い込んでいるようだ。

「エミール様。質問が2つあります」

 男がエミールに声を掛ける。

「どうぞ」

 男がやる気を出してくれたようで、エミールも嬉しそうだ。

「王子達は実の兄弟なのか、レオ王子に兄を討つ気があるのかどうかの二つです」

「亡くなられた王妃と王の実子です。王子にそんな気はありません」

 エミールが簡潔に答える。

「ならば簡単です。王子を連れて、こっそり第1王子に会えば解決しますよ」

「流石に王子を暗殺するのはマズイのですが……」

 エミールが勘違いして困っている。

「いえ、会うだけです。隠し通路でも通って、さっさと行けば解決しますよ」

 もう解決したも同然だと、何故か男は自信たっぷりだった。

「一応侯爵家に伝わる、隠し通路がありますが……うちにも一つ伝わっています」


 4人いる侯爵家それぞれにひとつ。

 王城の隠し通路が伝わっていた。

 それを使って王子の元へ向かう。

 一度エミール邸へ入って、地下から王城へ続く隠し通路へ入る。

 男にリト、エミールと一応カリム様も、レオ王子を連れて隠し通路を進む。

「この道は今の第1王子リュカ様の部屋へ続いています」

 長い年月、人が使った形跡のない石造りの通路を進む。

 行き止まりの仕掛けを動かすと、石壁が開いて城内の部屋へ出た。

「そんな所にも通路があったのか。……ついに来たかレオ」

 部屋には青年が一人でいた。

 突然現れたレオ王子達にも、騒がず対応する。

 クセのないサラサラの金髪。

 華奢な細身で、少し濃い青、蒼い瞳の王子がいた。

 タイプは違うが、見比べると兄弟だった。

 よく似ている。

「そんなに俺が邪魔なのかリュカ」

「兄を討ちに来たかレオ」

 言葉を交わす兄弟だったが、何かおかしかった。

「待って下さい。リュカ王子がレオ王子を狙っていたのでは?」

 噛み合わない話に、エミールが間に入る。

「何を言っている。どうしても兄が邪魔ならば、討たれてやってもよい」

 兄、リュカ王子が両手を広げる。

「はっはっは、そうでしょうよ。これで解決でしょう?」

 男の言葉にエミールが、混乱している。

「は? どういう事です?」

「兄を殺したい弟は居ても、弟を殺したい兄など居ませんよ」

 男が笑いながら真実を告げる。

「では、踊らされていたと? 何故分かったのです」

 エミールは意味が分からないようで戸惑っている。

「当たり前の事ですよ。弟が居れば、誰にでもすぐ分かる事です」

 兄とはそういうものらしい。

 少なくとも、男はそう思い込んでいた。


 リュカ王子が傍に置き、秘書のように使っている若い女性がいた。

 子爵の娘で有能な女性だった。

 その女性が部屋へ飛び込んで来た。

「大変です王子!」

「どうしたブリジット。君らしくもないな」

 来客に気がついたブリジットは、慌てて頭を下げる。

 取り乱した事に耳を赤く染めて、緊急だと告げる。

「妹君が、カミーユ様が誘拐されました」

「なんだと!」 「ばかな!」

 二人の王子が同時に叫ぶ。

「やられました。お二人を争わせようとした奴等でしょう。すぐに追います」

 エミールは犯人に心当たりがあるようで、『奴等』と言った。

「エミール、どうする気だ。カミーユは無事なんだろうな」

 慌てるリュカ王子を、エミールがなんとか宥める。

「急ぎ行方を追います。お二人も来て下さい」

 男とリトを連れ、城を下がったエミールは、城下の隠れ家に向かう。

 姫を攫う強硬策に出た貴族達と姫の行方を手の者に調べさせる。


 10代半ばくらいか、豪華なドレスを着た娘が倒れている。

 後ろ手にロープで縛られ、床に転がされていた。

 鉄格子の嵌った小さな窓が、高い位置にあるだけの何もない部屋だった。

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