第71話 王城

 奴隷商では、街中を連れて歩ける程度に、身形みなりを整える店を併設していた。

 奴隷を売って、その支度でさらに小銭を稼ごう、という商売だ。

 男が購入した二人も、風呂で綺麗に洗って貰った。

 羊の方は背中の毛がメインなので、背中の大きく開いたワンピースを着せた。

 右側には大きくスリットが入り、太腿の奴隷紋が見える。

 猫の方は腹に奴隷紋があった。チップも込みで、中銀貨を渡して店を出る。


 王都で店を出している奴隷商は、攫ってきたりした奴隷は扱わない。

 全員死刑以上の犯罪者ということだ。

 そんな獣人を連れて歩くと、当然奇異な目で見られる。

 目立つ事を嫌う男だが、早く帰って肉球をさわる事しか頭になかった。


「羊の子は家事全般をよろしく。あとは留守番かな。そういえば名前もあるのかな」

 家に着いた男が、早速任せる仕事を話し始める。

「レイネです。あ、あの……私、人間を二人殺してますよ? 平気なのですか?」

 レイネと名乗った羊は、オドオドと声をかける。

「ん? そうですか。殺した人数が気になりますか? 戦争で人を殺してますから、二人くらいどうでもいい数です。そっちのネコは?」

 男は興味なさそうに、ネコに訊ねる。

「エルザ……です。喋るだけの猫なんで、何もできないけれど……」

「エルザね。君の仕事は弄り回される事です」

「は……え?」


 男は癒しの前に、機嫌悪そうなリトが気になった。

「仕方ありませんねぇ。特別ですよ? 触ってごらん。これがウールだよ」

 リトを抱き上げると、レイネの背中にうずめた。

 リトはそのまま動かない。

「ふぅおおおお」

 顔をうずめたまま奇声をあげるが、レイネの背から離れようとはしない。

「気に入ったようで何よりだ。さて……覚悟はいいかな?」

 男がエルザに手を伸ばす。

 喉元をくすぐり、頭を首を背中を撫でる。

 お尻へ伸びた右手がしっぽの付け根をコリコリと、左手は顎の下へ喉をクリクリと。いつの間にか腹を見せたエルザの、後ろ足がピクピクと宙を掻く。

 気持ちよさそうに目を細めるエルザの肉球をプニプニする。

「はぁぁ~。至福……」


 肉球を堪能していると、エミールが家に飛び込んできた。

 珍しく息を切らせハァハァいっている。

 乗り物も使わず走って来たようだ。

「ゆっくり、といったばかりで申し訳ありません。一緒に王城へ来てください」

「嫌ですが、何があったのです? 慌てていますね。今忙しいので後にして下さい」

 肉球を触るのはやめずに、男は用件も聞かずに断る。

「王子の暗殺計画があるのです。助けて下さい。すぐに来て下さい」

 思っていたよりも面倒くさい事になっているようだ。

 権力闘争に巻き込まれたくないが、今更エミールが負けるのも面倒だ。

「はぁ~……仕方がありませんね。行きますよリト」

 溜息を吐きながら、ウールにまるリトを呼ぶ。

「うぃ~」

 ウールを堪能して夢中になっていたリトが背から降りる。


「出て来ます。キッチンは自由に使って下さい。早速ですが、留守は頼みますよ」

「は、はい。いってらっしゃいませ」

 レイネが慌てて返事をする。

「奴隷ですか? まぁ好きにして貰って構いませんが。あぁ、武器は置いて行って下さい。王宮には武器は持ち込めません。まぁナイフくらいならいいでしょう」

 ナイフ1本あれば王でも暗殺できそうだと、男はこっそり考えたりしたが、素直に従い腰の剣と脇差に、リトの荷物も野太刀ごと置いていく。

 大きな武器は持っていけないようだ。

 まぁ王様がいるのなら、当たり前だが。

 武器を殆ど家に置いて、3人は城へ向かう。


「第一王子リュカ様が、第二王子のレオ様を暗殺しようとしていると、情報が入りました。王妃はお二人が幼い頃に亡くなり、国王も病にせています。毒を盛られたとの噂もありますが、今度は王子を狙って来ました。まだ無事ですが、お二人の下には妹君いもうとぎみのカミーユ様がおられます。これから会うのは次男のレオ様です」

 道中小走りのまま、エミールが王族の話をしてくれた。

「これはエミール様。馬車も従者もなしとは、どうなされたのです」

 城門の衛兵が声をかける。

「ああ。急いでいるんだ。開けてくれ」

 男とリトを連れ、王城へ入る。

 堅牢な城壁を抜けると広い中庭に出た。

 高い尖塔が左右に見える。

 右側の庭の奥には小さな畑が見える。

 左側の庭園は花壇が並んでいるようだ。

 正面には巨人族でもいるかのような、複雑な装飾の巨大な扉があった。

 昔ヨーロッパで見たり、砦代わりに使った古城よりも、立派な城だった。

 正面の正門から3人は急ぎ中へ入る。


「貴族達にも派閥があります。面白くない者もいるでしょうが、今は耐えて下さい」

 エミールが心配そうに男に願う。

「王城で貴族に襲い掛かるとでも思っているのですか? 大丈夫ですよ」

 男はエミールを安心させ、王子に会おうと促す。

「やりかねない。とは思っていますが、お願いしますよ?」

 結構失礼な事を考えていたようだ。

 そこへ早速面倒な人物が、待ち構えていたかのように現れる。


「エミール殿。そのような者達を連れてどうなされた」

 細身の初老の背の高い男が、エミールに声を掛けて来た。

 宝石の嵌った黒い杖を突き、ドイツ皇帝カイザーウィルヘルム二世の様な髭をしている。

「これはクロード卿。ご無沙汰しております」

 エミールが頭を下げ、丁寧な挨拶をする。

 かなり偉い貴族のようだ。

「貴方もクロカンド卿の後を継ぎ、侯爵となる身です。その様な輩との付き合いは控える事ですな。しかも城に入れるなんぞ、とんでもない事ですぞ」

 面倒くさい相手のようだ。

「おお、やっと来たのか。待っておったぞ。おや、クロードもいたのか」

「お知り合いですかな。公爵」

 困っているエミールを見かねて、助けに来てくれたのはカリム様だった。

 このクロードが上級貴族でも、王族である公爵には敵わない。

「その二人を連れてくるように頼んだのだ。3人を連れてレオ殿の部屋へ行く」

 渋い顔でクロードが、仕方なく脇へ避ける。

「そうでしたか。では、わたくしはこれで……」


「いやいや、助かりましたよカリム様。今のは4人の侯爵の一人、クロード卿です。まだ後を継いでいない私の爵位は騎士ですからね。追い返される処でした」

 流石のエミールも、あの男は苦手なようだ。

 場内に入り、無駄に広い豪華な階段を登ると、また別の貴族が寄って来る。

「これはカリム様にエミール様。おや。おやおや。こちらはどちら様で?」

 小柄な丸顔で体も丸い、髪の薄いおっさんが来た。

「ピエール伯か。彼等は我が護衛の者だ」

 カリム様が応対する間に、エミールがこっそり男に囁いて教えてくれる。

「ピエール伯爵です。金がある所為か、愛想の良い上級貴族です」

 ニコニコと擦り寄り、商人のように愛想笑いを崩さない。

「南のオークに、北の人魚も討伐されたとか。ご活躍ですなぁ。そちらは護衛の方ですか。流石に立派な戦士のようで。強そうですなぁ」

 カリム様がいる所為か、男にもリトにも好意的なようだ。

 引き籠りか軟禁状態だったカリム様も、討伐任務で名を上げたようだ。

 社交界では名が売れていなかった、セレブでないカリム様だが、見た目は逞しく、強そうに見えなくもない。

 実際の強さを知る者も少なく、担ぐ神輿には丁度いい人だった。


 先程のクロードとは別の意味で、面倒くさいのに捕まったようだ。

 何を探る気なのか、とりいる気なのか。

 執拗にまとわりついてきて、逃れるのに時間がかかってしまう。

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