第70話 報酬と癒し

 金龍が離れると、轟音を響かせ銀龍が倒れた。

 力尽きた男も倒れ、金龍の肩から零れ落ちる。

 男を柔らかく受け止めた金龍が、賢者も広い掌に乗せる。

「むぅ……まったく体が動かないのですが、賢者様?」

「ははっ、こちらも動けんな。参ったなぁ」

 まさに魂が抜けた様な顔で、銀龍は舌を垂らし倒れていた。


「そうだ、賢者のじいさん。この国の死者の、魂だかをどうにか出来ませんか。大量に死者が出ると、悪さをする魔族がいるのですが」

 国一つ壊滅したとなると、その魂を使って良からぬ事を企む奴等がいたりしそうだ。面倒事は早めに潰しておきたい。

「魂は祝福して、悪魔に利用出来なくするつもり……だったのだが、魔力が切れて動けんな。ははっ……これはマズイのぉ」

「くそっ……やっぱりけてやがる」


 男も賢者もドラゴンの掌で力尽き、起き上がる事すら出来ずにいた。

「仕方がない。今回は我等龍族のしでかした事だしな」

 金龍が溜息を吐き、代わりに祝福を与えようと言う。

「すまんのぉ。第4位くらいで充分だから」

 賢者も金龍に任せるという。


 金龍の空いている掌に魔法陣が浮かぶ。

 そこから白く光る柱が天に伸び、天使が舞い降りた。

 中性的な顔に金の長い髪、背に白い猛禽類の翼を持ち、純白のゆったりとしたローブを纏った、頭の上に輪っかのある、天使が静かに現れ降りて来る。

 荘厳な音楽でも聞こえてきそうな、幻想的な光景と清廉せいれんな気配。

 神聖なオーラに、男は吐き気がして気分が悪くなる。


「第4位の天使だ。絶対正義で動く化物だな」

 青い顔で苦しげに、何かに耐えながら賢者が囁く。

 隣の賢者も魔力が切れて、天使のオーラを防げないようだ。

 何かキラキラしたものが、天使から地上へ降り注ぐ。

 小さな光の粒が、元帝国の大地を埋め尽くしていく。

 やがて光は何か白いものと共に、天に昇っていった。

 気がつくと、いつの間にか天使も消えていた。

「これでいいだろう。帰るぞ」


 ドラゴンに送られ、アマゾンの村で休んだ男は帝都に戻る。

 エミールに用意して貰った郊外の家に行くと、エミールが家の前で待っていた。

「貴方という人は……いや、お帰りなさい。ドラゴンまで倒せるとは流石ですね」

 どこから情報が入っているのだろうか。

「いや。倒したのは賢者のじいさんですよ」

「ギルドが騒いでいますが、先ずはゆっくり休んで下さい。気が向いたらギルドへ顔を出して貰えると助かります」

 取り敢えずゆっくり休むようにと、エミールは大人しく帰っていった。

 アマゾンの村で休んで、身体はほぼ元通りに回復していた。

 家で一休みした男は、荷物を置いてギルドを覗いてみた。

 二人が顔を出すと、受付の女性が飛び出して駆け寄って来た。


「リトさんですよね! こちらへ。ギルドマスターがお待ちです」

 待ち構えていたようだ。

 ……嫌な予感がする。

 二階の部屋へ通された二人は、高そうなソファに座らされる。

「すぐ、すぐにギルドマスターが来ますので、ここでお待ちください」

 珍獣でも捕まえたかのように、スタッフが興奮している。

 王族でも来客するのだろうか、と思えるほど豪華な部屋だ。


 案内の女性と入れ違いに、体格のいい中年男性が入ってきた。

「クナミィスギルドマスターのマルクスだ。話はナイジェルに聞いている」

 スキンヘッドのいかつい顔で、顔の左側には、眉から顎まで伸びる、深く大きな傷が残っている。

「先に言っておきます。面倒事はお断りです。目立つのも断ります。それが聞けないのならば、ギルドを抜けます。それ以外なら話だけは聞きましょう」

 マルクスが話し出す前に、男が先制する。


「う、うぅ。しかしだな、ドラゴンを、しかも伝説の銀龍を倒したとなるとな……」

「倒した? あのじいさんがそう言ったのですね。賢者め……」

 大陸に二人しかいない、ギルドのSクラス。

 その一人、賢者ナイジェルが龍退治をリトの手柄として、ギルドに報告していた。

 なすりつけ合いでSランクに勝てる訳もない。

 龍退治はリトの手柄にされてしまっていた。

 しかも銀龍の死体もギルドに回収させていた。

「取り敢えず、銀龍から採れた素材の、一部の報酬を受け取って欲しい」

 綺麗な布を敷いた、派手で高そうな箱に入った、大金貨2枚を渡される。

 約3億円ちょい。

 やはりドラゴンの素材は金になるようだ。

「リトはSランクに昇格して、ドラゴンスレイヤーの称号がつくことになった」

 面倒な事を言い出した。

「断る。金は貰っておくが、リトはCランク以外の所属はしない」

 男は金貨だけ受け取るとリトを連れて、さっさと出て行ってしまう。

 あの賢者は次会ったらぶん殴ってやろうと決めた。


「金も入ったし、何か食い物を買って帰るか。暫くはゆっくりするぞ」

「にくぅ! マスター肉っ。リトにくがイイっ」

 腹が減ったのか、リトが飛び掛かって来そうなほど、跳ねて強請ねだる。

「そうだな。肉をたっぷり買おうか」

 店ごとでも買えそうだが、食材の前に気になる店を見つけた。

「ちょっと覗いてみるか」

 その店を見て、リトが嫌そうな顔をする。


 商店街の外れに奴隷商を見つけた。

 商店が並んでいるが、殆どは問屋のようなもので、個人への小売りではなく、行商人への卸売りが主だった。

 現代のような店舗が並ぶのは、まだ500年程先だろう。


 店を構えて商売している奴隷商なら、信頼できそうだ。

「うぅ~。奴隷ならリトがいるのにぃ」

 良い思い出もないだろうから、嫌がってるのだろうと思っていたが、予想外な理由でリトは不機嫌になっていた。

「留守番と家事を任せる奴隷を買うんだ。リトは一緒に行くからできないだろ?」

「うぃ~。リトはマスターといつでも一緒。留守番はできない」

 渋々納得したリトを連れ、地下の店に入っていく。

 実は男には欲しい奴隷がいた。


「ようこそ。今日はどんな奴隷をお探しで?」

 太った髭の男が声をかけてくる。

 奴隷商は皆、太ったおっさんなのだろうか。

「家事を任せたいのですが、獣人を希望します。羊がベストです」

 モコモコしたウールをモフモフしたかったのだった。

 しかし肉球も捨てがたい。


「それは丁度いい。羊の獣人がいますよ。しかも、家事向きです」

 案内された牢には女性の獣人がいた。

 薄汚れているが顔は羊のまま、頭から背中、腰までもっさりと毛に覆われている。

 人の様な乳房が胸に二つ。

 腹にも羊の乳房が6つあった。

 両手両足は、ほぼ人間で毛も生えていない。

 家事を任せるので、手に毛がないのは嬉しい。


「希望通りです。彼女を貰いましょ……おおっ!」

 隣の檻に凄い物を見つけた。

 黒く長いしなやかな、毛に包まれた大きな猫がいた。

 あのジャガイモの品種のような名前の猫のように大きい。

 ブリティッシュロングヘアのように、毛がワサワサしている。

「あ、あの猫も獣人……ですか?」

 必死に感情を抑え、男が猫を指さす。

「ええ。猫の獣人で、共通語も喋れます。なんの役にもたたないメス猫です」


 獣人の奴隷二人で中銀貨2枚と小銀貨1枚だった。

 猫より安い約8万5千円。

 どちらも問題アリの奴隷らしい。

 男は二人共購入すると、すぐに契約する。

 男はスキップでもしそうな程浮かれていた。

 猫を飼うのは何十年ぶりだろうか。

 モフモフと肉球。

 ついに癒しを手に入れた男は浮かれていた。

 しかし同じ頃、エミールも男の家へ走っていた。

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