第68話 金龍と賢者と銀龍
「待ってくれ。争いに来たのではないのだ」
ローブ姿の男が金龍の足元にいた。
「そうだな。急で驚かしたか。すまなかった」
金龍が人語を静かな声で話す。
男は息を吐き、武器を納めた。
「まぁ嘘を吐く必要もなさそうですし、出て来るのを待っていたようですね」
カリム様とマルコは、まだ動けず、口も利けない。
「頼み事があって待っていたのだ。しかし、怪我もしているようだし、疲れたろう。ひとまず近くの村で休んで、話を聞いて貰えないだろうか」
ローブの男が村へ誘う。
ドラゴン相手では戦っても、勝ち目がありそうにも見えない。
「寄り道しても構いませんか?」
男がマルコを振り向くと、まだ喋れないのか、カクカクと頷く。
洞窟から北へ。
評議国の村へついていく。
「これは……」
「初めてみました。実在したのですね」
髪の長い女性ばかりの村に案内された。
女性達は右の乳房がなかった。
見ただけで分かる程鍛え抜かれた体、出会う女性全てが戦士だった。
身分の高そうな女性が、一行を出迎える。
ここの長の女性と、その取り巻きは左の乳房がなかった。
「よく来た。まずはこちらでくつろいでいけ」
村の広場に宴席が設けられていた。
アマゾン
日本だとアマゾネスと呼ばれる、女性だけの戦闘民族です。
中世の終り頃、南アメリカの大河流域に、この部族の名前がつけられました。
身分の高い女性の子供は、盾を持ちやすいように左の乳房を切り取ります。
身分の低い女性は、弓が引きやすいように右の乳房を切り取るといいます。
ジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』等、さまざまな歴史書や旅行記に、彼女達アマゾンの記録が残っています。
ギリシア神話にも登場しまずが、出て来る度に殺される可哀想な役の部族です。
彼女達は年に一度、隣国のガルガレンシアン族と子作りをします。
産まれた子の中から、女子だけ育てるそうです。
毎年では戦士の村ではなく、妊婦の村になってそうですが。
アマゾンとは、乳なしという意味だという噂もあります。
一説では長髪のスキタイ人の男性たちを、ギリシア人たちが「乳なしの女性だ」
と見なした所為だとか。
髪が長いだけで女性には見えないと思いますが、そんな説もあるそうです。
乳のあるなしよりも、髪の長さを優先して、男女を区別する珍妙な説です。
地名だったり、買い物ができたり、「ア~マ~ゾ~ン」と叫んでた人もいました。
「乳なし」と言い換えると、おかしな事になりますね。
宴席に着くとローブの男が話し出す。
「そういえば名乗ってもいなかったな。失礼した。ナイジェルだ」
それを聴いたマルコがビクッと反応する。
「あ、あの~。まさか……賢者様……では~」
「ああ。そう呼ばれていた事もあるな」
「ひゅっ!」
マルコが変な声だか音だか出す程驚いている。
「有名な人ですか?」
男が訊ねると、マルコが激しく頷きながら教えてくれる。
マンセルくらいは有名なのだろうか。と、男は考える。
「人類を超えた叡智、賢者といわれ、今では失われた古代の魔法も使えるそうです。ギルドでは世界に二人しかいないSランクですよ。初めて会いました」
マルコは珍しく興奮気味だ。
「まぁ、それほどでもあるが。彼は古い友人の金龍だ」
「よろしくな。私の名はヒトには発音できない。死にぞこないの金龍でいい」
そうそう金龍に出会う事もないだろう。
名前がなんだろうと、種族名を個体名にしても問題なさそうだ。
賢者はアマゾンも紹介する。
「彼女はハティ、アマゾンの村の族長だ。そして情報を一つ。西の帝国が滅亡した」
「は? な……え?」
優秀な諜報員である流石のマルコも、頭の整理がつかなくなったようだ。
生きる伝説のような人物に出会い、ドラゴンとアマゾンに出会い、王国と敵対寸前だった軍事大国が、突然滅びたと言われた。
「エミールか。入りなさい」
「失礼します。父上、お聞きですか」
「ああ。銀色のドラゴンだと報告を受けた」
「ギルドのハンターにでも討伐依頼を出してみますか?」
「帝国兵3万が敵わなかったのにか? 人がどうにかできるものではなかろうよ」
「ですが、手をこまねいている訳にはいきません。帝国のように王国も蹂躙されてしまいます。何か手を打たなければ」
「だが、どうする。ドラゴンだぞ? しかも眠っていた筈の銀龍だ。人がどうにか出来た話なんぞ聞いた事もないぞ」
屋敷に帰ったエミールは、父の侯爵クロカンド卿と会っていた。
しかし、ドラゴンをどうにか出来る人材は王国にいなかった。
二人は国民の避難計画を相談しあっていた。
「雪山に眠っていた銀龍が目覚めたのだ。何故今、目覚めたのか分からないが、奴を止めなければならない。力を貸してくれぬか」
賢者は男に銀龍と戦えという。
「いやぁ、貴方の友人を見る限り、龍なんてどうにか出来そうにありませんが?」
呆れ気味の男が、ドラゴンを見上げながら答える。
「ドラゴンを倒せる魔法があるのだ。しかし、大きく複雑な魔法陣と長い呪文と特殊な触媒が必要でな。時間がかかる。その時間稼ぎを金龍と君に頼みたいのだ。今の我らだけでは銀龍は倒せないのでな」
何か引っかかる言い方だった。
暫く考えた男は、気になった処に気がつき、賢者に訊ねる。
「触媒とは? 何を使う気ですか?」
「うん、強い魂が必要だ。我らはもう歳でなぁ。奴の魂を砕ける程の強い魂がないのだ。そこで、あの人魚を利用した訳だな。あっ、人魚は偶然見つけただけだし、外に出ないよう結界も張ったぞ? 中に入る者がどうなろうと、知らんがな」
人魚達を倒せる者を、触媒に使おうと待ち構えていたようだ。
「国の為でも世界の為でも、この命を犠牲にしようとは思いませんよ」
男は命を差し出す気はない、と断るが。
「いやいや。ほんのちょびっと千切るだけじゃって。眠ればすぐ元に戻るさ」
嘘くさい話だが、金龍と銀龍が戦うのは見てみたい。
派手な魔法も見られるかも知れない。
実は男は、魔法が好きだった。
ファンタジー世界に行けたら、魔法使いになりたかった。
現実は対極の戦士だったが。
魔法どころか、戦闘に使えるチート一つない。
「騙されてる気もしますが、いいでしょう。付き合いますよ。じいさん達の介護と、触媒になるのが今回の仕事ですね。マルコさんはどうしますか?」
まだ正気に戻れないマルコに代わり、珍しくカリム様が貴族のように答える。
「我らは王都に戻ろう。人魚退治の報告をしなくてはな。エミールも慌てているだろうな。それに流石にドラゴン退治までは、手柄に出来ぬよ。無理があり過ぎる」
今日は、このアマゾンの村で休み、カリム様とマルコは王都へ。
賢者ナイジェルと金龍と男とリトは、西の帝国へ行く事になった。
「東の次は西ですか。忙しい事ですねぇ」
ぼやきながら立ち上がろうとした男が、急に倒れて気を失った。
「あ、忘れていました。なんか普通にしていたので」
慌ててマルコとリトが駆け寄る。
男は全身切り裂かれ、血塗れになっていたのを、皆忘れていた。
「そうだった。治療が先だったな」
賢者ナイジェルも、うっかり忘れていた。
やはり歳で
「面白い男だな」
アマゾンの族長が、男を楽しそうに見ていた。
ドラゴンを目覚めさせた者がいるのではないか。
大量の死者の魂が必要だったのではないか。
眠りの中で男は、魂を喰らうナニカの夢を見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます