第67話 人魚の女王

 水路脇の穴に棒を差し込むと、水路の天井が降りて通路になった。

「渡ってから通路が戻ったら帰れませんね」

「そうですが進むしかありません。此処に一人残る勇気はありませんから」

 一人待機したくないマルコは正直に告げる。


 暫く進むと、ひらけた場所に出た。

 所々、天井の割れ目から光が入り、奥の祭壇が見える。

 幾つかの東屋のようなものが点在している。

 小さな屋根のような物が付いた石柱だ。

 それを繋ぐように、細い石の通路が続いている。

 通路には壁がなく、下には水が溜まっているようだった。

 暗い水上に渡された、石の通路が祭壇へ続いているようだ。

 水中は暗く殆ど見えないが、水面が揺らぎ黒い影が動く。

 何かがいるようだ。

 落ちないように、慎重に渡って行く。


 通路の途中、東屋の一つで、人魚の死体を見つけた。

 ここでは擦り抜けられず、ナピが始末していったのだろう。

 肉に何か混ぜたようだ。

 傷が見当たらないが死んでいる。


 祭壇に辿り着いた一行を人魚の女王が出迎える。

 ゆっくりと1メートル程浮き上がり、薄い羽衣の様なヒレをなびかせ泳ぐ。

 上半身も乳房とヘソ以外の殆どを鱗が覆っていた。

 顎の辺りまで硬い鱗に覆われた女王が、体を起こし一行を睥睨へいげいする。

「これをどうにかしろと?」

 女王の謁見に、嫌な汗が垂れる。

「大きいとは聞いたのですが……」

「いやぁ……コレは無理だろぉ」

 柱の影に隠れたマルコとカリム様も呆れ顔であった。

 女王の顔だけで、1メートルはありそうだ。

 男を一口で丸飲みできそうな口には、鋭い牙が見える。

 アリゲーター以上。

 大型のクロコダイルくらい、7メートルはありそうだ。

 空飛ぶクロコダイルは、目の前の男を敵と認識したようだ。

 目が怪しく光り、敵意に満ちる。


「キョオオオオ!」

 岩場から海へ飛び込むかのように、高く叫んだ人魚が男に飛び掛かる。

「くそっ!」

 バスタードソードを抜いた男に、女王の鱗に覆われた右手が迫る。

 剣を当て逸らして躱そうとするが、その勢いは殺せず右手が振り抜かれる。

 物凄い勢いで男が祭壇のを飛んでいく。

 自ら跳びはしたが、かなりの距離をはじきとばされ、壁際まで転がされる。

 立ち並ぶ太い石柱の間を、女王がドルフィンキックで泳いで迫る。

 ひと泳ぎで進む距離が違うからか、もの凄いスピードで女王が泳ぐ。

「いっつぁ……くそっ。うぉっ! ちょっ、待てっ……」

 爪に切り裂かれ、叩き飛ばされ、裂傷、打ち身、擦り傷と。

 一撃ですでに血塗ちまみれ、傷だらけにされた男がなんとか立ち上がる。

 そこへ猛スピードで、女王が顔から突っ込んでいく。

 休むどころか痛がる暇もなく、男は無理矢理体を動かす。

 女王に背を向け壁に向かって跳ぶ。

 壁を蹴り上がり、胸を軸に後ろへ反り回る。

 女王は顔から壁へ豪快に突っ込んだ。

 その上へバク宙して避けた男が落ちて、剣を振り回しながら背を滑っていく。

「ちっ! 無理かぁ」

 ヌルヌルの粘液だけでなく、鱗が鉄のように硬い。

 斬りつけながら尾の先まで滑り落ちたが、鱗には傷一つ付いていない。

 壁が大きくへこむ程の勢いで、おもいきり突っ込んだ人魚の女王が、崩れた石壁の瓦礫を撒き散らしながら振り返る。

「顔まで頑丈なのかよ」

 優雅に身をひるがえし、人魚の女王が男に飛び掛かる。

 女王が突進しながら、横から薙ぎ払うように左手を振る。

 右手も振りかぶって追撃の準備に入っている。

 受けても避けても、引き裂かれるか潰されるかだろう。


 男は迫る左手に向かって走る。

 人一人を包み込めそうな程、大きな手へ向かって跳ぶ。

 その指の間、わずかな隙間を潜り抜けた。

「そこもダメか」

 擦り抜けながら指の間に剣を滑らせるが、傷もつかなかった。

 しかし男は止まらない。

 女王の左手に沿って走り出す。

 蚊を叩き損ねて見失うように、自分の左腕の影に入った男を女王は見失った。

 その一瞬の隙に腹まで、男は一気に駆け寄る。

 バスタードソードを鱗のないヘソへ突き刺す。

 体全体を使って、剣を突き上げる。

「キョオオオオオッ!キュワアアアッ!」

 流石にそこは痛かったようだ。

 叫び声を上げて、のたうち回る。

 当然男はとどめを刺すまで、油断せず、止まりもしない。

 引き抜いた脇差を胸に突き刺す。

 肋骨をすり抜け、刀が人魚の心臓を貫く。

 人魚も最後の力を振り絞り、自分の胸を貫く男を掴んだ。

 胸の筋肉がギュッと締まり、刀も抜けなくなる。

 剣の様な爪が体を切り裂こうとするが、男は怯まず刺さった刀を捻じる。

「ギョブッ……グギョオオオォ」

 女王の胸から血が噴き出す。

 ゴボッと吐血した女王から一気に力が抜けた。

 根元まで捻じ込んだ脇差を引き抜くと、浮いていた人魚の体が床に横たわる。

 心臓の鼓動が止まり、噴き出した血も溢れ出すだけになった。


 脇差を片手に、倒れた人魚に足をかけ、突き刺した剣を引き抜く。

「ふぅ~……しんど。シャワー浴びたい」

 男がそのまま崩れるように倒れる。

 リトが駆け寄り、応急手当を始める。

 手際よく傷を洗い、消毒して止血していく。

 菌もウィルスも見つかっていないので、この世界には消毒も殺菌もないが。

 自作して持ち歩いている消毒液をたっぷり使う。

「はぁぁ~。こんなの人がどうにか出来るもんなのかぁ。凄まじいな」

 柱の影から出て来たカリム様が、倒れた人魚の女王を呆れて見ていた。

「おめでとうございますカリム様。貴方の倒した獲物ですよ」

 男がからかい半分に手柄を渡す。

「コレを倒した事にするのかぁ。怖くなってきたなぁ」

 カリム様は少し後悔してきたようだ。


 その頃西の帝国軍3万は、北の雪山で全滅していた。

 自ら兵を率いた帝王ニクラスも戦死していた。

 その相手は帝国領を飛び回り、兵のいない国内を暴れ回った。

 冒険者ベンチャー狩人ハンターも軍隊が敵わない相手に何も出来ず逃げ出した。

 帝都も壊滅し、要人も殆どが殺されてしまう。

 帝国滅亡の報がエミールに届く。

「国を亡ぼす程のモンスターなんぞ、どうしろというんだ。流石にあの人でも……」

 そんなモンスターをどうにか出来たら、その男は一人で国家を滅亡させる事が出来る事になってしまう。

 実際には無理でも、そんな力があると広まるのは厄介だ。


 なんとか洞窟を抜け出した男を、絶望が待っていた。

 共和国で見かけた金色こんじきの鱗、10メートルを超える巨体が待っていた。

 ティラノサウルスのような巨大な爬虫類のような姿。

 太い尻尾と大きなコウモリの様な翼を持っている。

 爪も牙も鋭く、牙一つが男の体と変わらない大きさをしている。

 世界一有名なモンスターであろう、最強の生物ドラゴンだ。

 カリム様もマルコも、リトさえも動けず、声も出せないまま見上げてしまう。

 男は左手の脇差を突き出し、右足を後ろに引き、右手の剣を立てて構える。

 右足に体重をかけ、飛び込む気のようだ。


 龍、ドラゴン、竜

 説明の必要もないほど、有名なモンスターです。

 ファンタジーといえばドラゴン。

 そう言っても過言ではない程のモンスターですね。

 最強の一角をにな魔物モンスターです。

 印章や紋章にも使われ、世界各地で神話、伝承に語られています。

 翼を持たないもの、四つ足で腹這いのもの、蛇のようなものやワームだったり。

 色も赤黒白緑金銀銅等々。人語を話せたり、独自の言語や魔法もあったり。

 見た目も能力も多種存在しますが、どの国でも強さはほぼ頂点にいます。

 力強く頭もよく、その鱗は鉄よりも硬いといわれます。

 一部は生物ですらなく、神として崇められていたりもします。

 歴史は古く6千年前から存在していたそうです。

 エジプトのピラミッドと同じくらい昔からといわれます。

 その後4~5千年前から、神話に登場するようになりました。

 ドラゴン程有名ではありませんが、古い物としてアボカドがあります。

 7千年前から栽培されていて、3千種もあるそうです。

 アボカドは果物界のドラゴンですね。

 アボガドではなく、アボドで、カに濁点はつきません。

 東洋の龍のノドには、有名な逆鱗げきりんが生えています。

 弱点の鱗を守る為、それを囲む様に逆さに生えた鱗が逆鱗です。

 勘違いされがちですが弱点ではなく、弱点を守る鱗が逆鱗です。

 逆鱗はなんと49枚あります。

 触ると龍は怒るので、触れないように気を付けましょう。

 怒らせた場合は、もう諦めるしかありません。

 命も国も、すべてを。

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