第66話 古代人の遊び心

 人魚を倒した二又になっている所で、一休みしているとマルコが戻って来た。

「お待たせしました。彼女とパブロは入口に置いてきましたよ」

 イザベルに手を貸し、怪我をしたパブロを入り口に運んで戻って来た処だ。

 仲間を探すだの、死んだジュールを置いて行けないだのと、さんざん騒いだ彼女を、マルコがなんとか宥めて連れて行ったのだった。

 イザベルは6人組の中で、結局一人だけ無傷で生還している。

 何か不思議な力にでも、守られているのだろうか。

「残り5体前後の人魚が、まだ奥にいるかもしれない訳ですが……リト」

「動かないで。逆らわなければ殺さない……たぶん」

 洞窟の暗がりから立ち上がる人影があった。

 股にナイフを突きつけられている。

 男のすぐ脇に座っていたリトが、いつの間にか忍び寄り、影に隠れていた何者かにナイフを突きつけていた。

「そんな処で隠れていないで、こちらでお話しでもしませんか」

 男が気味の悪い、落ち着いた丁寧な言葉をかける。

「た、助けてくれ。殺さないで。少ないが、腰の革袋に幾らか入ってる。それを持っていっていいから。命だけは許してほしい。頼むよ」

 命乞いをする男は、警備係の人魚3体よりも奥から来た。

「怪しさしかありませんが、まぁ話をしましょう。こちらはギルドの依頼で人魚討伐に来ています。あなたは討伐対象ではありませんが、何者ですか?」

 強盗か何かだと思っていた男は、少し安堵したように話しだした。

「俺はナピ。評議国のギルドに入っているCランクの探索者シーカーだ。隠密だけが取り柄で戦闘は苦手なんだ。頼むよ、ナイフを降ろしてくれ。そこを切り落とされると、まだ困るんだ。なんでも話すからさ」

「リト。放してやれ」

 ナイフをしまったリトは、男の脇に戻っていく。


「いやぁ凄いな。モィスを3体も倒すなんて。初めて見たよ」

 隠れて見ていたナピは、少し興奮気味に話す。

「戦闘が苦手だという割に、奥から来ましたが。何をしていたのですか?」

 ナピからは殺意も敵意も感じられない。

 話と、その目の感じだと、嘘も言っていないようだと男は感じた。

「アイツらは肉を放り投げると貪り喰うんだ。その後暫くは飛べなくなるんだ。その間なら、爪に気を付ければ仕留めるのも、やり過ごすのも楽なんだよ。まともに戦うのを初めてみたよ。ここは昔の祭祀場だったんだ。ある学者の依頼で、祭壇と近くの石碑を調べに来たんだよ。その帰りに捕まったわけだ」

 まともにやりあう必要はなかったようだ。

「いやいやいや。知りませんでした! 本当ですよ」

 マルコが慌てて手を振る。

「別に責めていませんよ。ナピさん。残りの人魚が何体いるかわかりますか?」

「奥にクィーンがいたけれど、それ以外だと……残りは3体……かな」

 イザベルさえいなければ、どうにかなりそうだ。

「干し肉なら少し持って来ていますよ。これで楽できそうですね」

 マルコが干し肉を出しながらフラグを立てる。

 リトが干し肉をジッと見ていた。

 見張っておかないと、使う時になって肉が無くなっていそうだ。


 奥に進むという男達と別れたナピは、出口に向かって一人歩き出す。

「まさかモィスを一人で倒せる人間がいるなんてねぇ。剣を持ってたから、賢者様じゃないだろうし。世界は広いねぇ。討伐って言ってたけど、クィーンに見つからないといいね。悪い人達じゃなかったし。3体倒して、上手く逃げるだろうね」

 ナピは人魚討伐に女王は含まれないと、勝手に思い込んでいた。

 アレに挑む人間がいるとは、考えてもみなかった。

 女王に見つからず仕事も済んだし、ならず者に捕まっても無事解放された。

「今日はツイてるな。早く帰って一杯やろう」

 少し浮かれ気味でナピは帰って行く。

 出口で怪我人を連れた、頭のおかしい女に絡まれる事にはなるが。


 分かれ道の片方は行き止まりだった。

 岩の裂け目が奥に続いていそうだが、人が通れるような穴ではなかった。

 仕方なく戻り、別の道を進む。

「しまった。失敗したか」

 道が途切れていて、男が舌打ちする。

「あ~、仕掛けも聞いておけばよかったですねぇ。うっかりしていました」

 マルコも仕掛けが生きているとは思っていなかった。

 ナピがわざわざ元に戻していった訳でもないだろうに、彼が通ったはずの道がなくなり、水の溜まった水路になっていた。

 小石を放り込んでみたが、かなり深そうだ。

 真っ暗な中、泳ぐ気にもなれない。

「仕方ありません。仕掛けを調べてみましょう」

 マルコが辺りを調べ始める。

 男は何かやらかさないように、カリム様を連れて少し離れる。


「ここに何かを嵌めるようですね。似た仕掛けを遺跡で見た事があります。何か棒のような物がどこかにある筈です。それを嵌めれば道ができます。その棒は魔法で元の場所に戻り、道が閉ざされる仕掛けのようです」

 古代の人は遊び心があったのか、面倒な事をしてくれたようだ。

 灯りが当たらず見難い場所に、下への階段があった。

 仕方なく降りていく。


「居る。二匹」

 リトが囁くように警告する。

 下の階に降りると、石造りの通路が続いていたが、人魚もいた。

「早速試してみましょう」

 マルコが干し肉を先の通路に撒いて来る。

 臭いでもするのか、人魚がフラフラと干し肉に寄って来る。

 2体の人魚は干し肉を貪り喰らい、話の通りに動かなくなった。

 人魚達は通路に寝そべってモゾモゾしている。

 ヌルヌルした粘液も少なく感じる。

 男はバスタートソードを抜き、寝そべる人魚を突き刺した。

 声をあげる間もなく、二体の人魚は貫かれて即死する。

「これは楽でいいですね」

 まともに闘うよりは楽だが、普通は声も出させずに仕留めるのは簡単ではない。

 マルコもカリム様も、そこはツッコミなしでスルーした。

「後1体とクィーンだな。どんなんだ? クィーンってのは」

 少し余裕が出てきたか、カリム様がしゃべりだした。

「他の個体より大きいそうですよ。上半身にも鱗が生えてるとか」

 マルコが答える。


 吹き抜けになった大きな広間に出る。

 中央の石像が、木製に見える棒を持っていた。

「女神像……でしょうか。不思議な材質の棒ですが、恐らくコレだと思います」

 石像を調べていたマルコが棒を手に取る。

「マスター。上!」

 リトの声に皆上を見上げる。

「うぉ、人魚が上から……」

 騒ぎ出しそうなカリム様を、マルコが必死に止めていた。

 上の階から、人魚が降って来ていた。

 ゆっくり、ゆっくりと、人魚がウネウネと降って来る。

 上階の穴に落ちたのだろうか、やはり高くは飛べないようだ。

 女神像の部屋へ、人魚がゆっくりと降りて来る。

 松明の淡い光の中、人魚が女神像の上に降りて来る。

 幻想的な光景に、男は剣を立て下から突き上げて待つ。

 決まった高さでしか、動けないようで、ゆっくりと剣の上に落ちて来る。

 逃れられない、のたうつ人魚がバスタードソードに貫かれる。

「キュイイイイッ!」

 ついうっかり穴に落ちた人魚は、下にあった剣に刺さり、鋭い叫びをあげる。

 恥ずかしい死因だが、絶妙なタイミングで見つけてしまったので仕方がない。

 女神の棒を持って、上階に戻る。

 これで先に進めるといいが、面倒な仕掛けはやめてほしいものだ。



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