第64話 洞窟の人魚

「やってくれたなカリム様」

 またしても面倒を背負い込む事になった男は、戻ったら祝福かお祓いにでも、行った方がいいかと少し本気で悩み始めた。

 戻って来た二人と食堂へ行くと、見知らぬ若者が3人同席するという。

 3人共20代前半位に見える。

 一人は女性で大人しそうだが、面倒くさそうな目をしている。

 男二人はよく鍛えている体格をしているが、顔が問題外だった。

 冒険者の顔ではない。

 人のよさそうな、間の抜けた顔だ。

 詐欺師に玩具おもちゃにされそうな、ゆるみきった二人だった。

 マルコを見ると、申し訳なさそうに俯いている。

 またカリム様が余計な仕事を増やして、マルコは止められなかったのだろう。

「はぁ……仕方のない人ですね。先に食事にしましょう。面倒事はその後です」

 トリの香草焼き、芋とはっぱを蒸した物、豆と芋虫のスープ。

 リトには大トカゲのステーキ。

 トカゲ以外はどれもパッとしない味だった。

 海も高い山もない王国では、塩がとれないそうだ。

 どれもこれもなんか薄く、味に締まりがない。

「この辺では塩は貴重だったりしますか?」

 男はマルコに聞いてみる。

「そうですね。ここのような村では、中々手に入らないでしょうね。東西の国境近くや王都でしたら、値の張る物でもなく、普通に手に入りますが。殆どの塩は、東西の帝国と共和国で作られています。共和国では岩塩も採れます」

 胡椒どころか塩が貴重な地域だった。


「さて……仕方がないので話を聞きましょうか、カリム様」

 カリム様が今回は大丈夫だ、と言わんばかりに、得意そうに話しだした。

「この者らはギルドの依頼で、北の洞窟へ調査に行って来たのだ。中の様子や魔物の情報が聞けるだろうと、連れて来たのだ。中に取り残された仲間を助けに行きたい、と言うのでな。一緒に連れて行ってやる事にした」

 これはもう殴っても、許されるのではないだろうか。

 他人に見られていたら、カリム様の手柄にできないのを、忘れているのだろうか。

「ジュールです」

「パブロです」

「イザベルです。あ、あの、仲間を助けたいんです。お願いします」

 3人が順に名乗る。

 やはり最後に名乗った女性は面倒くさそうだ。

 ぐっとこらえた男が3人に訊ねる。

「いつ戻ってきたのですか?」

「え……あ、4日前です。王都に帰れず、洞窟にも戻れず、この村に……」

 ジュールと名乗った若者が答えた。

「ギルドでは全滅したと聞きました。報告していないのですか?」

 生き残りがいるとは聞いていない。

「あ、その、仲間がまだ洞窟にいるので、戻れなくて……」

 ジュールの話し方にもイラッとするが、報告すら出来ないとは呆れた冒険者だ。

 男には彼らの目的が分からない。

 どうしたいのか分からないので聞いてみた。

「洞窟へ同行するという事ですが、目的は遺品回収ですか?」

 男の問いにイザベルが立ち上がる。

「まだ生きてます! 皆きっと助けを待ってるんです!」

 面倒なイザベルが叫ぶ。

「落ち着けよイザベル。すみません。洞窟に残された仲間は3人。僕らは6人組のDランク冒険者ベンチャーでした。中で襲われ、僕らだけ洞窟から逃げ出せました」

 ネズミみたいな顔でオドオドしているパブロが、一番まともに話せるようだ。

 狡猾な感じを抱かせない、不思議な間の抜けたネズミ顔だ。

 6人でどうにもならなかったのに、3人で4日も放置して生きている訳がない。

 助けにもいかず、報告もせず、ダラダラと何をしていたのだろう。


「中にいるのはどんな魔物ですか」

 男は面倒になったので仲間の話は忘れる事にした。

 一番まともに話せそうなパブロに問いかける。

「人魚よ! 人魚がいるの!」

 イザベルが割り込んで来る。

「え~……パブロ君。お願いできるかな?」

 男はあまり気の長い方ではない。

 もうこの三人は埋めてしまった方が、楽なのではないだろうか。

 そんな物騒な事を考え始めた男に、パブロが説明を始める。

「おそらくモィスと呼ばれる魔物だと思います。空中を泳ぐ人魚です。人間の女性の上半身に魚の下半身を持っていて、鋭い爪の生えた大きな手で、人を襲って食べます。余り高くは飛べないようで、腰から胸くらいの高さに浮いています」

 聞いた事のない魔物だった。

 丘のラキスのように、あの迷宮内と違い、この世界には固有の魔物がいるようだ。

「それが群れをなしているのですね。何体くらい居るか分かりますか?」

 話に割り込みそうなイザベルを、ジュールが止めてパブロが答える。

「魚っぽいのに卵生ではないそうで、繁殖は緩やかだといいますから、群れといっても数体だと思います。多くても8体くらいでしょうか。しかし、奥にはクィーンと呼ばれる個体がいると思います。ぼくらが襲われたのは3体でした。6人で一体なら相手をできるくらいの強さなので、どうにもならず逃げました」

 男の持つ人魚のイメージとは大分違う魔物のようだ。

 6人がかりで1体とは、強すぎな気がする。

 それを一人でどうにかしろというのだろうか。

 荷物が4人もいるのに?


 頭が痛くなってきた男は、明朝出発しようと話して部屋へ戻った。

 部屋へマルコを呼び、明日の打ち合わせをする。

「申し訳ありません」

 部屋へ入るなりマルコが謝る。

「いえ。まぁ、仕方がありません。遺体か遺品でも見つけて、彼等は入口辺りで待っていて貰いましょう。その間に奥までいきましょうか」

 面倒事が増えたのは仕方がない。

 男はすでに頭を切り替えていた。

「ありがとうございます。モィスという魔物ですが、アレはもう少し北の連邦に生息していた筈です。連邦が崩壊して評議国となったようですが、まだ内乱状態の地域も多いので、戦乱に追われ避難してきたのかもしれません」

 戦争で縄張りを失い洞窟に住み着いたが、そこでも襲われた可哀想な魔物だった。

「その評議国とはどんな国ですか?」

 内乱の続く国と聞いた所為か、なんとなく興味を持ったようだ。

「人口は大陸一ですが、他国と違い農民がほぼいません。基本は狩猟民族なので、兵士ばかりの国といった感じです。西の帝国の総人口と、評議国の兵士の数が同じくらいだといわれています。その所為で一つには纏まらず、揉めている訳ですが。土地は荒野と砂漠が殆どで、気候はステップになります」

 評議国の人口は約二千万、兵は西の帝国の人口と同等の約八百万人だった。

「楽しげな国ですね。昔、砂漠で過ごした事がありますよ。懐かしいですね」

 男が珍しく殺気の籠った目をして、懐かしんでいた。

 余り楽しい記憶ではなさそうだ。

「ああ、それと……モィスですが。通常Cランクの狩人ハンター冒険者ベンチャーなら2~3人で一体を倒せます。オークより少し強いくらいの認識です。ラキスはAランクが5~6人で相手をする魔物です。それでも倒せたという話は殆ど聞きませんが」

 マルコも男がずば抜けて強いのだと思っているようだった。

 人魚が何体いても余裕だろう。と、気楽に考えていた。

「オークより強かったら、相当なものだと思いますが。複数は相手にしたくありませんねぇ。なんとか静かに暗殺していき、数を減らしたいですね」

 男は本気で複数を相手にはしたくなかった。

「そうですね。油断はよくありませんね。おっと……では後は明日にしましょうか」

 リトが男の膝に抱きつき、口を開けて眠ってしまっていた。

「そうですね。おいおい、涎を垂らすなよ」

 ゆっくり眠って、明日は人魚狩りだ。

 カリム様が問題を起こさない事を、ベッドで祈りながら眠りにつく。

 カリム様よりも厄介なオマケを忘れて眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る