第63話 鬼退治

「グゥオオオオ!」

 男達に気付いたラキスが、巨大な棍棒を手に吠える。

「仕方ないか」

 腰の剣を抜き、男も構える。

 ラキスが走り寄り棍棒を力任せに振り下ろす。

 頭を潰される恐怖を、殺意で無理矢理抑え込む。

 振り下ろされる棍棒を潜り抜け、胴を抜き駆け抜ける。

 ラキスの腹にうっすらと血が滲む。

「おいおいおい。硬すぎるだろ」

 硬い筋肉と皮膚が剣を弾く。

 これは斬れない。

 と、判断した男は剣も脇差も鞘ごと脇へ放り投げた。

「こりゃあ無理だ。諦めた」

「どうする気ですか。退却ですか?」

 マルコがひきつった顔で声をかける。

「剣じゃ無理だな。こっちで勝負だ」


 左足を前に半身に構え腰を落とす。

 やや前傾に、右手は引いて胸の位置へ、左手を立て顎から前へ伸ばす。

 両手の拳を握り、筋肉の塊のような巨人と、殴り合う覚悟を固める。

「ルォオオオオ!」

 振り向くラキスの棍棒が、風を切り薙ぎ払うように、男の頭へ振られる。

 前へ踏み込んだ男の、肘を折り曲げた左腕が自分の側頭部へ当てられる。

 ラキスの横降りの一撃を、頭に当てた左腕で受け止める。

「はぁぁ? な、なんで……」

 マルコは何故素手で立ち向かうのか、何故あの一撃を受け止められるのか。

 男の行動が理解できず、軽くパニックを起こし、呆けて立ち尽くす。

「おおおっ! なんだそれっ」

 カリム様は子供のように、はしゃいで見ている。


 打点をずらし、棍棒の根元を受け止めた男の、反撃がラキスを襲う。

 男の右足が高く上がり、膝がラキスの顎へ伸びる。

 それに反応したラキスの左腕が、男の足を掴もうと伸びる。

 男の膝が下へ向きを変え、蹴りの軌道が変る。

 掴もうと伸びた手を躱し、右のローキックが大きな膝を砕く。

「グゥオッ」

 痛みはあるのか呻き声を漏らすが、表情の変化は分かり辛い。

 それでも砕けた膝は体を支えきれない。

 足を戻しながら左足の爪先を軸に半回転、戻した足は地に着かず後ろに回る。

 ラキスに背を向けた男は左手を地面につき、膝をついて下がった顎を蹴り上げる。

 脳が揺れ、ラキスの動きが止まる。

 棍棒を持った右手を掴んだ男は、手首を捻り、肘を極め、後ろに回ると肩を蹴る。

 蹴り倒した巨体を、自分の体全体を使った脇固めに捉える。

 肩に足をあて右腕を掴んだまま、左側に勢いよく倒れ込む。

 ゴグッ! っと気味の悪い音が響き、肩が外れた。

 男は素早く起き上がり、うつ伏せに倒れているラキスの首を踏みつける。

 顎への一撃で意識を失いかけ、肩の痛みで意識が覚醒する亜人。

 男の足刀が撃ち込まれ、また意識がとびそうになってしまう。

「リト!」 「あい」

 首に蹴りを入れた男が、ラキスと距離をとり右手を後ろに回す。

 差し出された手に野太刀が握られ、リトが素早く摺足すりあしで退いていく。

 小柄な男の身長と変わらない程の、抜刀された野太刀を大きく振りかぶる。

 意識が朦朧として動けないラキスに、重い野太刀が振り下ろされる。

 意識もはっきりしない状態では、日本刀は防げない。

 やいばが丸太の様な太い首に沈み込む。

 皮を切り裂くが、厚く硬い筋肉が受け止めた。

 男は一刀で両断出来るなどとは考えていなかった。

 刃は止まっても、男は止まることなく攻め続ける。

 一つ瞬きをする間もなく、刀を手放した男は跳ぶ。

 首に食い込む刃を、体重を乗せた足刀が押し込む。

 朦朧とした意識のまま、鬼の形相のラキスが静かに息を止めた。


「くはっ……ふぅ。まいった。しんどいわ」

 もう横になりたいくらいに疲れた男だが、急ぎやる事があった。

 食い込んだ刀を抜くと、首の傷口からナイフで肉を削ぎ取った。

「くそっ……かったいな」

 苦労して、なんとか肉片を切り出し、薄く切る。

「あ、あの~、何をしてるんですか?」

 マルコがやっと声を掛けた。

「ちょっと急ぎ処置しておきたかったのでね。この辺りに水場はありますか?」

「丁度おりた辺りに小川があります。浅く小さなものですが」

 マルコがすぐに答える。

「それは助かります。そこで少し休ませて貰いますよ」

 そう言って右足のズボンを、膝までめくり上げる。

「ダブダブしたズボンで助かりました。リト縛っておくれ」

「うぃ~」

 剣と脇差を拾って来たリトが、包帯を手に駆け寄る。

「うわっ、なんだそれ。大丈夫なのか?」

 男のすねを見たカリム様が、身を乗り出して心配している。

「まぁ、剣で斬れないような物を蹴ったら、当然こうなりますよ」

 ラキスの膝を砕いた右脛は大きく、赤く腫れ上がっていた。

「太ったヒルでも、はり付いてるみたいだな」

 カリム様は見た事ないと、はしゃいでいる。

 ラキスから切り取った肉を貼り、リトが包帯を巻いていく。

「打ち身なので少し川で冷やせば大丈夫です」


 遠慮する男にマルコが肩を貸し、ゆっくりと丘を降る。

「何か面倒なのが棲んでいたりしませんか?」

 小川に着いた男は、川の中を気にしてマルコに訊ねる。

「この辺りは大丈夫です。深さもありませんし」

 菌やアメーバは見えないし、気にしても仕方ないか。と、川に入る。

 熱を吸い、ぬるくなった肉を川に流し、足を冷やす。

「あっ……」

 小さく声を漏らしたリトが、流れていく肉片を指を咥えて見ていた。

 食べる気だったのだろうか。

 酒場のラキスには懐いていたように見えたが、死んだらただの肉なのだろうか。

 男はそんな事を考えていたが、そもそもアレは彼女ではない。


 使った刀を洗い、軽く手入れをして出発する。

「大丈夫なのですか? 洞窟へ向かった者は誰も帰って来ないそうです」

 マルコが心配そうに男に訊ねる。

「洞窟近くの村に寄るのでしょう。そこで一泊すれば治りますよ」

 男は軽く答える。

 そんな無茶な。とマルコは思ったが、黙って従う事にした。

 リトはカリム様とくだらない話をしている。

 大分打ち解けたようだ。

 中身は子供のカリム様と、小さな大人のリトは丁度いいのかもしれない。


 夕暮れ、洞窟近くの村に到着して、宿を取る。

 洞窟の騒ぎの所為か、カリム様、マルコ、男とリトで3部屋とれた。

「カリム様と村の長に挨拶して来ます。お二人は休んでいて下さい」

 マルコが付き添うというので、部屋で休んで待つ事にした。

「これ以上余計な仕事はごめんですよ」

「はっはっは。そうそう問題ばかり起きませんよ」

 マルコは笑って出かけて行った。

 宿の一階が食堂になっているので、戻ったら4人で食事にすることにした。

「嫌な予感がする」

 男は部屋にいても落ち着かない。

 ザワザワした嫌な気持ちで、帰りを待っていた。


「おお。王宮の戦士様だとか。有難い事でございます。おお、おお。貴族様ですか」

 長は床に平伏ひれふし、有難い有難いと繰り返す。

 少しボケているのか、それ程被害が多かったのだろうか。

「近頃、洞窟近くでローブ姿の男を、見かけたという話が増えています」

 魔物を呼び寄せた、邪悪な魔法使いだと村人達が騒ぎ出していた。

「先日逃げ帰って来た、冒険者の生き残りが宿に泊まっております」

 魔物に襲われたと言っていたらしいので、何か聞けるかもしれないという。

 ギルドの話だと派遣した者は全滅した筈だが、生き残りがいたようだ。

「ではその者達にも話を聞いてみることにしましょう」

 マルコはそう答え、もう安心するように言い残し、宿へ戻った。

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