第62話 丘の鬼

 マルコの案内で王都に着いた男は、街外れに建つ二階建ての家に居た。

 新築のようだが、家具も揃っていて静かで住みやすそうだ。

 部屋数は5部屋。さらにキッチンとリビングがある。

「エミール様に繋ぎをつけてきます。ここで暫く休んでいて下さい。中は自由にしてもらって構いません。それとも王宮まで一緒にいきますか?」

 マルコが訊ねると男は、二階の寝室へ入って寝て待つという。

「下の女は好きに使って下さい。家事は一通りできますので」


「なんと……では帝国は攻めて来ないのだな。そこまでやってくれたか」

 マルコの報告を受け、想像以上の成果にエミールは興奮して喜んでいた。

「西も目標がこちらではなさそうだしな。あとは北か。よし」

 まだ城から動けないエミールは、マルコに指示を伝える。


 翌朝、マルコが男とリトを起こしに来た。

「おはようございます。次は北ですが、先にやって戴きたい事があります」

 男はすぐに起きるが、リトはまだ眠いようだ。

 ベッドに座る男にしがみつき、太腿を枕に寝てしまう。

「そうだ。忘れていましたが奴隷は犯罪者なので、王都では奴隷の扱いに気を付けて下さい。獣人はそれほどでもありませんが」


 この世界には、禁固刑がありません。

 犯罪者を養う事を皆、反対したからです。

 人間の犯罪者は罰金か、死刑か奴隷になります。

 昔の日本だと死刑も『下手人』から『火あぶり』迄、種類豊富に揃っていますが、基本斬首です。『はりつけ』は槍で刺し殺します。

 いつの間にか犯人を、下手人と呼ぶようになりましたが、元々は刑罰の一つです。

 死刑の中で一番軽い罰が下手人になります。

 同じ死刑で、重いも軽いも無い気はしますが。

 こちらの世界の犯罪者は、闘技場で見世物になったり、戦奴せんどとして従軍させて楯にしたりします。獣人は基本、奴隷にされます。

 まれさらわれて来る者もいますが、表向きは犯罪者を奴隷にしています。奴隷の扱いが優しいと、被害者遺族に人混みで刺される事もあります。


「手柄をカリム様に与えるにしても、限度があるそうです。今回のような国外での行動などは、カリム様の手柄には出来ません。そこでクナミィスギルドに、登録して欲しいそうです。エミール様が手を回してあるので、登録はすんなりいきます。通常はランクFからですが、大事な依頼を受けられるように、初めからA~Cになるそうです。どのランクにしますか? 最低がCになります」

「……ならCで」

 マルコからギルドの説明を受けた男は、仕方なく登録を済ませる。

 奴隷の獣人リトは、Cランクの冒険者ベンチャーとして登録された。

「そっちですか! 貴方が登録するんじゃないんですか」

 マルコは男が冒険者になるのだと思い込んでいた。

「不味かったですか? 傭兵なら犯罪者もいるので、問題ないかと思いました」

「いえ……驚いただけです。まぁ、誰でもいいんです。すみません」

 エミールは、なんとかして男を表舞台に立たせたい。と、考えていた。

 ギルドからの依頼という形で、次の仕事は北の洞窟だった。

 王室から討伐に行く戦士の補助。が、ギルドからの表向きの依頼だった。

 実際はカリム様を連れて、洞窟の魔物退治に行く事になる。

 面倒だが、目立ちたくないと言い出したのは、男の方なので仕方がない。

「報酬を預かって来ています。確かめてサインを下さい」

「リト。字は書けるか?」

「うぃ。王国語は少しだけ書ける」

 小金貨2枚に各硬貨を7枚で、約7百万円の報酬だった。

 男が金を数える間に、リトがサインをした。

「今後、この家も好きに使って下さい」

「分かりました。あの女性はひきあげて貰って下さい」

「……伝えておきます」

 マルコの返事に間があった。

 やはり何か仕込んでいたようだ。

 男を狙う直接的なものではなくとも、夜の相手でもさせる気だったのか。

 エミールの用意した女を傍に置いておく程、器の大きな男ではなかった。


 街の武器屋に寄って、洞窟へ向かう事にした。

 使い慣れたバスタードソードを買う。

「リト。コレ、持ち歩けるか?」

「うぃ~。だいじょぶ」

 片手で振り回せるメイスも買って、ザックにしまった。

 街で携帯食料を買って、カリム様と合流する。

「おお~、久しぶり~。帝国では活躍したらしいなぁ」

「お久しぶりですカリム様。今回は助けませんよ」

 余計な事をするな、と釘をさす。

「はっはっは。大丈夫さ。邪魔はしないよ」

 カリム様はサラサラの金髪をかきあげ、大きな体で豪快に笑う。

 エメラルドグリーンの綺麗な瞳が、子供のように純粋に輝いている。

 反省よりも、冒険に出掛ける楽しみに興奮しているようだ。

 命懸けだと分かっているのだろうか。


 リュック、ザック、バックパック。

 最近流行の山登りでは、薄手の小さな物をリュック。

 しっかりとした作りの大きな登山用の物をザック、バックパックと分けています。

 元々は全て同じ物なので、どの呼び方でも間違っていません。


「この先は山道になります。まぁ山という程ではありませんので丘でしょうか。この村で一休みしてから進みましょう」

 北の洞窟を目指し進む途中、マルコの案内で村へ立ち寄る。

「街道が近いからか、余り汚らしくもないな」

 村を見回したカリム様が、大きな地声で無邪気に感心している。

「旅のお方。このところ丘には、人喰いの魔物が出るで。迂回した方がいいなぁ」

 旅姿の男達を見つけた老人が寄って来た。

「おぬしは村の者か。魔物とはなんだ。詳しく話すがよい」

 カリム様が老人に応えた。

「突然失礼しましたな。ワシは村の長ですじゃ。牙の生えた大男で、旅人を喰ってしまう亜人が出ますじゃ。なんで行かん方がええ」

 カリム様が高貴なお方だと思ったようで、丁寧な話し方をしようとして、村長むらおさはおかしな話しかたになってしまったが、人喰いの亜人が出るらしい。

 カリム様が男を見る。

 期待に満ちた澄んだ瞳で見つめる。

 男は溜息をいて仕方なく頷いた。

 迂回するのも面倒だと思う事にする。

「我らは北の洞窟へ魔物退治に行くのだ。ついでに、その魔物だか亜人だかも退治してくれようぞ。このカリム様に任せておくがよい。英雄となる男だからな」

 その血の所為なのだろうか、流石に王族なだけはある。

 堂々として妙な説得力があり、どうにかしてくれそうに思える。

 老人は有難がり、膝をついて拝んでいる。

 マルコと男は苦笑いで見ているが、リトは興味なさそうだ。


 村で休憩した一行は、森の中の道を登って行く。

 舗装してある訳でもないが、荷馬車も通るようで獣道に比べれば大分歩きやすい。 

 城跡も東屋もない小高い丘を登っていくと、2メートルを超える亜人がいた。

 隠れていたりするのかと思っていたが、道の脇に普通に立っていた。

 

 男とリトはついうっかり駆け寄りそうになった。

「うぉ……凄いな。そっくりじゃないか。なんだあれ」

 見覚えのあるその姿に、男は珍しく躊躇していた。

「あれはラキスですね。人を喰らう亜人です」

 マルコの言葉を聞き、男は納得した。

 いびつな程筋肉がついた腰巻一つの大男だが、その顔は懐かしいものだった。

 鬼瓦のような、怒りだけしか表現できないような顔。

 大きな牙がはみ出しているのを除けば、迷宮の酒場にいたラキスそのものだった。

「そういえばこっちの人間に、ラキスと呼ばれていたんだったな。これが本家ラキスか。そっくりすぎるだろ。人の顔でここまで動揺したのは、初めてだ」

 あの渾名は見た目の事だったのか。

 冷静に考えれば、酒場の彼女は女性だった。

 腰巻一つの大男と見間違えるのも、おかしな話だ。

 彼女は向こうの世界へ帰った筈。

 こちらに残って野生のラキスに、なっていたりもしないだろう。

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